二人でボールに食らいつく。転んでもすぐに立ち上がる。それがビーチバレーの醍醐味

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坂口由里香さん ビーチバレーボール選手〈インタビュー〉

二人でボールに食らいつく。転んでもすぐに立ち上がる。それがビーチバレーの醍醐味

国内個人ランキング1位*。坂口由里香さんはいま最も注目されているビーチバレーボール選手の一人です。プロになって5年目、ビーチバレーを始めたきっかけ、競技としての魅力、パリ五輪に向けての意気込みなどをうかがいました。*2022年7月現在

きっかけはダイエット。中学、高校と続いたバレーボールとの縁

坂口さんがバレーボールを始めたきっかけは、意外なことにダイエット。練習はきつかったけれど、やめようと思ったことはなかったと言います。バレーボールとともに歩んだ、小学校から高校までの時代を振り返ってもらいました。



――ビーチバレーの選手は、インドアのバレーボールから始める人が多いようですが、坂口さんはどのようにバレーボールと出合ったのでしょうか。


私も始めはインドアのバレーボールです。実は小学校に入ると体格がかなり"良く"なってきてしまって、母からダイエットのためにとバレーボールを勧められて、小学3年生の時に地域のバレーボールチームに入団しました。地元の神奈川の県央地区はバレーボールがかなり盛んで、入ったチームも練習がとても厳しくて、1週間のうち休みは1日だけ。学校が終わったらすぐに練習場に向かう毎日でした。


その指導の厳しさに、やめていくチームメートも少なくありませんでした。保護者も大変なんです。送り迎えやチームのサポートなどの役割が想像以上に多くて。両親には感謝しかありません。


坂口由里香さん



――それでも、バレーボールをやめなかった理由は何ですか。


練習はすごく大変だったのですが、やめようと思ったことはありませんでした。それはやっぱり、仲間の存在が大きかったですね。しんどかったけど、楽しかったんだと思います。


――その後、中学・高校時代は、バレーボール一筋の生活でしたか。


中学に入ったとき、部活はどうしようかと考えたけど、得意なことはバレーボールだったから、ごく自然にバレーボール部を選びました。ありがたいことに1年生からレギュラーで、3年生の時には神奈川県代表選手にまで選ばれました。


でも、ずっとバレーボールばかりしていた反動で、高校に入ったら自分は絶対に変わろうと心に誓ってました。「JK」になりたかったんです。花の女子高生です。しかし、中学3年生の時に神奈川県代表に選ばれたことにより、高校でもバレーボールを続けることになりました。そのため、あまりガツガツしていないバレー部のある、制服が可愛くて家から近い学校へ進学しました。


選手として有望な生徒が私と一緒に入学したことにより、部活の練習のギアが一気に上がってしまったんです(笑)。結局また、バレーボール一筋の生活になってしまいました 。


でも先生の熱心な指導もあって、入学時は県内ベスト32くらいが最高だったチームが、高校3年生の時にベスト4までいくことができました。結果的に、当時のチームメートや先生との出会いはとてもいい縁だったと思います。




「自分でやるバレー」は自然に楽しかった

高校時代、インドアバレーボールの練習の一環として取り入れていたビーチバレー。坂口さんはその面白さの虜になって、全国大会で好成績を残しました。一度はバレーボールと離れたものの、大学生の時に先輩に誘われて、ビーチバレーに本格的に取り組み始めます。ビーチバレーに取り組む決断をした理由、その魅力について語っていただきました。


ペアの長谷川暁子選手(左)と共に、ビーチバレーで五輪出場を目指すペアの長谷川暁子選手(左)と共に、ビーチバレーで五輪出場を目指す


――ビーチバレーは何がきっかけで始めたのですか。


高校のバレーボール部で、練習の一環としてやっていたんです。学校の授業が終わると、夏には、みんなで浜辺に行って楽しくプレーしていました。風向きや日差しなど毎回違うコンディションの中でプレーするビーチバレーはバレーボールの技術向上に役立つので、多くの学校が練習に取り入れています。私は顧問の勧めもあって、高校1年生からビーチバレーの大会に出場していました。3年生の時に、「マドンナカップ」という高校生の大会(ビーチバレージャパン女子ジュニア選手権大会)の神奈川県予選で優勝して、全国大会では5位に入賞することができました。


