
【連載】創造する人のためのプレイリスト
2026.10.06
音楽ライター:徳田 満
ヴィブラフォンの名演・名曲
クリエイティビティを刺激する音楽を、気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドする「創造する人のためのプレイリスト」。今回は「ヴィブラフォン」の世界にご案内します。珠玉のヴァイブ奏者たちが奏でる、心地よい音色をお楽しみください。
撮影:池谷 恵司
ヴィブラフォン。その音色を耳にするだけで、誰もが心地よい清涼感を得られる楽器。ご存知のように金属製の音板を、木琴(シロフォンやマリンバ)と同じくばち(マレット)で叩く鍵盤打楽器だが、初めて製品化されたのが1920年代中期というから、以前取り上げたシンセサイザーと同様、歴史的にはまだ新しい楽器と言える。
にもかかわらず、この100年ほどの間には、数多くの名人たちが素晴らしい演奏を繰り広げてきた。その中から、筆者が独断と偏見、そして今の気分から選んだ、主にジャズ界における珠玉のヴァイブ奏者たちをご紹介しよう。
目次
- ライオネル・ハンプトン「Flying Home」(1942年)
- ジョージ・シアリング・クインテット「September in the Rain」(1949年)
- モダン・ジャズ・カルテット「Concorde」(1955年)
- カル・ジェイダー「Invitation」(1956年)
- 平岡精二クインテット「ヴィブラフォン・ラプソディー」(1957年)
- アーサー・ライマン「Ye Lai Shin(夜来香)」(1958年)
- エミル リチャーズ ヤズ バンド「Oh Very Well」(1961年)
- ボビー・ハッチャーソン「Aquarian Moon」(1966年)
- ゲイリー・バートン・カルテット「Sweet Rain」(1967年)
1. ライオネル・ハンプトン「Flying Home」(1942年)
まずは、ヴィブラフォンという楽器を世に知らしめた、ジャズ・ヴィブラフォンの創始者、ライオネル・ハンプトン(Lionel Hampton)から。
もともとはドラマーだったが、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)のレコーディングに参加した際、スタジオにあったヴィブラフォンを弾いてみるように言われたのがきっかけだという。ハンプトンはその後、ベニー・グッドマン(Benny Goodman)の楽団にヴァイブ奏者として参加し、広く名を知られることになる。
彼の最も有名なライブ演奏は、独立後の1947年8月4日、米国カリフォルニア州にある、パサデナ・シヴィック・オーディトリアムにおける「Stardust」だろう。筆者もそれを紹介しようと思ったのだが、残念ながらYouTubeに公式動画がないので、もう1つの代表曲「Flying Home」を選んだ。これは1939年、ベニー・グッドマン・セクステットに在籍中、グッドマンとの共作でレコーディングしたのがオリジナルなので、動画はそちらのバージョンを(Apple MusicとAmazonはハンプトン楽団で録音した1942年のバージョン)。今から80年以上前とは思えない、生き生きとしたプレイぶりに驚くはずだ。
2. ジョージ・シアリング・クインテット「September in the Rain」(1949年)
続いては、ジョージ・シアリング・クインテット(George Shearing Quintet)の中でも、よく知られているこのナンバーを。
ジョージ・シアリングの音楽で重要な位置を占めているのがヴィブラフォンである。シアリング自身はピアニストだが、ジョー・ローランド(Joe Roland)やジョニー・レイ(Johnnie Ray)、後述するカル・ジェイダー(Cal Tjader)、エミル・リチャーズ(Emil Richards)、ゲイリー・バートン(Gary Burton)といった、のちに名ヴァイブ奏者として知られる若者を次々と起用しており、プレイヤーにとっても、このバンドへの参加が「登竜門」となっていた。
