【連載】創造する人のためのプレイリスト
2023.12.05
ミュージック・リスニング・マシーン:シブヤモトマチ
2023年の年末聴き納めプレイリスト
ゼロから何かを生み出す「創造」は、産みの苦しみを伴います。いままでの常識やセオリーを超えた発想や閃きを得るためには助けも必要。多くの人にとって、創造性を刺激してくれるものといえば、その筆頭は「音楽」ではないでしょうか。「創造する人のためのプレイリスト」は、いつのまにかクリエイティブな気持ちになるような音楽を気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドするコーナーです。
記録的な猛暑が続いた2023年もあとわずか。皆さんにとって今年はどんな年でしたか? 暑いのが苦手な筆者は炎天下に出歩くことを避け、とくに夏場は自宅で音楽を聴く機会が多い年だったように思います。そんな超ホットの今年も、たくさんの刺激的な音楽との出会いがありました。
今回は行く年を振り返り、創造力あふれるアーティストたちの2023年の新譜を中心に必聴プレイリストを組んでみました。ジャズやヒップホップ、ロック、ネオソウル、アンビエントにルーツミュージックなど、既成のジャンルを超える新しい音楽の数々をどうぞお楽しみください。
1.グレッチェン・パーラト&リオーネル・ルエケ「イフ・アイ・ニュー」(2023年)
2023年といえば、このデュオ・アルバム「Lean In」が音楽を愛するリスナーの間で大きな話題となりました。
LA出身のジャズ・ボーカリスト、グレッチェン・パーラト(Gretchen Parlato)と西アフリカのベナン共和国出身のギタリスト、リオーネル・ルエケ(Lionel Loueke)は、若き日にジャズ教育機関の最高峰であるセロニアス・モンク・インスティテュート・オブ・ジャズで出会い、ボーカル&ギターデュオとして活動。その後グレッチェンのデビュー作(2005年)やリオーネルのソロ作(2012年)ほかで何度か共演してきました。「Lean In」(2023年)は、盟友2人が長い時を経て初めて連名で発表した本格的なコラボレーション作品です。
この曲「If I Knew」には、ベーシストとグレッチェンのパートナーであるジャズ新世代ドラマー、マーク・ジュリアナも参加。リオーネルの故郷である西アフリカのリズムを感じさせるパーカッシブな演奏にグレッチェンは抜群のタイム感で呼応し、語りかけるようなボーカルで曲全体に命を吹きこみます。
この作品ではほかにもブラジルのレジェンド歌手、エリス・レジーナが歌った曲やフー・ファイターズなどのカバー、2人のオリジナル曲も収録。ジャズ、ブラジル音楽、アフリカのリズム、そのほかさまざまな音楽が極上のかたちで融合した、デュオ・アルバムの新たな名作の誕生です。
2.エンジ「Ulaan」(2023年)
モンゴルの伝統的音楽とジャズやアシッドフォークを融合させた前作「Ursgal」(2021年)が高い評価を受けたエンジ(Enji)。彼女の3rdアルバムが今年リリースされ、コアな音楽ファンの間で話題になりました。映像は、そのタイトル曲「Ulaan」です。
エンジはモンゴル出身で、現在はドイツのミュンヘンを拠点に活動するシンガー・ソングライター。本作ではミュンヘンのジャズギタリストとモンゴル人のコントラバス奏者のレギュラーメンバーに加え、ブラジル人のドラマー、マリア・ポルトガルとクラリネット奏者のジョアナ・ケイロスが参加しており、元々の静謐な弦楽器トリオの音に、ブラジル音楽のもつ浮遊感や遊び心といった彩りが添えられています。
エンジの曲にはオルティン・ドーというモンゴルの声楽音楽の伝統が息づいており、個性的な歌唱表現と、容易には予定調和しない曲づくりに独自の美しさを感じます。歌詞には、文化の国境を超えたヒューマニズムのようなものが歌われているといいます。そうしたところにも、広大な大地と遊牧民文化を有する国から来た音楽家、エンジの魅力があると思います。
3.アノーニ&ザ・ジョンソンズ「イット・マスト・チェンジ」(2023年)
※このミュージックビデオにアノーニは登場しません。シンガー役のモデルによる映像です
アノーニ(Anohni)は英国出身で、ニューヨーク在住のシンガー・ソングライター。1995年にアントニー&ザ・ジョンソンズを結成し、独創的な数枚のアルバムを発表。その深く慈しみのあるファルセット・ボイスと高い音楽性が評価され、ソロとしてもルー・リードやルーファス・ウェインライトなど数々のアーティストと共演してきました。そのキャリアの初期からトランスジェンダーであることについて歌ってきた彼女は、近年では出生名のアントニーから通名のアノーニに変えて活動しています。
