音楽
2024.05.28
弓木英梨乃さん ギタリスト 〈インタビュー〉
弓木英梨乃|マレーシア音楽留学で気づいた、自由にギターを弾く楽しさ
あどけない笑顔でギターを弾きまくるYouTube動画で人気を集めている女性ギタリスト、弓木英梨乃(ゆみき・えりの)さんに、お話を聞きました。
写真:山口 大輝
ジョージ・ハリスンに憧れて
2009年にシンガーソングライターとしてデビューし、2013年にはKIRINJIに加入。SNSでの演奏動画配信も始め、ギタリストとしてのキャリアを着実に築いていた弓木さんだったが、2021年、ライブ活動を中断して約2年間、マレーシアの音楽大学に留学した。そんな弓木さんにギターのこと、留学のこと、そして演奏動画の配信について、東京・原宿にあるFENDER FLAGSHIP TOKYOでお話をうかがった。
――弓木さんがギターを始めたのはビートルズがきっかけと聞きました。
幼い頃からバイオリンはやっていましたが、ギターを弾き始めたのは中学1年生の終わり頃でした。ビートルズの「オブラディ・オブラダ」を聴いて衝撃を受けたんです。
――「オブラディ・オブラダ」って、そんなにギターが活躍する曲じゃないですよね。
そうなんですよ(笑)。まずビートルズという存在にハマったんですね。中でもリードギターのジョージ・ハリスンが大好きになって、私もジョージみたいに弾きたいと思ってギターを始めました。ですから最初の何年間かはジョージのコピーしかしていなかったです。
――ポール・マッカートニーやジョン・レノンでなく、ジョージ・ハリスンがそこまで大好きというのも珍しいですね。
ビートルズはポールとジョンが目立つ位置にいますが、ジョージは年下でかわいらしくて、でも歌も歌えるし、曲も書けるし、ギターソロも弾くしっていう、脇にいるけど美味しいところはもってくスタイルがすごく好きで。自分もそういうアーティストになりたいと、その頃から思っていました(笑)。
――その後はどんなギタリストを好きになったのですか。
ギター好きの父の影響でエリック・クラプトンやスティーヴィー・レイ・ヴォーンなどのブルースロック系の人が好きでした。その後いろんなジャンルのいろんなギタリストを聴きたくなったんですが、当時はYouTubeとかなかったから、図書館でギター雑誌を読んではギタリストの名前をメモしてレンタルCD屋さんで借りるって感じで聴いていきました。
そんな中で技巧派のスティーヴ・ヴァイも好きになったし、ジャズギタリストの小沼ようすけさんも好きになりました。特に小沼さんのデビューアルバム「nu jazz」にはめちゃくちゃ衝撃を受けました。このアルバムに出合えたのもギタリスト人生にとって、とても大きなことでした。
nu jazz/小沼ようすけ
シンガーソングライターからギタリスト、そしてKIRINJIに加入
――弓木さんは最初、シンガーソングライターとしてデビューしたんですよね。
中学校時代はギタリストを目指していましたが、高校の時アナム&マキ*1に出会って目標がシンガーソングライターに変わりました。それで曲を書き始めて、ライブもして、オーディションに合格して19歳でシンガーソングライターとしてデビューしました。
*1 アナム&マキ:関西出身のフォークデュオ。2000年にメジャーデビューし、2008年まで活動。
――シンガーソングライターでデビューした後、ギタリストにシフトしたのはどうしてですか。
2年ほどシンガーソングライターとして活動したのですが、全然売れなくて......。そのうちに事務所やレコード会社との契約も終了して、私自身も「違う人生もありかな」って思ったりしてました。
ちょうどその頃タイに旅行したらすごく良かったんですよ。それで「タイに移住しよう」と思ってタイで仕事を探しました。それが21歳の時です。当時タイは、22歳からしか仕事ができるビザが取得できなかったので「22歳になったらもう一回応募してください」って言われました。それで22歳になったらタイに行くつもりだったんですが、その間にギターのサポートのお仕事が来るようになったんです。最初は相川七瀬さんで、それを皮切りに、いろんなオファーが来てギタリストとしての仕事が急激に増えていきました。
