【連載】SDGsリレーインタビュー
2022.03.29
ウスビ・サコさん 京都精華大学学長〈インタビュー〉
SDGsを「当たり前」のことにする | ウスビ・サコ京都精華大学学長(前編)
SDGsに積極的に取り組む京都精華大学は、日本で初めてマンガ学部を設置した大学としても知られています。芸術学部、デザイン学部、マンガ学部に加えて2021年4月には国際文化学部、メディア表現学部を新設するなど特色ある教育を行っています。また2020年12月には「SDGs宣言」を発表。大学全体で積極的にSDGsに取り組んでいます。今回は、日本で初めてアフリカ出身者として学長を務めたウスビ・サコさんに、京都精華大学におけるSDGsへの取り組みなどについてうかがいました。
もともとダイバーシティーや環境問題に積極的に取り組んでいた
――京都精華大学はSDGsに非常に積極的に取り組んでいます。その理由を教えてください。
私たちはSDGsを急に始めたわけではありません。私が学長になる前の2016年には「ダイバーシティ推進宣言」を発表していて、ダイバーシティーの推進にはすでに力を入れていました。京都精華大学では、ダイバーシティーについて「学生だけでなく、教員、職員も含めた大学構成員が全て人格的に平等であり、多様なバックグラウンドや属性を持つ人々が違いを受容し合い、対等に機会が開かれること」と定義しています。具体的には、例えば家族手当に関して、異性のカップルと同等に同性カップルにも権利を保証していますし、宗教上の理由で食べられないものがある人のために、学食のメニューに食肉表示を記載しています。また教員募集要項に女性及び海外の研究者の応募を歓迎し、ほかの候補者と研究業績が同等であれば積極的に採用することを明記しています。
「環境」に関して言えば、京都精華大学はもともと環境先進大学で、2000年には環境社会学科をつくったり、日本の大学で初めて、全キャンパスを対象に国際規格「ISO14001」認証を取得しました。大学としていち早く、節電やゴミの分別などに取り組んでいます。
そしてさらに遡れば、もともと京都精華大学は「建学の理念」の中で、かなりSDGsの理念に近いことをうたっているのです。
建学の理念 学校法人京都精華大学「VISION2023 SEIKA」より
京都精華大学が設立されたのは(設立当初は京都精華短期大学)1968年ですが、初代学長の岡本清一さんが、本学の原点とも言える「自由自治」という言葉を掲げました。これは教師も学生も全て、人間として尊重されること、そして自由とそれに伴う責任は自分で持つということを示しています。それ以来、京都精華大学は大学として常に社会の方向性を是正しようという意思を持って進んできました。ですからSDGsで示されている多くのゴールは、もともと大学のコンセプトにあるもの、とも言えるのです。
マイノリティーを優遇するよりマジョリティーの意識を変えることが大切
――京都精華大学は、そのDNAにSDGsを内包していたということですね。サコさんはSDGsの本質とはどんなことだと思いますか。
SDGsは認識の問題だと捉えています。実は見えている問題を多くの人が認識しようとしていない。ですからSDGsとは課題ごとにゴールを達成することよりも、SDGsをどう認識させるかの方が重要です。
例えば、ジェンダーの問題ですが、私が学長になったとき、女性の役職者を増やしたいと思って副学長にシングルマザーの女性を選びました。そうしたら「夜の会議が長いから、シングルマザーはどうだろう?」などといった意見が出たんですね。それって、実は思い込みなんです。それなら会議を朝にすればいい。「それでは会議を朝にする」と言ったら最初は文句が出ましたが、私が家の近くのパン屋さんを回ってクロワッサンを買って来て朝食付きの会議にしたら、そのうちみんな「今日はどこのパンかな?」と、朝の会議を楽しみにしてくれるようになった。そういうシンプルな話なんです。
このように何の理由もなく同調圧力的にマジョリティーに逃げることをやめ、一人ひとりが自分の意志で行動すれば、自然とSDGsにつながっていくと思います。お互いにコミュニケーションを取りながら、自分が無意識に持っているものの見方や姿勢を見つめ直して、いい方向に変えていくことが大切です。
――ご著書などで「マイノリティーを優遇するより、マジョリティーの意識を変えていくことが重要」とおっしゃっていました。これは各自があまり深く考えず、あるいは無意識にしていることを見つめ直すことがSDGsにつながるということでしょうか。
そうなんです。日本ではマジョリティーが一種の同調圧力で、同時に都合のいい逃げ場なんですよね。マジョリティーであれば、ある程度許容されるんです。実は内面で違う価値観を持っていても、それを出さなくても済む面があります。私自身も日本で苦労した部分がそこでした。この「マジョリティーという同調圧力」を変えることが重要だと思います。
特定の項目だけに取り組むのではなく自分事としてあらゆる面で関わるべき
――まずは意識をSDGsが目指している方向に変えることが大切なんですね。
SDGsって誰もが当事者であって、お客様はいないんです。誰かがほかの誰かの課題を解決しようとするのとは、違うのではないでしょうか。各自が自分のいるところで取り組むことがSDGsでは大切なことだと思います。