――インドアのバレーボールとビーチバレーで、プレーしているときの気持ちに違いはありましたか。


高校生の時に始めてすぐ、ビーチバレーは楽しいなと思いました。ビーチバレーはコーチがベンチにも入れないので、選手2人が自分たちで考えてプレーをします。それまでずっと、どこか自分の中で、顧問やコーチに「やらされる」「指導される」と感じてしまう部分があったのですが、自分で考えて自由にプレーするビーチバレーは、自然に楽しんでやっていました。


――それで、ビーチバレーを大学に入っても続けたのでしょうか。


大学では、バレーボールはもう本当にいいかなと思っていました。花のJKになれなかったので、今度こそは花の女子大生になろうと心に決めて、東京の青山学院女子短期大学に進みました。実はずっと航空会社のキャビンアテンダント(CA)に憧れていたんです。国際学科で英語を学んで、留学も経験しました。


バレーボールからは少しの間、離れていたのですが、やっぱり何かスポーツがしたいなと思っていた時に、高校時代にお世話になった先輩方からビーチバレーの練習に誘っていただくようになりました。やっぱりすごく楽しいなと思って、またビーチバレーをやりたいという気持ちになりました。短大の授業が終わるとすぐに渋谷を出て、1時間以上かけて川崎市の東扇島にあるコートや鵠沼(くげぬま)海岸に向かう生活が始まってしまって。


――花の女子大生からだいぶ遠くなりましたね。


そうなんです(笑)。それでも就職活動では、CAになるために航空会社をメインで受けていました。でもCAは休日が不定期ですよね。それだとビーチバレーの試合に参加できないなと考え始めて、CAになるのをやめちゃったんです。そのころはもう、社会人になってもビーチバレーは続けたい、試合にももっと出たいという気持ちが強くなっていました。それで、就職活動の途中からは土日がきっちり休みの金融機関にシフトチェンジしました。結果的に、神奈川県内の金融機関に就職しました。


働き始めると、今度は土日だけしか練習ができないことが悩みになりました。試合にも出ていたので、もっとちゃんと練習したい、うまくなりたいと思うようになりました。それで就職してから2年ほど経ったころ、福井県にある株式会社オーイングに当時所属していた選手に声を掛けていただいて、仕事を辞めてプロ選手としてオーイングに所属することに決めたんです。




同じ瞬間がない、ビーチバレーの魅力と難しさ

――プロ選手になって5年目、ビーチバレーに専念できる生活はいかがですか。


恵まれた環境で、ビーチバレーだけに専念できるので、本当に感謝しています。その後、オーイングから移籍して、今所属している大樹グループと、スポンサー契約をしているNTTデータでは、海外遠征をサポートしていただき、2024年のパリ五輪に向けて国際大会(プロツアー)にも積極的に参加していて、直近では約5週間でドイツ、オランダ、フランス、ポルトガル、モロッコへ行き合宿や大会に参加します。


――坂口さんが思う、ビーチバレーの魅力について教えてください。


まず、インドアにはない開放的なロケーションです。ビーチでの試合は、同じ瞬間がないんです。風や太陽の向きでもボールの動きが変わり、雨の場合はボールが重くなったりしますし、昨日やっていたプレーが通用するわけでもありません。そこが魅力でもあるのですが、何年やっていても難しいなと感じるところですね。


ビーチバレーは選手が2対2で戦う競技なので、常にボールを追って動き回っています。交互にプレーするため絶対に1回はボールに触れます。転んでもすぐに立ってどんどんボールをつないでいかなければいけません。見ているとすごく苦しそうなんですけど、それがビーチバレーの醍醐味で、何度でも食らいつく姿は選手にとっての見せ場だと思っています。戦略的な駆け引きも多くて、ビーチバレーのファンはそういったところも楽しんで観てくれています。


長谷川選手(右)との練習。息の合ったプレー長谷川選手(右)との練習。息の合ったプレー




世界の最前線で戦うからだのつくり方

国際大会への出場など、国内だけでなく、世界を相手に戦っている坂口さん。プロプレーヤーとして大切な体づくりや日々の食生活ではどんなことに気をつけているのでしょうか。実はそこには隠された努力がありました。


