【連載】SDGsリレーインタビュー
2022.03.31
ウスビ・サコさん 京都精華大学学長〈インタビュー〉
若者には真のグローバル化を実現する可能性がある | ウスビ・サコ京都精華大学学長(後編)
日本で初めてマンガ学部を設置した大学としても知られる京都精華大学。前編では、京都精華大学の学長であり、日本で初めてアフリカ出身者として学長を務めたウスビ・サコさんに、京都精華大におけるSDGsへの取り組みなどについてうかがいました。後編では大学がSDGsに取り組む意義、さらに今後の大学の在り方やグローバル化、サコさんご自身の今後についてもお話しいただきます。
前編はこちら
大学とは若者たちに新しい知識や物との出合いを与える場所
――企業や自治体がこぞってSDGsを掲げていますが、大学という教育機関がSDGsに積極的に取り組む意義はどんなところにあるのでしょうか。
SDGsは2030年に向けたゴールですから、今後の地球を担っていく若者のためのもの、とも言えます。ですから大学という教育機関がSDGsに取り組む意義は非常に大きいと思います。
私が学長になってから京都精華大学では2つの建物を造りましたが、そのときに考えたのは「大学における教室の意味って何だろう」ということです。大学教育とは知識や技術を習得することを目的としています。そこでは先生が話し、学生はみんな先生の方を向いて話を聞くわけです。で、何となく分かった気になって帰って行く(笑)。でも私は大学のパフォーマンスというのは、教室の中ではなくて、教室の外にあると思うんです。
大学が提供するべきものは「場」です。多様な人と出会い、多様な知識と出合って、論議をする。先生が授業で学生から引き出すべきものは、ちょっとした関心であり、新しい知識や物との出合いの喜びなんですよね。だからむしろ授業で分からなかったところがあった方がいい。友だちと「あの先生の今日の話分かった?」「いや分からなかった。ちょっとお茶でもしようか」といって、お茶を飲みながらそれについてディスカッションする。そんな場であることが大切だと思っています。今、京都精華大学では学生がそんなコミュニケーションを取れるスペースをつくっています。
大学のSDGsの話に戻ると、そこに多様性のポイントがあると思うんです。みんな同じような考え方や視野を持ってしまうのは意味がないんですよね。大切なのは、気づき、そして出合いです。出合いというのは、知識でも、物でも、人間でもいい。あとは学生が自分を表現できる場所をたくさんつくってあげること。2022年に竣工した新校舎「明窓館(めいそうかん)」はその実験の場でもあります。
学生一人ひとりのパフォーマンスを大切にし、先生がエンカレッジすることが重要
――大学とは感受性が最も豊かな時期に「ダイバーシティー=多様性」を涵養(かんよう)できる場所なんですね。
大学におけるSDGsを考えたとき、一人ひとりが持つパフォーマンスを大切にしてあげることが重要だと私は思うんです。学生が自分でいろんなことに気づき、そしていろいろな方向性を持つ。もともと大学教育って「畑」みたいな感じで、いろいろな種を撒いて水をかけると、すぐ芽が出るものもあるし、時間をかけなければ出てこないものもある。そしていろんな実がなるし、ならないものもある。そんな風にいろんな人が入ってきて、個々にどう育っていくのかが楽しみでもある場でした。例えば、日本生まれだけどベトナムで活躍している人がいます。ベトナムで生まれたけどフランスで活躍している人もいる。そういうことがもっとたくさんあっていいんじゃないかと思います。
ただ、今の大学教育は画一的になりつつあります。学生指導要領やカリキュラムなどでフレームをつくって、規格化され過ぎていることを危惧しています。規格をつくり、規格通りに入ってもらって、規格通りに教育し、できるだけ多くの学生に就職させることが目的となっている。それは問題だと思っています。
――サコ学長から見て、学生の多様性は失われつつあると感じますか。
実際は一人ひとり多様だと思いますが、「期待されている役割」を演じている人が多いと思います。周りに期待されている自分がいて、それに応えていこうとする。あるいは周りを自分の価値観の中に取り入れなきゃいけないという、どこかでそういうプレッシャーをかけられている。それも同調圧力のひとつだと思います。
