日本の強みを「Think  Local, Act Glocal」で世界に発信 | 総合地球環境学研究所 山極壽一所長 Part3

MAY 17, 2022

山極壽一さん 総合地球環境学研究所所長〈インタビュー〉 日本の強みを「Think Local, Act Glocal」で世界に発信 | 総合地球環境学研究所 山極壽一所長 Part3

MAY 17, 2022

山極壽一さん 総合地球環境学研究所所長〈インタビュー〉 日本の強みを「Think Local, Act Glocal」で世界に発信 | 総合地球環境学研究所 山極壽一所長 Part3 ゴリラ研究の第一人者であり、京都大学総長を経て2021年からは総合地球環境学研究所所長を務めている山極壽一さんのインタビュー。Part3ではコロナ禍から我々は何を学ぶことができるのかについて。さらに総合地球環境学研究所の活動についてもお話をうかがいました。

Part1Part2はこちら

人間の社会は「動く自由」「集まる自由」「語る自由」の3つの自由で成り立つ

――ここまでお話をうかがってきて、コロナ禍で会食、対面での接触、コンサートやスポーツを観に行くことが大幅に制限されたことが、人間にとって大きな影響があったことが分かりました。


とりわけこのパンデミックの3密を避けるという事態は、子どもの成長にとっては甚大な悪影響をもたらしているのではないかと懸念しています。先ほど幾つかの家族が集まって共同体になったという話をしましたが、人間の家族は閉じてはいけないんです。家族というのは、体の大きさや生理が違うものが集まってるわけ。老人、青年、子ども、みんな体も生理も違う。その違うもの同士は共鳴したり同調したりできない。でもそれは生まれつきが一緒だから、気持ちが分かるから、なんとか一緒にいられるわけ。


類人猿の遊びで「ハンディキャッピング」という行動があるんだけど、これは体の大きさが違うもの同士が遊ぶとき、体の大きい方が小さい方に合わせてハンディキャップを背負うので「ハンディキャッピング」と言うんです。それをしないと遊びが長続きしない。


追いかけたり追いかけられたり、組み伏せたり組み伏せられたりが起こらないと、遊びにならないわけで、役割が交代できるためにはお互い同等の力で対峙しなければいけない。その場合、力の強い者が力を落とすんですね。類人猿はそれをやっている。そしてまだ言葉も知らない人間の子どもも無意識にやっている。この経験が、相手と体を合わせて世界を共有できるという自信につながってきます。それができないと子どもたちは正常に育たないのです。


総合地球環境学研究所 山極 壽一所長



――コロナ禍は人間にとって本当に厳しい試練ですね。


人間にとって一番辛いことは「動く自由」と「 集まる自由」と「語る自由」を奪われることです。人間は長い進化の過程で、つい最近までほとんど進歩がありませんでした。260万年前にオルドワン石器*1ができたけど、石器の様式は何十万年も変わらなかった。ネアンデルタール人も精巧な石器を持っていたけど、何万年もほとんど様式は変わらない。


*1 オルドワン石器:堅い物で打撃を加えて製作した剥片(はくへん)を特徴とする石器。260万~250万年前にアフリカやアジアの各地で始まり2万年前まで続いた。


ホモサピエンスになって初めて文化が蓄積し始めた。新しいものがどんどんできてきた。これは「動く自由」と「 集まる自由」とを持ち、そして7万年前に言葉ができたことによって、言葉を語るようになり、物語を紡ぐことができたから。それによってこれまでにはなかった創造性が生み出された。これはとても重要なことだと思います。


総合地球環境学研究所 山極 壽一所長



人間以外の類人猿は「動く自由」「集まる自由」「語る自由」の3つの自由を1つも持っていません。ゴリラもチンパンジーも毎日動いているけど、それは動く範囲が決まっていて、そこを巡回するだけです。でも人間はどこにだって出かけていける自由を持っている。パンデミックが始まった時に、当時のドイツのメルケル首相が、自分は東ドイツに住んでいた頃「動く自由」を束縛されていた。そして再びこのコロナ禍でみなさんの自由を束縛することは、とても辛いことだと言ったけど、動く自由がないことの辛さを良く知ってるんだよね。


そして集まる自由も重要です。ゴリラもチンパンジーも、自分の集団をちょっと出たら戻れなくなっちゃう。他の群れにも入れない。チンパンジーの場合、他の群れに入れるのは、お尻がパンパンに腫れた発情したメスだけです。でも人間はそうじゃない。毎日のようにいろいろな集団を出入りしながら暮らしている。その集まる自由を我々は持っている。


そして言葉。言葉を共有して、現実にはない物語を紡ぐことができるし、まだ現実には起こっていない未来の物語を共有することさえできる。だから人間の創造性というのは、日々いろいろなものに出会い、新しいものに出会い、気づきを得ることによってもたらされるわけです。これがないと創造性は生まれません。監獄はこれを全部禁じています。そしてコロナ禍でもこれらが大きく制限されました。