――中学生の頃の夢だった「プロのギタリストになりたい」というのが実現したんですね。
でもその頃はもうすっかり「ギタリストになりたい」って思ったことを忘れちゃってました(笑)。けれどもギタリストとして求められたことが、すごく嬉しかった。それでもまだタイに行くつもりでいたんですけど、22歳の時にKIRINJI*2に入ることになったんです。
*2 KIRINJI(キリンジ):1996年に兄の堀込高樹と弟の堀込泰行で結成。2013年に泰行が脱退し、高樹が弓木英梨乃を含む5人の新メンバーを集めて、バンド体制となる。2020年にバンド体制での活動を終了し、現在は堀込高樹のソロプロジェクトとして活動している。
KIRINJI 『KIRINJI LIVE 2020 -Live at NHK Hall-』Digest Movie
――どんなきっかけでKIRINJIに加入したのですか。
シンガーソングライター時代、KIRINJIの堀込高樹さんに1曲プロデュースしていただいたんです。そこで知り合って、その後、兄弟ユニットだったKIRINJIをバンド体制にするタイミングで「入ってほしい」と言われました。すごくビックリしました。それがなかったらタイに移住していたと思います。
――KIRINJIでの活動は楽しかったですか。
楽しかったです。約8年間でしたが、KIRINJIに入ったからできたこともたくさんありましたし、高樹さんはプロデューサーとしての視点が素晴らしいので、KIRINJIで演奏したり歌うことで自分の新しい部分を発見できました。
――KIRINJIへの参加でギタリストとして進化した点はありますか。
はい。KIRINJIはすごく使われる楽器が多く、和音が出せるキーボードもいるので、ギターの役割ってリズムカッティングがすごく多くなるんですよね。だからこんな曲でもカッティングするのか、みたいなバラードでもカッティング。とにかくカッティングをしまくっていたので、カッティングが好きになりました。今でも自分はカッティングが好きなんですけど、その土台はKIRINJIでできたと思います。
"カッティング"の巻 ~その壱~ 誰でも使えるカッティングのコツ教えます!【 #弓木英梨乃 ギター動画 】
――KIRINJIではボーカルもとっていますが、シンガーソングライター時代とは違う感じですか。
高樹さんのお陰でKIRINJIに入ってから歌い方がすごく変わりました。シンガーソングライターの頃はあふれ出る思いを歌にして叫ぶみたいな感じの曲が多かったんです。でも高樹さんから「普段しゃべっている声がかわいいんだから、もっとしゃべっているような声で歌ったら?」って言われて、そういう歌いかたをするようになったんです。そうしたらこのほうが絶対いいし、こっちの歌いかたのほうが自分に向いていることがわかりました。それも私にとっては大きな収穫でしたね。
弓木さんがメインボーカルを務めたKIRINJI「killer tune kills me feat. YonYon」
日本での仕事をストップして海外の音楽大学へ留学
――KIRINJIへの参加を経てギタリストとして注目されていた中、キャリアを中断して海外の音楽大学に留学されましたね。それはどうしてですか。
留学して音楽の勉強をしたいという気持ちを以前からずっと持っていたんです。それでKIRINJIがバンド体制でなくなったタイミングで、しかもコロナ禍でライブがなくなったこともあり、2021年から2年ほど、マレーシアの音楽大学に留学しました。
《ご報告!!》マレーシアの音楽大学に留学します!!~隔離ホテルにて報告編~【 #弓木英梨乃 ギター動画 】
――マレーシアに留学中、日本での音楽活動は休止したのですか。
ライブのお仕事はお断りしました。
――オファーを断ったら、次のオファーは来ないんじゃないかという不安はありませんでしたか。
もちろんありました。ですから最後まで本当に悩んだんですけど、仕事を失うことより「いつか勉強したい」ってモヤモヤしながら一生勉強できないことのほうが辛いだろうと思ったんです。
――日本にいると仕事を断れない?