――坂口さんは菜食中心の生活だとうかがいました。これはコンディショニングのためでしょうか。


そうですね。2年ほど前から動物性食品や卵、乳製品を控えた食生活をしています。「ゲームチェンジャー:スポーツ栄養学の真実」というドキュメンタリー映画を見て、多くのスポーツ選手がパフォーマンス向上のために菜食に取り組んでいることを知りました。早速、豆を中心とした生活に変えてみたところ、体重が一気に5㎏ほど減って、トレーニング、パフォーマンスともに向上しました。そこから試合にも勝てるようになったので、自分に合った食事のスタイルを見つけられたのだと思います。でも、大好物のお寿司や茶碗蒸しは食べちゃいますね(笑)。


――けがもご経験されたとのことですが、それから気をつけていることはありますか。


ビーチバレーは足場が悪いですが、インドアのバレーボールのような大きなけがは比較的少なく、リハビリやトレーニングとしてビーチバレーを取り入れるインドア選手もいます。競技を始めた当初は、「いける!」と思ってボールを取りにいって、そこで足をひねったり、首をむち打ちすることも多かったです。プロ1年目の試合中に膝をけがしてしまった時は、手術をし、その後完全に復帰するまで1年ほどかかりました。そうした経験があるので、どういう動きがけがにつながりやすいのかを勉強したり、練習や試合の時に、自分の動きに注意を払うことで、不用意なけがを避けられるようになりました。


坂口由里香さん




パリへの戦いはもう始まっている

東京五輪の代表選考会では、最後の最後で悔し涙を飲んだ坂口さん。2年後のパリ五輪の出場に向けて、並々ならぬ決意があると言います。今後の目標と意気込みについてうかがいました。


――惜しくも出場を逃した東京五輪から約1年が経ちます。パリ五輪への気持ちは高まってきましたか。


そうですね。開催国枠をかけた決勝の試合で負けてしまったので、とても悔しかったです。でも当時の全力を出し切れたので後悔はありません。


――それでは最後に、パリ五輪への意気込みと、記事を読んでいる皆さまに一言お願いします。


2年後のパリは出場と入賞を狙っています。そのために、日本国内の大会は優勝、国際大会は入賞という目標を立てています。


パリ五輪への出場は、世界のトップ15に入るか、アジア枠を勝ち取らないといけないのですが、トップ15に入れるよう、国際大会で勝ち上がってポイントを稼げるように頑張っています。


外国の選手は背が高くて、195cmの選手と戦うこともあるのですが、技術を向上させてどんどん進化して対抗していきたいですね。日本人選手の強みは技術の高さで、見てもらいたい部分です。ほかに、プレー中の駆け引きなどビーチバレー特有の面白さもあります。


海外の試合では観客がみんな飲んで踊って、DJが音楽をかけてという感じで、パーティーのようにとても盛り上がります。試合の雰囲気も楽しいですし、パリ五輪もすごく盛り上がると思います。


ビーチバレーファンの方も、まだ試合を観たことがない方も、きっと楽しんでいただけると思いますので、ぜひ1度試合を観戦してみてください。応援よろしくお願いします!


坂口由里香さん


ハードな練習の後に、終始笑顔で明るくインタビューに応えてくださった坂口さんハードな練習の後に、終始笑顔で明るくインタビューに応えてくださった坂口さん



※記事の情報は2022年8月2日時点のものです。

  • プロフィール画像 坂口由里香さん ビーチバレーボール選手〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    坂口由里香(さかぐち・ゆりか)
    小学3年生からインドアのバレーボールを始め、中学3年生で神奈川県代表選手に選出。高校3年生で神奈川県ベスト4入り、ビーチバレーはマドンナカップの神奈川県予選で優勝、全国大会で5位入賞。その後、2014年国内ツアー入賞をきっかけに本格的にビーチで活動、2018シーズンはビーチバレージャパンで決勝進出、2021年の国内ツアーでは優勝3回、準優勝1回、3位1回、2022年の開幕戦でも優勝し、2022年開催予定のアジア大会日本代表に内定(新型コロナウイルスの影響により開催時期は未定)。勝負強さ、安定したパス、攻撃のバリエーションで、次代を担っていくプレーヤーとして注目される。
    2019年 FIVB World Tour 1star インド大会2位
    2019年 FIVB World Tour 1star ハンガリー大会1位
    2020年 FIVB World Tour 1star グアム大会1位
    2021年 ジャパンツアー平塚大会 優勝
    2021年 松山大会 優勝
    2021年 ファイナル大阪大会優勝
    2021年 名古屋大会準優勝
    2022年 立川立飛大会優勝
    2022年7月個人ランキング1位

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