【連載】人生100年時代、「生き甲斐」を創る
2023.11.07
小田かなえ
言霊の威力
人生100年時代、「あなた」はどう変わるのか。何十年も前から予測されていた少子高齢社会。2022年9月時点で100歳以上のお年寄りは9万人を超えました。自分に訪れる「老い」と家族に訪れる「老い」。各世代ごとの心構えとは? 人生100年時代をさまざまな角度から切り取って綴ります。
各人各様に"こだわり"のある外食事情
何歳になっても苦手なこと、出来ないことがありまして......。つい最近まで私はひとりでラーメン屋さんに入れなかった。いや、牛丼屋さんにも赤ちょうちんにも入れないのだが、それはべつに困らない。外出先で「どうしても牛丼が食べたい」「どうしてもチューハイを1杯ひっかけたい」と切望することはないから。
でもラーメンは大好きで、発作的に食べたくなるため困っていたのである。
私に限らず現代人には"入りにくい飲食店"というものがありがち。大雑把に分けると男性は甘味処やお洒落なレストランが苦手で、女性なら焼肉店とか立ち食い蕎麦屋さんを敬遠するが、それだけではない。
ひとりでファミレスに行けない単身者、テーブル席が苦手でカウンターにしか座れない若者、店員さんの呼び出しチャイムがないレストランを避ける人......お互いに「なぜそんなことで?」と疑問を抱きつつも、自分自身の苦手意識を克服するのは難しい。
もちろん"どこでも平気"という人だってたくさん存在するのは承知している。むしろそのほうが多数派だろう。
しかし逆にハンバーガーやコンビニのおにぎりすら食べられないおばちゃんもいて、私の友人の場合、やむを得ずひとりで外出したときは家を出てから帰宅するまで何も口にできず、辛うじて自販機のドリンクだけは買えるので、それで空腹を紛らせるのだとか。
彼女は専業主婦だから通常はひとりで外食できなくても困らない。しかし私のように仕事の都合で単独行動が多い場合、その時々に食べたいものが食べられないと不便である。
先月もひとり旅に出た。ひとり旅は珍しくないし、そもそも旅といっても1泊2日で福島へ行っただけなのだが、私は現地に着いたら喜多方ラーメンが食べたかった。どうしても食べたかったのだ。だから、このチャンスを利用して苦手意識を克服しようと考えた。
新幹線の中で、自分がなぜひとりでラーメン屋さんに入れないのか理由を探ってみる。
レストランやカフェは待ち合わせとかテレワークにも使う。そこでパスタを食べていたとしても、それはあくまでも待ち合わせやテレワークの"ついで"であり、食欲全開でパスタを喰らうために利用しているワケじゃないと言い訳できるのよ、自分に。
しかしラーメン屋さんではテレワークなんかしないから、ただもう"ラーメンをガツガツ食べたい"という本能むき出しでテーブルに着いているわけで、それが恥ずかしいのだ。
しかしいいトシして食欲を恥じらっても仕方ないし、そもそも食事をとるのは万人共通。それより何より"誰も私のことなんか見ていない"という究極の真実!
私は心の中で「誰も見ちゃいない、誰も私なんか見ちゃいない」と繰り返し呪文を唱えてみた。まったくその通りである。
加えて移動中に友人たちに「会津へ行ってラーメン食べて来る」とLINEし、「いいなぁ」「写メよろしく」などの返事をもらう。公言してしまえば、もう引っ込みがつかないという作戦である。
その結果めでたく人気店でチャーシュー麺を味わうことができましたとさ......いやはや、我ながらなんてくだらないことを報告しているのかと呆れるが。
「プライミング効果」って?? ああ、アレね!