その「初代」が、本作でプレイしているマージ(マージョリー)・ハイアムズ(Marjorie "Margie" Hyams)である。以前から自身のトリオを率いて活動していたが、1949年に結成されたジョージ・シアリング・クインテットに参加。翌1950年に結婚のため引退と、わずか1年の活動だったが、おそらく初の女性ジャズ・ヴァイブ奏者だったと思われる彼女のプレイは控えめながらも、「シアリング・トーン」=クール・ジャズを強く印象付けた。
3. モダン・ジャズ・カルテット「Concorde」(1955年)
日本でライオネル・ハンプトンと同等か、それ以上に知られているヴィブラフォン奏者といえば、このミルト・ジャクソン(Milt Jackson)だろう。ミルトを知らなくても、MJQ=モダン・ジャズ・カルテット(The Modern Jazz Quartet)なら知っているという人も多いのではないか。
MJQはもともと、ディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie)楽団の一員だったミルトが、同僚のピアニスト、ジョン・ルイス(John Lewis)やドラマーのケニー・クラーク(Kenny Clarke)らと結成したバンド。1951年に独立し、脱退したケニー・クラークの後釜にコニー・ケイ(Connie Kay)が座った後は、1974年まで同じメンバーで活動した(その後、再結成)。
MJQの特徴は管楽器を入れず、ピアノとヴィブラフォンのみで主旋律を奏でるところ。クラシックに造詣の深いジョン・ルイスによる作・編曲も影響し、適度に「品の良いジャズ」になっているところが、日本のファンに広く人気を得た理由と思われる。
今回は、MJQの代表曲といわれる「Django」やミルト作曲の「Bag's Groove」を取り上げたかったのだが、YouTubeに公式動画が見当たらないため、ジョン・ルイス作曲の「Concorde」で、そうした品の良さがどういうものか、未知の方には体験していただこう。
ちなみに、ミルトは自身のソロ作では、もっとブルージィ&ソウルフルなプレイを披露しているので、興味のある方はチェックしてほしい。
4. カル・ジェイダー「Invitation」(1956年)
前述のミルト・ジャクソンとほぼ同世代のヴァイブ奏者としてよく知られているのが、カル・ジェイダー(Cal Tjader)である。
彼を形容する言葉に「ラテン・ジャズの第一人者」というものがあるが、実はライオネル・ハンプトン同様、もともとはドラマーであり、(そのクールな外見とは裏腹に)以前参加していたジョージ・シアリング・クインテットの「Drum Trouble」(1955年)では、彼のヴィブラフォンとともに熱の入ったボンゴ・ソロも聞ける。
そんなカル・ジェイダーの代表作としては「Soul Sauce (Wachi Wara)」(1964年)がよく挙げられているが、今回は1956年のアルバム「Latin Kick」のオープニングを飾った、この曲を紹介しよう。
アルバム・タイトルからすると、非常にパーカッシブな楽曲が並ぶイメージだが、この「Invitation」をはじめ、比較的ゆったりした静かな印象の曲が多い。これはあくまで想像でしかないのだが、同年にリリースされたマーティン・デニー(Martin Denny)のアルバム「Exotica」の影響もあるのではないか(あるいはデニーがこの「Latin Kick」の影響を受けたか)。というのも、特にこの「Invitation」には、ヴィブラフォンの入り方など、デニーのエキゾティック・サウンドに通じるテイストが感じられるのである。
ちなみにカル・ジェイダーは1964年、浮世絵をジャケットに使ったアルバム「Breeze From The East」を発表している。
5. 平岡精二クインテット「ヴィブラフォン・ラプソディー」(1957年)
平岡精二(ひらおか・せいじ)は、ペギー葉山(ぺぎー・はやま)が歌った「学生時代」「爪」(1964年)などの作詞・作曲・編曲者として、また石井輝男(いしい・てるお)監督「セクシー地帯」(1961年)などの映画音楽を手がけた人物として知られるが、日本におけるヴァイブ奏者の先駆けとしても語られるべき存在である(余談ながら、エゴ・ラッピンもカバーした「謎の女B」[1969年の日活映画「華やかな女豹」挿入歌]の作詞・作曲も担当している)。