2023年発表のアルバム「My Back Was A Bridge For You To Cross」のジャケットには、1960年代から1992年に謎の死を遂げるまで、性的マイノリティーの人権運動に力を尽くしたトランスジェンダーの活動家、マーシャ・P・ジョンソンの写真が使われています。
アノーニは彼女への敬愛の気持ちを込めつつ、このアルバムの1曲目を「変えなければならない」というメッセージの曲でスタートさせました。穏やかなテンポに柔らかな音色のギターリフ、そこにアノーニの深く温かみのある歌声が乗ります。マーシャ・P・ジョンソンが差別や偏見と闘っていた時代のソウル・ミュージックの雰囲気を感じる珠玉の一曲です。
4.ジョシュア・レッドマン「シカゴ・ブルース」(2023年)
ジョシュア・レッドマン(Joshua Redman)といえば、ハーバード大学を優秀な成績で卒業後した俊英。しかも、同じくジャズ・サックスの名手を父に持ち、1991年のジャズ・コンペティション優勝から瞬く間にトップ・サックスプレイヤーに上り詰め、グラミー賞ノミネートは10回を超える。そんな天から二物も三物も与えられたレッドマンがこのたび名門ブルーノート・レーベルに移籍し、アルバム「Where Are We」(2023年)を発表しました。
このアルバムは、シンガーを迎えた自身初となるボーカル・プロジェクトで、アメリカ国内の場所や街の地名がタイトルに入った曲、全13トラックで構成されています。ブルース・スプリングスティーンの「Streets of Philadelphia」やジョン・コルトレーンの「Alabama」であり、グレン・キャンベルが歌ってヒットした「By the Time I Get to Phoenix(邦題:恋はフェニックス)」などのカバーもあります。
またその一方で、同じ地名にまつわる複数の曲を掛け合わせるなどの斬新なアイデアで仕上げられた曲もあります。「アメリカに対する賛美と批評」というコンセプトのもと、伝統を感じさせると同時に、今という時代に批評的な目を向け、よりよい未来を切り拓いていこうとするレッドマンらしい冒険心にあふれたアルバムとなっています。
曲は、アルバムの3トラック目に収録されている「Chicago Blues」。スフィアン・スティーヴンスの「Chicago」とカウント・ベイシーの「Goin' To Chicago Blues」という異なる2つの時代の、異なる視点をもった「シカゴにまつわる歌」をマッシュアップした曲です。ガブリエル・カヴァッサという若きシンガーが卓越したテクニックと表現力で、ムードが小刻みに変化する難しい曲を歌いあげます。こうした曲を聴くと、このアルバムが単純にアメリカの地方や各都市の風景を描いているわけではないことがわかります。
バンドメンバーは、ジョシュア・レッドマン(a-sax)、アーロン・パークス(p)、ジョー・サンダース(b)、ブライアン・ブレイド(ds)。さらに曲ごとにゲストとして、ニコラス・ペイトン(tp)、カート・ローゼンウィンケル(g)、ピーター・バーンスタイン(g)、ジョエル・ロス(vib)らの当代きっての名プレーヤーたちが参加し、叙情的で絶妙なグルーヴの演奏を繰り広げます。
5.カッサ・オーバーオール「メイク・マイ・ウェイ・バック・ホーム」(2023年)
カッサ・オーバーオール(Kassa Overall)がワープ・レコーズ(Warp Records)からリリースした2023年のアルバム「Animals」、そして同年10月に行われた来日公演を体験して、彼の創造する音は現代ジャズのもっとも進化した形のひとつだと感じました。
アバンギャルドなアプローチで独自の美学を感じさせるアルバム収録楽曲が、ライブになると、カッサ(ds, rap & vo.)に2人のパーカッション(1人はソプラノ・サックス兼務)とキーボーディストを加えたバンドの圧倒的な演奏力によりそのイメージを一変させます。
3人の打楽器奏者とシンセベースが起こすアフログルーヴの大波、その合間に、核となるキャッチーな旋律とメッセージがくっきりと浮かび上がりフロアのオーディエンスを直撃する。アルバムを聴いただけではわからない彼の音楽の到達力とエンターテインメント性に驚きました。個人的に、近年観たライブの中でもベストアクトのひとつ!
