時間上手になってオトナの今をたっぷり楽しむ!

【連載】人生100年時代、「生き甲斐」を創る

小田かなえ

時間上手になってオトナの今をたっぷり楽しむ!

人生100年時代、「あなた」はどう変わるのか。何十年も前から予測されていた少子高齢社会。2022年9月時点で100歳以上のお年寄りは9万人を超えました。自分に訪れる「老い」と家族に訪れる「老い」。各世代ごとの心構えとは? 人生100年時代をさまざまな角度から切り取って綴ります。

あの頃は1日が長かった......

「最近なんだか季節の変化についていけないのよねぇ」

「うんうん、去年のクリスマスシーズンにダウンジャケットを出したと思ったらすぐに桜便りで、久しぶりにお花見したのはいいけど、その余韻に浸る間もなく紫陽花が咲いて、もう夏になった感じ!」

「ただでさえ残り少ない人生なのにアッという間にお迎えが来そうよォ」

「ホントにせわしなくてイヤだわ」

「トシをとると時間の経つのが早いっていう話、ホントだったのね」

「あっ、それさ、ネットで調べるといろいろ出てくるよ」


最後の発言は私で、途端に集中攻撃を浴びる。


「まったくもうカナエはいっつもスマホばっかり見てて!」

「そうよ、昔は本の山に埋もれてた文学少女だったのにねぇ」

「あの大量の本はどうしたの?」


私は憮然とした口調で答える。


「まだあるわよ。本棚の重さで家が傾いてきた。だから本を増やさないようにネットで調べてるんだもん」


以上、学生時代の友人たちとランチを楽しんだときの会話である。


本の重さに耐えかねてドアがきちんと閉まらない自室にこもり、時間感覚について調べ始めた理由は、このところ子どもの頃の出来事を思い返すことが増えたせいだ。最近、昔が懐かしくて仕方ない。


あれは小学校に入学したばかりの下校前の時間だった。子どもたちは机の上にランドセルを置き、先生が「気をつけておうちに帰りましょう」などと言うのを聞いている。たぶんみんな今日のオヤツは何だろうとか、夕食まで何をして遊ぼうかとか、似たようなことを考えているのだろう。


そのとき私は先生の声を聞きながら校庭を眺めていて、なぜかとつぜん胸が苦しくなるような恐ろしい事実に気づいてしまったのだ。それを大人の言葉で説明すると以下のとおり。


「私は6歳だ。小学校は6年間ある。つまり私は、生まれてから今までと同じ長い長い時間、この学校に通い続けなければならないのだ。なんてこった!」


べつに学校が嫌いだったわけではないのだが、そう思った途端に悲しみが込み上げ、私は窓の外を見ながら泣いた。ポロポロと涙をこぼし、しゃくりあげて。


「せんせー、泣いてるよー」

隣席の男子が担任を呼ぶ。

「どうしたの? どっか痛い? 違う? だったらなんで泣いてるのよ、ホントにもう!」


このとおりではないが、定年間近の教師を困らせた記憶は残っている。


小さい頃の時間感覚に関するエピソードはまだある。


忘れもしない4歳の誕生日。母親に今日から4歳だと言われた私は、なにやら大きくなり過ぎたように感じてシクシク泣いた。それまで年齢を聞かれると「さんさい」と答えていたのに突然「よんさい」になってしまった。


ずっと長い間3歳だったわけで、それは身になじんだ年齢だったから、4歳はとても居心地が悪い。例えて言うなら、3歳の時に着ていた服の方が好きだったのに、無理やり新しい4歳という服を着せられたような......。


もうひとつは10歳になった小学4年生の3学期の記憶。またもや下校直前に「ああ、私が生まれたのはひと昔前になってしまった」と思ってズーンと落ち込んだのである。「10年ひと昔」という言葉をいつ覚えたのかわからないが、おそらくその直前なのだろう。


いずれも笑い話である。10歳の、6歳の、いわんや4歳児のトシが何だと言うのだ! 60代半ばになった今、あまりの馬鹿馬鹿しさに脱力するしかないのだが、その脱力感のなかで私は茫洋とした思いつきの"仮説"を得た。


まず1年の長さを60歳と6歳で比較してみよう。60歳の人にとっての1年の長さは、自分が生きてきた人生の60分の1である。しかし6歳の子どもにとっての1年は、自分の人生の6分の1。つまり6歳の子どもの1年は60歳の人の10年分に感じられるんじゃなかろうか。


かくして私は時間感覚について調べ始めたのである。




「ジャネーの法則」を分かりやすく考える

時間感覚に関する学説はいろいろあるが、いちばん有名なのは「ジャネーの法則」だろう。加齢とともに時間感覚が短くなることを心理学的に説明したもので、それを数式で表すこともできるという。