――では、このコロナ禍において、我々はどうすればいいのでしょうか。


なかなか厳しいけど、例えばずっとステイホームしているのではなく、時には散歩がいいんじゃないかな。できればこの総合地球環境学研究所のように自然に恵まれた場所がいいですね。これが都会のコンクリートジャングルだと、なかなか新しいものに遭遇できません。でも散歩中もよく見てみれば、街路樹や家々の庭の木々の様子は日々変わるし、季節によって咲く花も変わります、そのように日々変化するものに出会うチャンスを多く持てば、新たな気づきも多くなると思います。




総合地球環境学研究所は多様性を持つ「日本の地方の強さ」を世界に発信する手助けをしたい

――最後になりましたが、山極先生が所長を務められている総合地球環境学研究所はどんな取り組みをされているのでしょうか。


総合地球環境学研究所は、地球環境問題の解決に向けた学問を創出するための総合的な研究を行う機関として2001年に創設されました。ここで取り組んでいるのは人口の急増、大都市化、大量の工業生産物、人と物の急速な移動によって、二酸化炭素の増加、温暖化、海洋の酸性化、熱帯雨林の減少といった、今現在私たちが抱えている多くの問題です。


総合地球環境学研究所



僕が所長になったのは2021年ですが、今やろうと思っているのは"Think Local, Act Glocal"。今までは"Think Global, Act Local"でしたが、これからは逆だと思っています。例えば日本の強みは、まだ「地方に個性がある」ということ。アメリカではそれがもうなくなっています。だから大型企業しか存在価値がなくなってしまっている。


日本には地方の強みを活かすことで、世界の先端に立てる力が出せる可能性がある。明治4年に廃藩置県があったけど、日本人のアイデンティティーはまだ、かつてあった300弱の藩が日本の地域の人たちのアイデンティティーになっている。京都だって、中京区と伏見区で全く文化が違いますから。そういうアイデンティティーが残っているうちに、地域の個性、多様性を活かした産業育成や事業を企画するべきだと思う。それによって地域同士がつながれるチャンスが出てくる。


この地域というのは日本だけでつながっても面白くないんです。世界とつながらないと。今まで「南北問題」は、先進国の論理で発展途上国に自分と同じことをやらせていたり、分業体制の末端に発展途上国を据え置いて資源の供給を担わせていた。しかし、それでは地球が傷むばかりです。ローカルの視点に立たなければいけない。大規模経済を基準に据えるのではなくて、小規模経済を基準に据えて、そこから積み重ねていくグローバルな世界を構築しなければいけないのではないか。これはつまり「文化が大事」ということです。


総合地球環境学研究所 山極 壽一所長



文化というのは、自然の多様性と組み合わさっているものです。北海道の文化は北海道の自然と切り離せないし、沖縄の文化は沖縄の自然と切り離せない。そこで育まれているものです。そしてそれらを出合わせて、組み合わせたときに、新たな倫理や社会の未来像が浮かんでくる。そういうものをつくり上げないと、これからはダメなんじゃないかと思います。


そして、それをまとめてつなぎ合わせることが地方大学の役目だと思っている。日本は幸いなことに、47都道府県に国立大学が1つ以上あります。そこが中心になって地域の個性を醸成し、地域に合った取り組みを地域行政や地元の人たちと連携して考えるべきなんだよね。そこに新しい発想が生まれてくる。そういったことを総合地球環境学研究所では後押しをしています。


例えば世界農業遺産*2です。日本では11カ所指定されていますが、これは世界的に見ても非常に多い。日本の農業は小規模農業だから、地域によって取り組み方がみんな違うんです。静岡県はお茶、宮城県はお米と、長年培ってきた伝統的な方法によってユニークなことをやっているから、世界的に遺産として指定されるだけの特徴を持っているんです。私たちはそういうものをもっと、世界に発信していきたいと思っています。


*2 世界農業遺産(GIAHS):社会や環境に適応しながら何世代にもわたり継承されてきた独自性のある伝統的な農林水産業と、それに密接に関わって育まれた文化、ランドスケープ及びシースケープ、農業生物多様性などが相互に関連して一体となった、世界的に重要な伝統的農林水産業を営む地域(農林水産業システム)であり、国際連合食糧農業機関(FAO)により認定される。



――類人猿研究を通して人と社会を見つめてきた山極先生のコロナ禍の意味とアドバイス、そして人間の創造性の源泉と可能性、そしてこれからの日本のありかたまで、大変示唆に富むお話をありがとうございました。


※記事の情報は2022年5月17日時点のものです。

  • プロフィール画像 山極壽一さん 総合地球環境学研究所所長〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    山極 壽一(やまぎわ・じゅいち) 1952(昭和27)年、東京都生れ。霊長類学者、ゴリラ研究の第一人者。京都大学理学部卒業、同大学院で博士号取得。京都大学理学博士。(財)日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大学院理学研究科助教授、教授、理学研究科長・理学部長、京都大学総長を経て、2021(令和3)年より総合地球環境学研究所所長。著書に「父という余分なもの―サルに探る文明の起源―」、「虫とゴリラ」(養老孟司と共著)ほか多数。河合隼雄学芸賞選考委員。

    総合地球環境学研究所
    https://www.chikyu.ac.jp
    山極壽一
    https://www.chikyu.ac.jp/yamagiwaHP/

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