65年生きてみた。思考は変われど、嗜好は変わらず

MAR 7, 2023

小田かなえ 65年生きてみた。思考は変われど、嗜好は変わらず

MAR 7, 2023

小田かなえ 65年生きてみた。思考は変われど、嗜好は変わらず 人生100年時代、「あなた」はどう変わるのか。何十年も前から予測されていた少子高齢社会。2022年9月時点で100歳以上のお年寄りは9万人を超えました。自分に訪れる「老い」と家族に訪れる「老い」。各世代ごとの心構えとは? 人生100年時代をさまざまな角度から切り取って綴ります。

クラシックロック世代の音楽療法

少し前のことだが、神奈川県内の高齢者施設で英国ロックバンド「レッド・ツェッペリン」の爆音上映会が開かれたという記事を読んだ。写真を見ると、皆さん拳を突き上げ楽しそう。私のまわりにはロック好きが多いため、みんな「これで老後も安心だ」と口々に言っていた。


加齢とともに変化することはたくさんあるが、変わらない趣味嗜好も多い。介護を担う方々がそれをちゃんと把握し、今の高齢者が生きた時代を分かってくれているのだと思えば心強い。好きな音楽は心身を癒やしてくれるのだから。


音楽療法は、古代から存在する人類共通の知恵と呼ぶべきものである。リズムに合わせて身体を動かしたり、歌ったり、楽器を演奏したり......それらを医学のジャンルとして発展させたのは第二次世界大戦後のアメリカだった。心身に傷を負った帰還兵たちに音楽療法を施し、効果を得たそうだ。


日本でも50年ほど前から研究されてきたが、注目を集めるようになったのは1990年代以降。かつて正しいとされていた精神論......苦しくても根性で頑張れば何とかなる! という考え方が論理的ではないことに、私たちみんなが気づいた。そしてメンタルケアの重要性が認識され、医療に音楽療法などの多様なアプローチを取り入れるようになったのだ。


現在、民間団体による「音楽療法士」の資格は通信教育でも取得できる。ロック好き高齢者としては、これから需要が高まる将来有望な分野に優秀な人材が集まることを望む。




赤ちゃんと高齢者に何を聴かせる?

「胎教にはモーツァルトが良いのよ」
「あら、ディズニーって言われたけど?」
「モーツァルトじゃなくてもクラシックならいいんじゃない?」
家庭では良きおばあちゃんとして奮闘中の我が友人たちの会話だ。


「クラシックロックじゃダメ?」
と私が口をはさんだら、一斉に白い目を向けられた。


30年以上前の話だが、妊婦だった私は"胎教に良い"と宣伝されている音楽CDを無視し、ロックばかり聴いていた。その結果、興味深いことが起きたのだ。生まれた赤ん坊がグズったとき、ロックをかければおとなしく眠る。とても便利だった。ロックが胎教に良いのかどうかは知らないけれど、まず何よりも母親自身が心地よく音楽を楽しむことが大切なのだと思う。


音楽療法について何も知らず、それを受けたこともない私がちょっと不安に思うのは、嫌いな曲は騒音・雑音にしか聴こえないということ。


冒頭のレッド・ツェッペリンは好きな人だけが参加したわけだが、ロックの苦手なおじいちゃんおばあちゃんにとってハードロックなど鼓膜をつんざく凶器でしかない。逆に私自身は「高齢者の好きな曲は○○です」とくくられ、将来お世話になるデイサービスや施設の余興がそればかりだったら困ると思う。


とはいえ我ながらビックリしているのは、ここ数年、子どもの頃に聴いた歌の良さを再発見できるようになったことだ。例えば「おもいでのアルバム」「春よ来い」など、幼い頃に母が歌ってくれた童謡。「冬の星座」「椰子の実」といった音楽の教科書に載っている曲。それらを聴くと心がホッコリ温まる。


懐かしい曲を聴いて心身を癒やすのが音楽療法の重要な目的であることを考えれば、ときには昔の歌を聴いてみるのも悪くない。時代を超えて歌い継がれる曲には人間の心に響く魅力があるのだから、将来のデイサービスで苦手なジャンルの曲が流れても、決して耳を塞いだりはしないと心に誓うのであった。