それもあります。ですから留学は覚悟を決めて行きました。
――そこまでの覚悟でマレーシアに留学して、どうでしたか。
それがここでズッコケちゃうんですけど(笑)、マレーシアに行った初日からロックダウンになっちゃったんです。だから1年間オンラインで授業を受けてたんですよ。マレーシアにいたのに。音楽留学ってキャンパスで毎日セッションして、みたいなイメージだったのに、実際には音大に通えなかったんです。それで何かしなきゃと思って、InstagramやYouTubeに演奏動画をアップし始めました。
――音楽大学ではどんな勉強をしたんですか。
音楽理論の勉強をしました。理論を一から順序立てて教えてもらえたので本当にすっきりしました。具体的には曲のアナライズ(分析)が理論の軸でした。私はギタープレーヤーなので、このコード進行ならこのスケール(音階)が弾けます、ということをずっと分析していくんです。
それを学んだことで、今までのように感覚に頼ったり、知っているフレーズを詰め合わせるのではなく、もっと自由にいろんなフレーズが作れるようになったことがすごく大きかったです。
ロックダウンを機に自室からギター動画をSNSで発信
――音大以外でマレーシアに行って良かったことってありますか。とはいえロックダウンだったということですが(笑)。
それまで日本で忙しくしていたので、ロックダウンで家にずっといられたのが最高でした(笑)。毎日家にいてオンラインで授業を受けたら、あとは好きな時に演奏動画を撮って、みたいな感じで過ごしていて、それでもまだ時間があったから、今までできなかったこと、たとえばNETFLIXに入ってドラマを見るとか、YouTubeでK-POPを見てTWICEが大好きになるとか、そういうことができました。それまでメイクとかファッションにも興味がなかったんですけど、YouTubeで興味が出て好きになったり。毎日仕事中心に生活していた日々から一回離れることができたのは、大きな収穫でした。
――ロックダウンでギターも弾き放題でしたね。
実はマレーシアに行ったらギターを弾かなくなるんじゃないかって、結構心配していたんですよ。日本にいる時は本当にギター、イコール仕事だったのでギターが仕事でなくなったら全く触らなくなるかもって危惧していたんですけど、実際は逆で、めちゃくちゃ弾くようになりました。演奏動画を投稿することが楽しかったんだと思います。
――SNSを通じてコンテンツを発信するのって、楽しいですか。
すごく自由で楽しいです。仕事で弾くギターってある程度模範解答があると思うんです。こんなことが求められているんだろうなって。でもSNS用の自分の動画は全く自由で、正解がないのでとても楽しい。それまで仕事としてギターを弾くことがほとんどだったから「好きに弾いていいよ」って言われると私はこういうギターを弾くんだって、マレーシアで初めて気づきました。
――それはどんなプレイですか。
主にリズムカッティングですね。ソロでもリズムカッティングっぽい感じで弾くのが好きです。
Yumiki Erino | フリー音源に全力でカッティングをのせてみた【#Yumiki Erino Guitar video】
それと動画投稿を続けられているもう一つの理由は、すごくギターの練習になるんですよ。
自分が好きな曲を選んでいるんですけど、曲を決めたらまずコード進行を採譜します。その時、音楽理論を勉強したので「この曲ってこんな風にできてるんだ」って発見があります。
さらにそこで何を弾くか。私の動画はたいていすでに完成している曲にギターをのせるので、本来ギターは追加する必要がないんですよね。でも、そこに綺麗に、曲を邪魔することなくどんなギターをのせるか。それを考えるためにめっちゃその曲のアレンジを聴くんです。ビートはどうか、どんな楽器が入っているのか、コード楽器のリズムはどうなっているのか。それらを考えながらギターフレーズを考える過程が、すごくギターの勉強になるんですよ。それで続けているというのもありますね。
[Full] Justin Timberlake "CAN'T STOP THE FEELING!" - Guitar Cover【 #Yumiki Erino Guitar video】
――動画投稿は、編集したりアップロードしたりと結構大変ですよね。自分でされているのですか。
基本的には動画の撮影、編集、アップロードは自分でやっています。手が回らないときはスタッフにお願いしますけど。
――動画でギターを弾いている時の笑顔が素敵だって言われませんか。
よく言われます(笑)。これも実はアナム&マキさんの影響です。私、高校生の時大阪に住んでいたんですけど、関西のライブはほぼ全部行ってたぐらい好きでした。アナムさんって、曲がどんなに悲しくても、いつも笑顔で歌うんですよ。私はそれに心を打たれて「笑顔で演奏するって、こんなに見てる人を幸せな気持ちにするんだ」と感動したんです。それで私も演奏する時は絶対笑顔でいようと。だから笑顔でギターを弾くようになってから長いですよ。
――弓木さんのギター演奏動画は大変な人気です。YouTubeで弓木さんのことを知ってファンになった人も多いんじゃないですか。
そうなんですよ。最近はKIRINJIの時よりSNSで私を知ってくださった方のほうが多いようでビックリしています。
それにSNSがきっかけでお仕事をいただくこともすごく増えました。たとえばNHKの「チキップダンサーズ」っていうアニメのナレーションと主題歌をやらせていただいていますが、これはNHKの方が、私が BTSの「Dynamite」に合わせてギターを弾いている動画を見たのがきっかけでした。
BTS 'Dynamite' - Guitar Cover【 Yumiki Erino Guitar video 】
SNSで動画をアップするようになってオファーをいただく仕事の内容が本当に変わったなと思います。これまではライブでの演奏が95%でしたが、今はSNSのコンテンツやインタビューなどが増えました。弓木英梨乃という一人のギタリストとして見てくださる方が増えたなと、思っています。
年を経るごとにギターがどんどん好きになる!