また1つのことだけでなく、多面的に関われるのもSDGsの特徴です。今、企業でSDGsが流行ってますよね。ありがちなのは「我が社はSDGsの何番に積極的に取り組んでいます」と言いながら、実は女性社員が産休を取れない、男性社員が育児休暇を取れないというようなことです。日本ではSDGsがパフォーマンスになりがちなので、ある特定の項目だけをやって、「やってます」と言うのには違和感があります。例えば、京都精華大学は教育機関だからゴール4の「質の高い教育をみんなに」に取り組めば、それでいいというわけではありません。大学には多くの若者がいる、女性もいる、大学の周囲には豊かな自然もあります。日常生活の中で触れられるこうしたいろんな部分を意識し、自分ができることから取り組んでいくべきです。
私は先生たちに、自分の授業がSDGsのどの項目にあたるかを明記してくださいとお願いしています。それによって自分がさまざまな項目に関係していることが分かるし、それらを授業の中だけで学ぶのではなく、教室の外で社会、世界とのつながりを意識しながら学ぶことができるようになります。
SDGsもダイバーシティーも留学生も、枠を外して「普通のこと」にするべき
先ほど本校の建学の精神についてお話ししましたが、もともと京都精華大学は大学を構成している全ての人間を尊重し、人格を持った一人ひとりの存在として大切にしましょう、という姿勢で始まっています。ですからSDGsで語られていることは、あえて振り返る必要もないぐらい、当たり前の話なんです。
SDGsは特別なものではなく「当たり前のこと」として普遍化していきたいと考えています。私はこの大学にはSDGsもダイバーシティーも、センターをつくる必要はない、全て総務に吸収してしまえばいいと考えています。だって当たり前のことだから。今その方向で交渉を進めています。
留学生についても同じで、京都精華大学では留学生はお客さんではありません。うちの学生です。日本の学生との区別はありません。入試でも区別がなく、留学生は日本人学生が受ける一般入試を受けることができます。日本語が分かるということが条件になっているので、日本語の2級以上の証明書は必要ですが、それさえ申請すれば一般入試が受けられます。
実際にやってみると意外と留学生が国語で1位だったりするんです。やっぱりパフォーマンスが違うのと、ハングリー精神が違うんだと感じます。ただ、今までは外国人、留学生としてフレーミングされていたから、チャンスが与えられていなかった。そういう既成概念や枠をつくるのはやめて、フレーミング化されない社会構造をつくっていく。たくさんの選択肢から、自分の生きたい生き方ができる。そんな世の中にしていきたいと思います。
コロナ禍が「誰一人取り残さない」の意味を教えてくれた
――SDGsは17の個別ゴールとは別に、その根幹に「誰一人取り残さない」という考え方があります。これは今まで語られてきた「自治」とは対極的に感じられますが、そこはどう思いますか。
簡単なようでなかなか難しい話ですよね。私もそこは結構深いと思っています。今、我々がいる経済の構造って、全部つながっているんです。その構造の中で不利な人をつくっちゃっている。それが構造の中で生まれたものである限り、やはりみんなの問題だと認識すべきです。よく学生たちに「ハンバーガーが100円で食べられるって不思議だと思わない?」って言うんです。これを100円で食べられるということは、世界のどこかでものすごく低賃金で働いている人がいるわけです。そういう人、そういう構造を意識しましょう、ということが「誰一人取り残さない」の最初の一歩じゃないかと思っています。
――皮肉ですが、コロナ禍が「誰一人取り残さない」ということの本質を見せてくれた気がします。
まさにコロナが「誰一人取り残さない」を見せてくれましたね。裕福であろうが貧困だろうが、誰でも罹患(りかん)します。国境も関係ありません。世界中です。コロナウイルスは超民主的だなと思いました。コロナ禍で見えてきたこの世界の秩序は、これまで私たちはあまり意識しなかったことです。新型コロナウイルスのパンデミックから見えてきたのは、世界各国の人たちがかなり深く、相互に依存していたということです。私たちは非常に密接に連携した1つの世界に住んでいて、裕福な人も貧しい人も同じ構造の中にいることを痛感しました。だからこそ「誰一人取り残さない」ことが大切だと思います。
※記事の情報は2022年3月29日時点のものです。
後編に続く
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【PROFILE】
京都精華大学教授・学長。1966年、マリ共和国生まれ。高校卒業後、国費留学生として中国に留学。1991年、来日。京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。2002年、日本国籍取得。専門は空間人類学。「世界の居住空間」「京都の町家再生」「コミュニティ再生」「西アフリカの世界文化遺産の保存・改修」など、人間・社会と建築空間の関係性を調査研究している。バンバラ語、マリンケ語、ソニンケ語、英語、フランス語、中国語、関西弁を操るマルチリンガル。
京都精華大学
https://www.kyoto-seika.ac.jp
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