カッサ・オーバーオールは、ジャズ・ドラマーとして活動しながら、プロデューサー/ビートメイカー/MCとしても革新的な音づくりを続ける、今最も注目すべき音楽家の1人。サウンドづくりには数々のテクノロジーが使われ、異質な音の要素や演奏をエディット、コラージュ、アレンジし、独創的でありながらポップな楽曲を創造しています。
その基本にあるのは「今までにない音楽を創る」というカッサの強い意欲でしょう。それは彼がインタビューで語った「テクノロジーから考えるんじゃなくて、自分のイマジネーションから始めるんだ」というコメント*にも表れています。あくまでも、創りたいという意欲が先にあり、テクノロジーはそれを実現するためにある。創造する人すべてが心にとめておきたい言葉だと思います。
* 出典:Mitsutaka Nagira「カッサ・オーバーオールが明かす、ジャズの枠組みを逸脱する「異端児」の思想」(Rolling Stone Japan, 2023/10/11)
6.ビル・ローレンス&マイケル・リーグ「ミーティング・オブ・ザ・マインド」(2023年)
ジャズ、フュージョン、R&B、ダンスミュージックの既成ジャンルを軽々と超えるスーパー・ライブバンド、スナーキー・パピー(Snarky Puppy)。そのリーダーでベーシスト、マルチ楽器奏者のマイケル・リーグ(Michael League)と、キーボード奏者のビル・ローレンス(Bill Laurance)の2人がデュオを組み、発表したアルバムが「Where You Wish You Were」。これも今年音楽ファンの間で高い評価を受けた作品のひとつです。
マイケル・リーグは自身のソロアルバム「So Many Me」(2021年:取り上げた記事はこちら)と同様に、今回のアルバムでもウードやリュートなどの地中海・中東・アフリカなどに起源をもつ弦楽器を弾いています。これらの弦楽器は、バリアブルな音程の変化により、人のボーカルのように微妙なニュアンスの表現ができます。
また、ビル・ローレンスも、いつものシンセやキーボードではなく、弦が響きすぎないように調整を施したアコースティック・ピアノを弾き、マイケル・リーグが奏でる楽器の響きに合わせた音響表現をしているように思えます。時にはスタジアム級の会場でオーディエンスを踊らせるライブを繰り広げる2人ですが、このアルバムでは異国の文化や未知の世界への好奇心をもとに、旋律と響きを重視した温かみのある室内楽を創り出しています。
7.ブレイク・ミルズ「ゼア・イズ・ノー・ナウ」(2023年)
ベーシストのピノ・パラディーノ、サックスプレーヤーのサム・ゲンデルと共演した「Notes with Attachments」(2021年:記事はこちら)とそれに引き続き行われた来日公演での才気溢れるギタープレイが絶賛されたブレイク・ミルズ(Blake Mills)。彼の2023年の新作は「Jelly Road」。ソングライターでギタリスト、自宅録音によるメロディアスでモダンサイケな作品を生み出す奇才、クリス・ワイズマン(Chris Wiseman)との共作です。
ミニマルな展開のフォーキーでノスタルジックな弾き語り曲が中心のアルバムで、ここに紹介する「There Is No Now」も、一聴したところでは何の変哲もない曲のようでも、聴くたびにどんどんクセになる浸透力があります。
ブレイク・ミルズといえば、2023年に配信されたAmazon Primeの限定シリーズドラマ「デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃」のエグゼクティブ・ミュージック・ディレクター&ソングライターとして、番組音楽と劇中バンド、デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスが発表するアルバム「AURORA」のすべてのオリジナル曲を書き、プロデュースも担当しました。
彼はここでもワイズマンと協力して音楽を制作していますが、1970年代当時のアメリカン・ロックバンドが纏っていた雰囲気を巧みに再現しています(このドラマ、バンドのリードボーカルを演じるのはエルヴィス・プレスリーの孫、ライリー・キーオ。さすが華のある存在感と歌唱です)。このように、ブレイク・ミルズの多彩な才能とポテンシャルの高さを再認識した1年でもありました。