叔父である世界的な木琴奏者、平岡養一(ひらおか・よういち)から手ほどきを受け、弱冠13歳でクラシックの木琴奏者としてデビューしたが、養一からジャズの方が向いていると示唆され、ヴィブラフォン奏者に(冒頭で書いたように、木琴とヴィブラフォンは叩く板の素材が違うだけなので、どちらもプレイする奏者が多い)。
1951年、20歳で当時一流のジャズ・バンド、ゲイ・セプテットに加入して看板プレイヤーとなり、のちに独立して自身のリーダー・バンド「平岡精二クインテット」を組むのだが、1956年12月11日、東京・内幸町にあったナイトクラブ「マヌエラ」で演奏した、7分にわたる実況音源が、本作である。
YouTube公式動画はないが、検索すればすぐ出てくるはずなので、ぜひ聴いてみてほしい。同時代のアメリカのヴァイブ奏者たちに劣らぬプレイとセンスに、きっと驚くはずだ。なお、このバンドでピアノを弾いていたのが、ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」や「宇宙戦艦ヤマト」などの作・編曲で知られる宮川泰(みやがわ・ひろし)である。
6. アーサー・ライマン「Ye Lai Shin(夜来香)」(1958年)
以前、「魅惑的で摩訶不思議なExotic Musicの世界」にて紹介したアーサー・ライマン(Arthur Lyman)も、ヴィブラフォンの名手である。
ハワイ生まれのライマンは、クール・ジャズを志向していたマーティン・デニーの誘いでデニーのグループに参加したわけだが、ハワイは日系人が多く住んでいるので、「リンゴ追分」「お富さん」、童謡の「さくらさくら」といった日本の曲を好んで演奏していた。ただ、彼らは日本と、中国など他の東南アジア諸国との区別がついていなかったため、日本人が聞くととんでもないアレンジで演奏されることも多かった。
この「Ye Lai Shin(夜来香)」もその一つで、冒頭いきなり中国の銅鑼(どら)が鳴り、中華風のイントロが流れて主旋律に移るなど、どこの国かわからないアレンジがなされており、拒否反応を示す人もいるだろうが、筆者のような人間には、この悪趣味テイストがたまらないのである。
なお、「夜来香」は、もともと中国人の黎錦光(Jinguang Li)が作詞(原詞)と作曲を手がけた中国の曲(その意味では上記のアレンジは間違っていないとも言える)。ただし、日本が満州を支配していた当時、李香蘭(りこうらん=山口淑子)に日本語の歌詞で歌わせてヒットしたことから、日本人にも馴染みの深い歌として知られている。
ライマンは2002年、デニーは2005年に亡くなったが、現在、2人のヴァイブ奏者を擁するスウェーデンのイクスタウレ(Ixtahuele)というバンドが、デニーやライマンのエキゾティック・サウンドを継承しているので、興味のある方はそちらもぜひ。
7. エミル・リチャーズ ヤズ・バンド「Oh Very Well」(1961年)
アーサー・ライマンとは違った意味でぶっ飛びそうなのが、エミル・リチャーズ(Emil Richards)がEmil Richards' Yazz Band名義で1961年にリリースしたアルバム「Yazz Per Favore」である。
先述の通り、エミル・リチャーズはジョージ・シアリング・クインテットに在籍していたので、ピアノとヴィブラフォンをユニゾンやハーモニーで奏でる手法などは師匠譲りだが、同時に彼はティンパニ奏者でもあることから、このアルバムではコンガやボンゴ、ティンバレス、ジャンベといったラテン・パーカッション隊を前面に出し、暴力的とも言えるほどの強力なプリミティブ(原初的)サウンドを作り上げている。
その1曲目である、この「Oh Very Well」は、冒頭でヴィブラフォンの速弾きパッセージが繰り返され、パーカッション群とともに怒涛の勢いで音があふれ出てくるので、思わず体が動いてしまうほどの心地よさなのだ。
筆者が初めてこのアルバムを耳にしたのは1996年、いわゆる「モンド・ミュージック*」の1枚として再発されたときだったが、今回改めて聞き直して、ヴィブラフォンとパーカッションが一つに溶け込んだ、摩訶不思議なグルーヴにすっかりハマってしまった。多くのアーティストにカバーされているセロニアス・モンク(Thelonious Monk)の「Blue Monk」も取り上げているが、全く別の曲に聴こえるだろう。ぜひ、アルバム全曲を聴いていただきたい。
