
【連載】人生100年時代、「生き甲斐」を創る
2025.11.25
小田かなえ
最強の御守りのつくり方と不思議なジュエリー職人
人生100年時代、「あなた」はどう変わるのか。何十年も前から予測されていた少子高齢社会。自分に訪れる「老い」と家族に訪れる「老い」。各世代ごとの心構えとは? 人生100年時代をさまざまな角度から切り取って綴ります。
イラスト:岡田 知子
金歯がポロリと抜けまして......
ある日のこと。施設にいる老母を訪ねたら、受付で小さなビニール袋に入った"何か"を渡された。「うふふ、大きな指輪になるかもよ」と、ニコニコ顔の職員さん。中身は母の金歯だった。
「このあいだポロッと抜けたんですよ」
「うひゃあ、ありがとうございます。貴重な形見だわ」
「やぁだ、まだまだお元気よ」
母の口内には歯がある。いや、歯があるのはヒトとして普通なのだが何しろ101歳だ。101歳ともなれば標準装備は入れ歯のはずなのに、まだ自前の歯が抜けるなんてね......という話を友人たちにしたら、そのなかのひとりが教えてくれた。
「親の金歯を溶かしてつくったアクセサリーは強力な御守りになるらしいわよ」
へぇー、なるほど。たしかにそうだろうなぁ。もしRPGの世界に"母の金歯"なんていう装備品があったとしたら、それはたぶん最強のアイテムに違いない。
「"はぐれメタルの盾"より防御力ありそう......」
ブツブツとつぶやく私を見て、最新のドラクエをクリアしたばかりのオバちゃんが、ちょっとだけ馬鹿にした笑みを浮かべた。
最近は遺灰でつくるアクセサリーが注目されている。「手元供養」の新しいカタチだ。大切な人の遺灰をダイヤモンドに加工したり、あるいは遺灰をそのまま小瓶に入れたりしてアクセサリーをつくり、故人の一部を肌身離さず持ち歩く......墓じまいの時代だからこそ人々の心を捉えるのだろう。
実は合祀墓を買ったばかりの私も手元供養には興味津々なのだが、遺灰を使うという方法がなんとなく恐ろしい気がして決めかねていた。映画や小説のホラーは大好きだし、医学モノにも夢中になるくせに、実母の遺灰のどこが怖いのか自分でもわからない。わからないのだが怖い。
もしかすると身近だから、愛情があるから、大切だから"怖い"のかも。程々に親しい相手なら、変な言い方だが適度な愛惜の念を抱いて遺灰を受け入れられる。しかし対象が肉親や恋人だと、その人が死んで遺灰になってしまったことを受け入れ難いのでは?
「愛惜」と「哀惜」の違いなのかも知れない......なんてね。
ま、私が母の遺灰を怖く感じる理由はさておいて、金歯ならぜんぜん怖くはない。むしろユーモラス。101歳になるまで母の口中で咀嚼を担当していた金歯......スルメをワシワシ噛み、煎餅をバリバリ砕いていたと考えれば、やたらパワフルで楽しい遺品だ。イメージ的には可愛らしくて強い"はぐれメタル"にも通じるような。
というわけで私は、やはりこの金歯にこそ母亡きあとの守り神になってもらうべきだと思った次第である。ただし母はまだ生きているので、今すぐつくるわけではない。それに、たしか母の口中には金歯がもう1本あったはず。どうせならアレもまとめたほうが良さそう......なぁんて強欲なことまで考える娘であった。
ちなみにネットで調べてみたところ、シンプルな指輪なら7、8万でつくれるようである。
「良い気の流れる席にどうぞ」
人間の縁というものは不思議だ。何らかの目標なり目的なりを得ると、それに纏(まつ)わるさまざまな情報が耳に入ってくる。
今回も、私が密かに老母の金歯で最強装備の指輪をつくろうと決めた途端、鶴田由來人(つるた・ゆきひと)さんというジュエリー職人の方をご紹介いただく機会を得た。西東京市にある「パピヨン工芸」でジュエリーのリメイクやデザインを手がけている先生だ。さっそく訪ねてみることにした。
うかがったのは小雨の降る日だったが、午後の工房は明るい。小さな作業スペースにみっしりと、宝石や貴金属や工具やペンやメモが散らかって......否、きちんと配置されている。その中央に座った鶴田さん、はじめましてのご挨拶をする私になんとも温かい目を向けて、近くの椅子を指差した。
「そこに座ってください、いちばん気の流れがいいんです」
「えっ? はい?」
「ここの窓からね、そちらのドアのほうに良い気が流れているんですよ」
「そう......なんですか?」
私は恐る恐る指定された椅子に腰かけた。とくに変わった感じはしない。すると鶴田さん、平たい大きなジュエリーボックスのようなものを見せてくれた。色もカタチも違う貴石が20個ぐらい、四角く区切られたスペースに並べられている。
「このなかでどの石が好きですか? 」
何がなんだかわからぬまま、私は黒に近い茶色の石を指差した。
「なるほど。それでは目を閉じてください。いいですか、僕はいま箱の向きを変えて小田さんの前に差し出していますから、手をかざして、ゆっくり動かしてみて。あなたが選んだ石に掌が近づくと温かさを感じますよ」
指示に従い、ボックスの上に手をかざす。何度か繰り返すと、明らかに左上の方向に温もりを感じた。目を開けたら予想通りそこに黒っぽい石が......。ほぇー! と驚きつつ、自分の心にブレーキをかける。
『待て待て待て、私は手元供養のジュエリーを取材しに来たのだ。摩訶不思議な超常現象を体験しに来たわけではないのだぞ』
すると、そんな私の心の声が聞こえたかのように鶴田さんはオカルトっぽい雰囲気を瞬時に消し去り、「さて、ところで今日はどんなお話をすれば良いのですか」と、ニコニコ。その豹変ぶりにもビックリである。常にあらゆる方向を見守っている十一面観音菩薩みたい。
余談だが「豹変」という言葉、現在では"悪いほうに変わる"ときに遣われることが多いけれど、元々は"良いほうに変わる"際に遣われた。「君子は豹変する」。つまり"立派な人は自分の過ちに気づくとすぐに改める"という意味。
ちなみに鶴田さんの場合は過ちに気づいたわけではない。超常現象とジュエリー、どちらも悪いものではなく素敵なものだから。きっと鶴田さんはものすごく頭が良いのだろう。
ガイアの夜明けでも紹介された匠の技!