8.サンファ「ステレオ・カラー・クラウド(シャーマンズ・ドリーム)」(2023年)
サンファ(Sampha)は、ロンドン生まれのシンガー・ソングライターでトラックメイカー。両親は1980年代に西アフリカのシエラレオネから英国に移住してきたといいます。2023年リリースのアルバム「Lahai」(アルバムタイトルは祖父の名前から)は、自らのルーツを探求し、自分はどこから来たのか、自分とは誰なのか、自由とは? と自らの内面と向き合う歌詞が多く見られます。
また曲づくりには欧米だけでなく、西アフリカ諸国のアーティストの影響も感じられ、現代的に洗練されたサウンドなのに懐かしさがあり、また、どこか空や大地といったアフリカのスケールの大きな風景を連想させるものがあります。ミニマルなビートの上に乗るピアノのコードとメロディの不思議なテンション。美しく、高い精神性を感じさせるボーカル。
以前ご紹介したデュヴァル・ティモシー(記事はこちら)も同じくシエラレオネにルーツをもつ人でしたが、南ロンドンの音楽シーンの多様性と面白さとは、こうしたマルチ・カルチュラルなバックグラウンドをもつ人々によって創られているのだなと感じます。
9.cero「ネメシス」(2023年)
2023年は国内アーティストの新譜にも良い作品が多く生まれました。cero(セロ)の5枚目となる「e o」もその1枚。多彩なリズムを取り入れた以前の"踊れる"アルバムと比べると、今作はアンビエントやチェンバーミュージックの要素も感じられる全体的に静謐な曲が中心となっており、音の質感や細部にこだわった意欲的な作品に仕上がっています。
ceroは2004年結成。メンバーは髙城晶平、荒内佑、橋本翼の3人。それぞれが作曲、編曲を手がけており、角銅真実、小田朋美、古川麦らの若き敏腕サポートメンバーを加えたバンドでの音楽的快感にあふれるライブも人気です。
ご紹介するのは、アルバム2曲目の「Nemesis ネメシス」。2022年、とあるフェスティバルのステージで演奏された先行シングルで、強く筆者の印象に残った曲です。別れの時を題材に、空の先の宇宙と個人の心の内をつなぐファンタジックな歌詞が、繊細で複雑なコードワークと瞬時の転調などによって重力を失った空想の世界に解き放たれていきます。なんとも不思議な感覚を味わえる名曲。
10.バート・バカラック「The Great Divide」(2020年)
さて、最後に......2023年には多くの偉大な音楽家やシンガーが惜しくもこの世を去りました。ジェフ・ベック、バート・バカラック、ボビー・コールドウェル、ハリー・ベラフォンテ、アーマッド・ジャマル、ティナ・ターナー、ジェーン・バーキン、トニー・ベネット、シネイド・オコナー、ランディ・マイズナー、ロビー・ロバートソン、カーラ・ブレイ。日本でも高橋幸宏、岡田徹、坂本龍一、鮎川誠、PANTA、谷村新司、もんたよしのり、犬塚弘、大橋純子、三浦徳子、KAN......そのほかにも多くの偉大なレジェンドの方々を見送った1年になりました。
素晴らしい曲で、歌唱で、演奏で、長年私たち音楽ファンの心を沸きたたせてくれた故人たちに対する感謝と哀悼の意を込めて、最後にバート・バカラック(Burt Bacharach)が2020年、92歳の年に配信のみで発表した曲「The Great Divide」を聴きながら本稿を終わりたいと思います。
来る2024年も皆様と一緒に新しい音楽と出会えますように。
※記事の情報は2023年12月5日時点のものです。
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【PROFILE】
シブヤモトマチ
クリエイティブ・ディレクター、コピーライター。ジャズ、南米、ロックなど音楽は何でも聴きますが、特に新譜に興味あり。音楽が好きな人と音楽の話をするとライフが少し回復します。
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