恥ずかしながら算数嫌いの私は、ジャネーの法則に関して名前しか知らなかった。数式という言葉を聞いたとたん、思考停止していたに違いない。


そこで改めて、ジャネーの計算をおばちゃんなりに理解しようと試みた。


まず1歳になったときの1年間を1分の1(365日分の365日)と考える。2歳の時点では1歳の倍の長さを生きてきているので、人生の中での1年間の割合は1歳の時の2分の1となり、時間感覚では約360日が180日と感じられるようになる。10歳では10分の1(360日が36日)、20歳では20分の1(360日が18日)......、そして60歳では60分の1だ。つまり現在の私の1年間の時間感覚は、赤ん坊だった頃の6日分に過ぎない。


あら? これって私の"仮説"と似ているのでは? などと気を良くし、自分の経験を再検証してみた。


まず小学1年生の時の6年の感覚は、60歳の人の10年と同じ。だったら「生まれてから今までと同じ年月をこの学校に通い続けなければならない」とショックを受けて泣いても不思議はない。


また、4歳になった幼児が振り返る"3歳だった日々"の1年は人生の4分の1。これは60歳の人の15年分に等しいわけで、だとしたら「さんさい」だった長い期間への惜別の念も生じるだろう。


さらに10歳児にとっての10年が60歳の人の60年分に当たるとしたら、小学4年生の時に「10年ひと昔」というくくりが身にしみることも理解できる。


そういえば私は最近、歴史が身近に感じられてならない。歴女になったという意味ではなく、例えば明治維新が、あるいは江戸の文化や平安貴族の暮らしが、そして謎めいた聖徳太子までもが「確かに現代につながっている」と思え、なんとなく身近に感じられるのだ。


この感覚も自分が生きてきた長さを基準にしているからなのだろうか?


例えば、光源氏の世界は約1,000年前。20歳の頃に読んだ源氏物語は、自分の人生の50倍もの遥かな過去を描いた作品だった。ところが50歳になったときには自分の人生の20倍の昔、100歳ならわずか10倍ほど前の出来事......といった風に源氏物語が近づいてくる。


関東大震災なども最近の災害だったのだと再認識する昨今である。




時間感覚をコントロールする方法

さて、冒頭で「アッという間にお迎えが来る」「せわしない」と嘆いていた友人たちが人生の残り3分の1をゆったり過ごすためには、一体どうすれば良いのだろうか。


ジャネーの法則は万人を対象にしており、人間ひとりひとりの性格や環境の違いは計算に入れていない。そのことは多くの研究者も指摘しているようだが、もし個々の特徴や過ごし方が時間感覚に影響を及ぼすとしたら、時間を長く感じる方法だってあるのではなかろうか。


私自身が実感するのは"何もしていない時間は記憶から消えてしまう"ということ。


誰かに会ったり、どこかへ出かけたりした時間はいつまでもしっかり記憶に残るし、自宅にいても草取りをしたことや凝った料理を作ったことは忘れない。


ところが自室で何もせずダラダラと過ごした場合、その時間を後で思い出すことはないのである。


つまりグウタラ&スカスカな時間を減らし、毎日何かをすることで記憶に残る時間を増やせば、1日が長く感じられるのでは? もしかすると、目を輝かせて遊び、歌い、走り回って濃密な時間を過ごしていた子ども時代の時間感覚を、少しだけ取り戻せるかもしれない。


個人的には泡沫(うたかた)のごとく消えゆく日々もまた良しとする気持ちはあるのだが、友人たちには「毎日何をするか意識して暮らしなさい」と偉そうに説教しようと思う。



(参考資料)「大人の時間はなぜ短いのか」一川誠(集英社新書)




【オマケのご報告】

いつも優しい扉絵を描いてくださるイラストレーターの岡田知子さん。

先日はじめてお目にかかる機会に恵まれました。

岡田さんは私より少し若いけれど、ほぼ同世代。昔なら縁側で猫をなでながらお喋りする間柄だったかもしれません。

人生100年の今だからこそできる共同作業といったところでしょうか。


※記事の情報は2023年7月4日時点のものです。

  • プロフィール画像 小田かなえ

    【PROFILE】

    小田かなえ(おだ・かなえ)

    日本作家クラブ会員、コピーライター、大衆小説家。1957年生まれ、東京都出身・埼玉県在住。高校時代に遠縁の寺との縁談が持ち上がり、結婚を先延ばしにすべく仏教系の大学へ進学。在学中に嫁入り話が立ち消えたので、卒業後は某大手広告会社に勤務。25歳でフリーランスとなりバブルに乗るがすぐにバブル崩壊、それでもしぶとく公共広告、アパレル、美容、食品、オーディオ、観光等々のキャッチコピーやウェブマガジンまで節操なしに幅広く書き続け、娯楽小説にも手を染めながら、絶滅危惧種のフリーランスとして活動中。「隠し子さんと芸者衆―稲荷通り商店街の昭和―」ほか、ジャンルも形式も問わぬ雑多な書き物で皆様に“笑い”を提供しています。

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