この世の中には色々なハードルがある。人によって異なる場所に置かれた、高さの違うハードル。そのハードルを越えるために自分で自分を鼓舞することは大切だ。
ここでちょっと脱線。
「ハードルが高い」と「敷居が高い」を同じ意味で使う人が増えてきた。言葉は生き物なので時代とともに変化するのは当たり前。ゆえに目くじらを立てるつもりはないが、微妙なニュアンスとして「敷居が高い」には"不義理をしていて訪問しにくい"という意味があることを、社会人と就活生の皆さんは頭の隅っこにメモしておくと良いかも知れない。
さて本題。ここまで読んでくださって「言霊」を思い浮かべた方はいらっしゃるだろうか。「ラーメン食べたい」という低レベルな話題で言霊を持ち出すのは如何なものかと思うが、言霊を利用すればラーメンなんかじゃなく、もっと重大な局面でも助けになる。
そもそもなぜ言霊というものが成立するのか。スピリチュアルな考察もたくさんあるが、ここでは人間なら誰でも持っている性質として考えてみたい。
「プライミング効果」と呼ばれる現象がある。これは事前に示された情報に影響されて思考や行動が変化することだが、これに関する興味深い実験が1990年代に行われたそうだ。
学生たちを被験者として「決められた幾つかの単語を使って文章を作りなさい」と指示を与える。その際、一部の被験者には「しわ」「物忘れ」「白髪」など、高齢者をイメージさせる単語をたくさん混ぜておく。そして実験の後で被験者の歩く速度を測るのだ。すると高齢者をイメージさせる単語をたくさん与えられたグループは、それ以外のグループに比べて歩く速度が遅くなったらしい。
お年寄りをイメージさせる単語が、学生に高齢者のような行動をとらせたのである。
もっと身近な例では「10回クイズ」などもプライミング効果を使った面白い遊びだ。
「イカリングって10回言って」
「イカリング、イカリング、イカリング......」
「首にかけるアクセサリーは?」
「イヤリング」
「はい、間違い! 正解はネックレスでした」
どちらの結果を見ても、私たち人間は自分が感じている以上に言葉というものに影響され、行動や思考を変化させていることがわかる。
となれば、せっかく備わっているこうした便利な機能を利用しないのはもったいない。皆さんはどんなシーンで言霊を操りたいだろうか。
たとえば何かの試験に挑むなら「必ず合格する」と繰り返すことで不安が減り、雑念ナシで全力を出せる気がする。スポーツの試合でも、好きな人に告白する日も、大きなプロジェクトを任されたときも、余計なことは考えずに集中すべきなのは同じだ。
「必ず勝てる」「必ず両想いになる」「必ず成功する」......もしかするとプライミング効果は私たち人類が持っている超能力なのかも知れない。
言霊の国の民だから、良い言葉を浴びて生きよう
「カナエちゃん、いいことを教えてあげようか?」
記憶の彼方から祖母が語りかける。
「あのね、キライとか、イヤとか、出来ないとか、悪いことは言わないほうがいいのよ、本当にそうなっちゃうから」
いつだったか覚えてはいないが、これは実際に聞いた言葉。
「いつも楽しいお話をしていれば、なんでもちゃんと上手くいくの」
25年前に逝去した祖母の言葉である。祖母はとにかく明るく愉快な人だった。まもなく99歳を迎える母の母である。
この祖母のアドバイスは言霊の存在について教えていたのだろう。本人は言霊という単語など知らなかったと思うが、良いことを口にしていれば幸運に恵まれるという言霊の威力は大昔から現代まで広く伝わっている。
古くは万葉集にも
しきしまの大和の国は
言霊のさきわう国ぞ
まさきくありこそ
という歌がある。柿本人麻呂の作品だ。
現代語に訳すと「日本は言霊のある幸せな国だ、これからも幸せでありますように」という意味。遥かな昔から私たちは言霊とともに生きてきたのだ。
現代では結婚式の忌み言葉なども負のエネルギーを排除するものとされているし、教師がよく口にする「キミはやれば出来る子だ」というセリフにも言霊が宿っているのかも知れない。
英語やフランス語などの外国語には「言霊」を表す単語がないようだが、言葉に魂が宿るという概念は日本人だけのものではなく、海外の文化にも存在する。
「悪いことを口にすると本当にそうなってしまう」と信じる異国の人たちは、昔から伝わる合言葉(例:Knock on wood.=幸運が続きますように)や仕草(例:十字を切る、木製のものに触る)によって縁起の悪い発言をなかったことにしているという。
ふと思ったのだが、洋の東西を問わず"運の良い人"というのは、もしかすると無意識のうちに言霊を使いこなしているのかも知れない。
言霊の国・日本で暮らす私たちなら尚のこと、明るく前向きな言葉をシャワーのように浴びて、人生100年を笑って過ごしたいものである。
※記事の情報は2023年11月7日時点のものです。
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【PROFILE】
小田かなえ(おだ・かなえ)
日本作家クラブ会員、コピーライター、大衆小説家。1957年生まれ、東京都出身・埼玉県在住。高校時代に遠縁の寺との縁談が持ち上がり、結婚を先延ばしにすべく仏教系の大学へ進学。在学中に嫁入り話が立ち消えたので、卒業後は某大手広告会社に勤務。25歳でフリーランスとなりバブルに乗るがすぐにバブル崩壊、それでもしぶとく公共広告、アパレル、美容、食品、オーディオ、観光等々のキャッチコピーやウェブマガジンまで節操なしに幅広く書き続け、娯楽小説にも手を染めながら、絶滅危惧種のフリーランスとして活動中。「隠し子さんと芸者衆―稲荷通り商店街の昭和―」ほか、ジャンルも形式も問わぬ雑多な書き物で皆様に“笑い”を提供しています。
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