――一方でサコ先生は「ゼミの学生面談が半端ない」と聞きました。一人ひとりにかける時間がものすごく長いと。
めちゃくちゃ長いです(笑)。私も学生から学ぶことが多いから楽しいんです。私は面談のとき、まず学生に「ノー」とは言いません。「これをやりたい」と言ったら、ほかの先生だったら「君には無理だよ」と言うようなことでも、「どうやってやるの?」って聞きます。学生をエンカレッジする方法って、いくらでもあるんですよ。「無理」と言うのは簡単かもしれませんが、「なるほど、やってみたらいい。それにはどうしたらいいと思う?」って考えさせながらエンカレッジします。教育者が学生をエンカレッジすることは、とても重要なことだと思っています。
若者たちがデジタルデバイスで「真のグローバル化」を実現してくれることを期待している
――最近の日本では「グローバル化」が叫ばれています。アフリカ出身で初めて日本の大学で学長を務めたサコさんからは、日本のグローバル化はどう見えますか。
日本だけの話ではなく、世界的に見て、今私たちはグローバル化についてどこまで理解しているのだろうかと考えたとき「真のグローバル化」にはまだ程遠く、未だに20世紀的な「経済のグローバル化」の次元から抜け出せていないのではないでしょうか。
まだほとんどの人がグローバル化を合理性、機能的というパフォーマンスで見ています。でもゴールは経済だけではない。「幸せ」とは経済だけではない。そうではない指標で考えなくてはいけない時代がやってきます。そして、そのときの名前は「グローバル化」ではないかもしれない。ただし今の若者には、真のグローバル化を実現する可能性があると期待しています。
――「若者には真のグローバル化を実現する可能性がある」とはどういうことですか。
今、若者たちはスマホなどのデジタルデバイスを使うことで国境を越えて多様な情報を共有しています。以前は情報格差や認識格差がありましたが、今やその壁が低いんです。例えば疫病や国際紛争などに関しても、日本の若者もマリの若者も同時に情報に触れることができます。そして情報を瞬時に共有し、SNSなどで自分の意見を発信し、コミュニケーションできる。
だからもしマリで何かがあっても、マリの若者だけが「大変だ!」とはならなくて、すぐに情報や意見を発信できます。すると例えばトルコの若者が賛同して、日本の若者もそれに賛同する、というようにその共有は瞬時にグローバルに広がります。これはとても大きな力になると思います。
グローバルといえば、以前、日本の学生とカメルーン、セネガル、ブルキナファソの学生との交流会を開いたときに、こんなことがありました。何かの拍子で食事の仕方の話になって、アフリカの学生が日本の学生に、「日本人はなんで木の棒で食べるの?」と質問したんです。日本の学生たちはそんなこと聞かれたことがなくて驚いていました。それに日本人の学生たちはアフリカの人たちはフォークとナイフがないからやむを得ず手で食べていると思った。でもアフリカの学生たちは「私たちが手で食べるのは、味覚だけでなく感触でも料理が味わえて楽しいから」と言うわけです。彼らが手で食べているのは選択だし、そこに価値を感じている。そうやって理解し合う過程が面白かったです。
――それはまさにグローバル時代の多様性の理解ですね。
そうです。そしてこういう話がデジタルデバイスを駆使することで頻繁に行われるようになれば、お互いが深く関連していて、相互に依存していることも、リアルに見えてくると思うんですよ。あなたの国はこんな特徴があるけれど、うちの国はこうだという。それが今、世界で可能になっている。そしてパートナーシップを組んで地球課題を解決していこう、取り組んでいこうという機会が増えてくると思うんです。
コロナ禍で世界が被った被害は甚大ですが、一方でデジタルデバイスによるコミュニケーションの可能性は大きく広がりました。デジタルを自在に使いこなせる若者たちが、同時に情報や意見を共有・共感できることは、SDGsのようなグローバルな問題に、パートナーシップを持って取り組んでいくにあたって非常に有用だと思います。