そういえば好きな食べ物も変わらない

皆さんは、トシをとると油っこいものが食べられなくなるという話を聞いたことがあるはず。身体が必要とするカロリーが減り、胃腸に負担のかからない淡白な食事を好むようになるらしいのだが......。


これについては、いったい何歳ぐらいから嗜好が変わるのか分からないけれど、少なくとも私の好きな食べ物は60代になった現在でも20代の頃と変わらない。揚げ物大好き、ピザも大好き、ラーメン大好き、ファストフード大歓迎! それらは子どもの頃から食べている料理なので、ある意味ソウルフードみたいなものなのだ......というのは言い訳か?


なにしろ現代の食生活は、ヘルシーであることが大前提になっている。高カロリーのメニューを食する際には「罪悪感」という言葉さえ使われるため、私なんぞは毎食毎食「懺悔(ざんげ)」しなければならないのだ。


自分が食べたいものを食べて病気になるのは自業自得......などと言っちゃダメ! そういった甘い考えにより医療費がかさみ、社会全体に迷惑をかけるのだと叱られたら、ひたすら「ごめんなさい」と平身低頭するしかない。


せめてベジタブルファーストを実践し、できるだけたくさん葉っぱを食べようと思ってはいるのだが、野菜の後でいつも通りの食事をしたらサラダの分だけカロリーが増えてしまうんじゃないかという疑問が頭をよぎる。これまた都合の良いギモンだろうか?




体重は減らないがストレスは減る!

このエッセイを読んでくださっている皆さんは、もしかすると日々さまざまなストレスを抱えているかも知れない。そういう方々に朗報をひとつ。歳を重ねるとストレスは減ります! ホントです!


私も昔はあれこれ悩む場面が多く、日々ストレスを抱えていた。例えば仕事に関する問題として、取引先の倒産や減収、それに伴う法的な手続きなどは、あまりモノを知らない私にとってとても荷が重かった。また、新しい仕事を開拓したり、新しい人間関係を築いたり......フリーランスゆえの緊張感も常につきまとう。もちろん仕事以外にも失恋や体調不良などいろいろなダメージに遭遇し、そのたびに落ち込んだ。


ところが、白髪やシワが増えるのと引き換えに、それらの悩み事なんか大した問題ではないと感じられるようになったのである。


晴れてほしい日に降る雨、遅延する電車、混雑する病院、そういった思い通りにならない雑事と同様、人生におけるさまざまな出来事は自分じゃコントロールできないことがほとんどだ。だとしたら、どうにもならないことはどうにもしなくて良いんじゃないか......ごく自然に、そんな気持ちへと切り替わった。


雨が降ったら傘をさせばいい。電車が遅れたらスケジュールを組み直そう。病院の待ち時間は好きなことをして過ごす。問題が発生したら、その時点で対処するだけ。発生する前から気を揉んでも意味がない。


この切り替えは純粋に気持ちの問題であり、悩み事が解決するわけではないのだが、ストレスが少しずつ減ったのはありがたい。


老いることは必ずしも哀れではないのよ。だから皆さん、どうかご安心くださいね。


※記事の情報は2023年3月7日時点のものです。

  • プロフィール画像 小田かなえ

    【PROFILE】

    小田かなえ(おだ・かなえ)

    日本作家クラブ会員、コピーライター、大衆小説家。1957年生まれ、東京都出身・埼玉県在住。高校時代に遠縁の寺との縁談が持ち上がり、結婚を先延ばしにすべく仏教系の大学へ進学。在学中に嫁入り話が立ち消えたので、卒業後は某大手広告会社に勤務。25歳でフリーランスとなりバブルに乗るがすぐにバブル崩壊、それでもしぶとく公共広告、アパレル、美容、食品、オーディオ、観光等々のキャッチコピーやウェブマガジンまで節操なしに幅広く書き続け、娯楽小説にも手を染めながら、絶滅危惧種のフリーランスとして活動中。「隠し子さんと芸者衆―稲荷通り商店街の昭和―」ほか、ジャンルも形式も問わぬ雑多な書き物で皆様に“笑い”を提供しています。

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