――ギターについてですが、最近は動画で青いストラトキャスター*3を使われていますね。
私、いままで何本もストラトキャスターを弾いてきたんですけど、なかなかこれだって思うものに出合わなくて。でもこの青い「American Ultra Stratocaster」に出合った時に、これだと思いました。まずネックがとても弾きやすいです。それとロックっぽいサウンドも出せるから、たとえば相川七瀬さんのライブなどでも使えます。それにヴィンテージ系ではなくて、モダンなサウンドなんですね。それが自分のプレイスタイルにすごく合っています。とても気に入って、ずっと使っています。
*3 ストラトキャスター:米フェンダー社創業者のレオ・フェンダーが開発し、1954年に発売されたエレキギターの機種。弾きやすさ、幅広いジャンルで使えるサウンド、ルックスの完成度から、世界中のギタリストが使うエレキギターの代表的なモデルとなっている。2024年3月に「生誕70周年」記念モデルのストラトキャスターが発売された。
――今後、どんなことをしていきたいですか。
今現在、「これをやっていこう」というのはないんですが、常にあるのは「ずっとギターを弾き続けたい」ということ。ずっと成長したいなって思うんですよね。それもあって留学したので。ですから、ギターを長く続けるためにどうするかっていうことを考えていきたいです。
それとマレーシアに留学して思ったのは、ギターって本当に一人一人スタイルが違っていて、その人の人柄が音に出ると思うんですよね。なので、これからできるだけいろんなことを経験したいなと思います。
――弓木さんはギターがめちゃくちゃ好きなんですね。
はい。ギターが大好きだし、年々ギターが好きになっているような気がします。
――今後のご活躍を期待しています。本日はありがとうございました。
※記事の情報は2024年5月28日時点のものです。
楽器ブランドFenderの世界初の旗艦店として2023年、東京・原宿にオープン。旗艦店限定のUS製や日本製モデルのギターやベース、幅広いライフスタイルグッズを販売し、"ドリームファクトリー"とも呼ばれるカスタムオーダー用の特別ルームも併設。
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【PROFILE】
弓木英梨乃(ゆみき・えりの)
2歳半からバイオリンを始め、音楽のキャリアをスタートさせる。13歳の時にビートルズの影響を受けギターを始める。2009年、シンガーソングライターとしてメジャーデビュー。2013年、KIRINJIに加入し、ギター、 ボーカル、バイオリンを担当。また、さまざまなアーティストのライブサポートやレコーディング、楽曲提供、アレンジ制作も行う。デビュー10周年にあたる2019年、期間限定のソロ名義・弓木トイとしてアルバム「みんなおもちゃになりたいのさ」をリリース。2021年よりNHK Eテレで放送中のアニメ「チキップダンサーズ」のオープニングテーマ、ナレーションを担当中。2021年、マレーシア・クアラルンプールの音楽大学への留学を発表。帰国後も幅広い活動やYouTubeでの動画投稿を通じて、ギターの可能性を探求し続けている。
Instagram
https://www.instagram.com/erino_yumiki/
弓木英梨乃/弓木トイYouTube Channel | YouTube
https://www.youtube.com/channel/UC3jMy08han2ODgu-0L-zMVA
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