京都精華大学をもっと楽しく「研究」ができる場に
――最後に、サコ先生のことをお聞かせください。2022年3月31日で学長の任期が満了となりますが、「今後のサコ、どうすんねん」ってことが、皆さん気になっていると思います。
やっと普通の教員に戻れるので、これからは楽しい人生になります(笑)。
――学長のお仕事はやはり大変でしたか。
日本で初のアフリカ系の人間として学長になって、心のどこかで「学長の名を汚してはいかん」という気持ちがあったんでしょうね。とはいえ2018年に就任して4年で学部を2つつくったり、共通教育を抜本的に見直して、建物を2つも造ったし、50以上の組織と提携を結んだので、10年ぐらいの仕事はしたんちゃうかな、とは思っています。今後は自分自身の研究に取り組みつつ、全学の研究を統括する全学研究機構長を務めることになりましたので、大学院の改革もしつつ、京都精華大学における研究をもっと楽しくしていこうと思っています。
――京都精華大学には「アフリカ ・ アジア現代文化研究センター」もありますね。
はい。最初は自分がセンター長だったんですけど、学長兼センター長っておかしいんじゃないかってことでやめました。ちょっと無理ですよね(笑)。ただ、なんでそれをつくったかというと、この10年間、ヨーロッパがアジアとアフリカをつなぐプラットフォームをすごい勢いでつくっているんですよね。これはおかしいと思ったんですよ。アジアとアフリカが直接つながればいいのに、なぜかヨーロッパは「アフリカについてノウハウがあるから頼ってください」と言ってきている。
――日本やアジアはアフリカへのアクセスが苦手、ということですか。
恐らくチャレンジしていないだけだと思うんですよね。だからこのセンターでアフリカと日本、あるいはアフリカとアジアの新しい軸をつくりたい。そのためにこのセンターでやりたかったのは、現代アフリカを見てもらうこと。アフリカという言葉で皆さんがイメージするのはマサイ族とかかもしれませんが、ネットの情報は日本でもアフリカでも同じようにシェアされていますし、日本の都市が抱えているような問題は、マリやコートジボワールにもある、そういったことを伝えたいと思っています。
――サコさんは2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の副会長にも就任されていますね。
はい。大阪・関西万博は2025年開催ですから、本当にもうすぐです。万博は「世界を観(み)る、世界を識(し)る」ための、大変いい機会だと考えています。SDGsは2030年のゴールですが、2025年の時点で、どこまで課題が達成されているのかを確認しつつ、世界の多様性を知り、そして世界の人々と協働するきっかけとなるイベントにしたいと思います。また万博は発展途上国が自分の国のことを語れる貴重な機会でもあるので、その意味でも有意義なものにしたいと考えています。
――学長の任を終えられてもなお、SDGs、ご研究、そして万博と大忙しですね。これからのご活躍を楽しみにしています。
※記事の情報は2022年3月31日時点のものです。
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【PROFILE】
京都精華大学教授・学長。1966年、マリ共和国生まれ。高校卒業後、国費留学生として中国に留学。1991年、来日。京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。2002年、日本国籍取得。専門は空間人類学。「世界の居住空間」「京都の町家再生」「コミュニティ再生」「西アフリカの世界文化遺産の保存・改修」など、人間・社会と建築空間の関係性を調査研究している。バンバラ語、マリンケ語、ソニンケ語、英語、フランス語、中国語、関西弁を操るマルチリンガル。
京都精華大学
https://www.kyoto-seika.ac.jp
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