* モンド・ミュージック:イージーリスニングやサントラなど、従来は軽視されてきた音楽に、奇妙さや珍しさ、独特の魅力を見いだして楽しむ考え方。1990年代にそうした音楽を日本で再評価して名付けたジャンルを指すこともある。
8. ボビー・ハッチャーソン「Aquarian Moon」(1966年)
ここまで7人のヴァイブ奏者を紹介してきたが、1960年代までにはまだまだ数多くのプレイヤーたちがいる。よく知られているだけでも、ヴァイブ黎明期の代表的プレイヤーで、「ミスター・スウィング」と呼ばれたレッド・ノーヴォ(Red Norvo)、50〜60年代にかけて活躍したレム・ウィンチェスター(Lem Winchester)、テリー・ギブス(Terry Gibbs)、 テディ・チャールズ(Teddy Charles)。主に60〜70年代に活躍したデイブ・パイク(Dave Pike)、ウォルト・ディッカーソン(Walt Dickerson)。フルート奏者のハービー・マン(Herbie Mann)の良き相棒でもあったハグッド(ヘイグッド)・ハーディ(Hagood Hardy)......。
そして、60年代から80年代まで、スタイルを変えながら長きにわたって活躍したのが、ここで紹介するボビー・ハッチャーソン(Bobby Hutcherson)である。彼は1941年生まれなので、1920年代生まれのミルト・ジャクソンやカル・ジェイダーの次の世代に当たる。実際、彼はミルトの演奏でヴィブラフォンをはじめ、デイブ・パイクに指導されたという。
この「Aquarian Moon」は、3枚目のリーダー・アルバム「Happenings」の冒頭を飾る曲。ヴァイブのみのイントロから速いフォー・ビートに移ると、ハービー・ハンコックのピアノと絡み合うようにデュエットし、再びスローに戻って終わる。シンプルな構成ながら強い印象を残し、ベトナム戦争や公民権運動などで揺れ動く時代も暗示しているかのようだ(この後、1969年に発表した「Now!」では、そうした政治状況を歌にした作品も残している)。
9. ゲイリー・バートン・カルテット「Sweet Rain」(1967年)
掉尾を飾るのは、この人、ゲイリー・バートン(Gary Burton)しかいないだろう。
6歳からヴィブラフォンを始め、17歳でチェット・アトキンス(Chester Burton Atkins)らとレコーディングを経験した早熟な彼は、ジョージ・シアリングやスタン・ゲッツ(Stan Getz)の楽団で腕を磨くと、1966年に独立。2017年に音楽業界からの引退を宣言するまで、50年以上も第一線で活躍した。のみならず、ダンピング(ミュート)奏法や4本マレットによる奏法を開発・普及させるなど、現在のヴァイブ奏者たちにとってはまさに「ヴィブラフォンの父」的存在で、日本を代表するヴァイブ奏者の赤松敏弘(あかまつ・としひろ)も、ゲイリーに直接指導された弟子である。
バートンは、ギタリストのパット・メセニー(Pat Metheny)やピアニストのチック・コリア(Chick Corea)など、各時代でさまざまなアーティストと組んで活動をしてきたが、今回はラリー・コリエル(Larry Coryell)らと作った1967年のアルバム「Duster」から「Sweet Rain」を。ヴァイブとラリーのギターが静かな緊張感をはらみながら響き合い、聞き手の精神の深いところへ誘うようなトラックになっている。
動画は、2017年にバートンの母校であるバークリー音楽大学で行われた、マイク・ギブス(Mike Gibbs、「Sweet Rain」の作曲者)の功績を称えるコンサートでのソロ・パフォーマンス。
※記事の情報は2026年10月6日時点のものです。
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【PROFILE】
徳田 満(とくだ・みつる)
昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。
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