さてさて、ようやく本題に入るのだが、やはり金歯でつくるアクセサリーは需要が伸びているようだ。私は真っ先に大事なことを聞いてみた。
「費用はどのくらいかかかりますか」
すると鶴田さん、迷わず答えてくださった。
「シンプルな指輪なら2、3万。貴石や貴金属も加えてデザインすれば6万か7万ぐらい......もちろんそれはベースになる金の量や質、発注者が希望するデザインによって変わります」
ありがたいことにネットで調べた平均価格より安い。私は心のなかでガッツポーズを決めた。
『よし、婆サマの金歯は鶴田さんに託そう!』
『あ、でも神様仏様、残った金歯の回収も指輪づくりも急がなくて構いませんからね。できるだけゆっくり迎えに来てくださいよ』
本題が片付いてホッとした私は、再び工房を隅から隅まで見回す。あまりじろじろ眺めるのはマナー違反だが、二重螺旋の如くグニャグニャになったスプーンを筆頭に、興味をそそられるものがいっぱいなのだ。半分以上は何に使うのか、何に使ったのかわからないものばかりで気になって仕方ない。
植木鉢に突っ伏している黒光りした骸骨(がいこつ)は何で出来ているの? 蝋石みたいに見える灰色の塊は鉱物? それとも丸めたティッシュ? キーホルダーらしきものがたくさんあるけれど、まさか誰かの遺品?......と、そこでもうひとつ知りたいことが出てきた。
「宝石や貴金属以外のものでアクセサリーをつくっていただくことは可能なんでしょうか」
「たとえば? 」
「そうですねぇ、家を建て替えるときに、取り壊す家の大黒柱でブローチをつくるとか......」
「ああ、なるほど。もちろんできますよ。長く住んだ家なら思い入れがありますから、その大黒柱にこれからも守ってもらうのは良いことですよね」
鶴田さんは優しい笑みを浮かべた。
「いまご自宅の写真をお持ちですか? 」
「ウチのですか? いいえ」
「Googleマップで見せていただけませんか」
ええっ? 我が家の大黒柱はゴミに埋もれてるし、あんな散らかった床の間は見せられない......と思ってから気がついた。Googleのストリートビュー撮影車は家の中まで入ってこないのだ。私は安心してスマホを差し出す。
すると鶴田さん、真剣な顔でスマホをクルクル動かしながら言った。
「うん、良い家ですね。この東向きの2部屋はカーテンを全開にしておくといいですよ。光をいっぱい取り込んでください。運気がアップします」
話はいつの間にか気の流れに戻っていた。
「お母さんは施設に入る前、どの部屋にいましたか?」
「東向きの部屋です」
「ああ、やっぱりね! きっと長生きできますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
考えてみたら鶴田さんには母の年齢を伝えていなかった。「おかげさまで101歳になります」と言ったらまた優しくニッコリ頷いた。
この日、私は不思議な経験をしたと言うべきか、不思議な人に会ったと言うべきか。
帰る頃には雨もすっかり止んでいた。ずいぶん長居しちゃったな......と夜空を見上げたら、雨上がりのせいなのか都内なのに幾つも星が光っている。
いずれ遠くない未来、母は旅立つだろう。昔の人が言ったように空の星となるのか、私が信じるように量子となって世界を漂うのか、こればかりは自分自身が死んでみなきゃわからない。私は肩をすくめて家路を急いだ。
ところでこの話には後日談がある。鶴田さんは、ジュエリーのお客さんに対してスピリチュアルな話をすることは滅多にないらしい。
あの日、初めて会った私になぜ秘めたパワーを見せてくれたのか。それは私のほうが「不思議大好き!」というオーラを放っていたからなんだって。
これは褒められたと考えて良いのだろうか......うん、褒められたのだ。
※記事の情報は2025年11月25日時点のものです。
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【PROFILE】
小田かなえ(おだ・かなえ)
日本作家クラブ会員、コピーライター、大衆小説家。1957年生まれ、東京都出身・埼玉県在住。高校時代に遠縁の寺との縁談が持ち上がり、結婚を先延ばしにすべく仏教系の大学へ進学。在学中に嫁入り話が立ち消えたので、卒業後は某大手広告会社に勤務。25歳でフリーランスとなりバブルに乗るがすぐにバブル崩壊、それでもしぶとく公共広告、アパレル、美容、食品、オーディオ、観光等々のキャッチコピーやウェブマガジンまで節操なしに幅広く書き続け、娯楽小説にも手を染めながら、絶滅危惧種のフリーランスとして活動中。「隠し子さんと芸者衆―稲荷通り商店街の昭和―」ほか、ジャンルも形式も問わぬ雑多な書き物で皆様に“笑い”を提供しています。
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