葛󠄀西紀明|50代のメンタルと体づくり。 9回目のオリンピック出場へ、レジェンドの挑戦は続く

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葛󠄀西紀明さん スキージャンプ選手〈インタビュー〉

葛󠄀西紀明|50代のメンタルと体づくり。 9回目のオリンピック出場へ、レジェンドの挑戦は続く

2026年2月に開催されるミラノ・コルティナ オリンピックへの出場を目指し、53歳となった今も自らの限界に挑み続けるスキージャンプ界のレジェンド、葛󠄀西紀明さん。オリンピック出場となれば、自身9回目の挑戦になります。そんな葛󠄀西さんに競技者としての矜持とともに、50代になってからのトレーニングの工夫、モチベーションや心の整え方などについてうかがいました。

写真:田名辺 篤史

自身9回目のオリンピックへ。50代でなお挑戦を続ける理由とは?

――現在は、2026年2月に行われるミラノ・コルティナ オリンピック出場を目指して戦っています。今の率直な気持ちをお聞かせください。


自分自身としては、正直絶好調ではないですし、現状は「そこそこ飛べてるかな」というぐらいの印象です。今はこれを絶好調に持っていくためにトレーニングしています。オリンピックには簡単に出られるものではないことは、重々承知していて、本当に厳しい戦いになるなと思っています。


今はワールドカップ*1を転戦するメンバーじゃなく、その下のコンチネンタルカップ*2のメンバーなので、まずはワールドカップメンバーに戻らないとオリンピックはなかなか見えてこないと思っています。


*1 ワールドカップ:スキージャンプ最高峰の世界大会。冬季シーズンを通じて世界各地で開催され、優勝を争うトップツアーシリーズです。
*2 コンチネンタルカップ:世界ランク中堅選手が出場する国際大会。ワールドカップ出場を目指す選手の登竜門となるシリーズ。


以前は、オリンピック前でも「絶対出られるだろう」という成績も残していましたし、そう思いながら調整していましたが、ここ数年は低迷していて「自分で掴み取らなきゃ無理だな」と痛感しています。今はとにかく自分の調子を上げ、目の前の試合で結果を出して、ワールドカップメンバーに戻ることが最優先で、オリンピックに合わせてどうこう考える余裕はないですね。



――前回の北京オリンピックに出られなかった時のショックや、その後のモチベーションに変化はありましたか。


10回連続でのオリンピック出場はひとつの目標でしたし、それが8大会連続出場で途絶えたのは正直めちゃめちゃ悔しかったです。そこから気持ちも落ち、試合での成績も10位や15位ばかりでモチベーションが上がりませんでした。そんな中、「このままこんなダサい成績だったら、引退になっちゃうのかな」「いや、それはない」と自分の中で葛藤しながら、それでも「自分はまだできる!」と信じてやってきました。


その結果、ここ1〜2年でようやく国内大会で勝てるようになったり、国際試合でも2勝したり、自信を持てるようになってきたのはモチベーションとしてはすごく大きかった。なので、自分にも期待はしているんですよね。


とにかく負けず嫌いなので、試合で負けたり、他の選手が活躍しているのを見ると、すごくムカついている自分がいるんです。ただ、この気持ち的に難しい時期は、試合の度に「負けたくない」「まだ勝ちたい」という気持ちがあるんだなと再認識させてくれたと思っています。この気持ちを持てる限り、まだまだ続けられるという思いがありますね。


――50歳を超えて目指すオリンピック。今なお、トップレベルで競技を続ける理由や、若い選手との違いをどこに感じていますか。


年齢的にはとっくに引退していてもおかしくないと言われますが、自分では全く衰えを感じていません。というのも、自分の強みは、運動神経と対応力、瞬間的な判断力にあると思っています。


今でもトレーニングの一環としてゴルフやテニス、バレー、バスケ、バドミントン、スカッシュなど、他の競技を採り入れていますが、チームの若手にも負けたことがないんです。バドミントンやスカッシュには瞬発性が求められるだけでなく、どこに落とされるとまずいかとか、ここに打ってくるとか、ここに打ったら取れないとか、そうしたことを瞬時に考え、判断して、体を動かすことが求められるので、この練習が頭の回転がまだ速いかどうかを知る指標になっています。こうした練習をすることで、能力が落ちたかどうかを見極めていますが、今のところ衰えは感じていませんね(笑)。


ただ、故障がやや増えたかなと思っています。大きな怪我はないですが、腰、膝、首など、部分部分での痛みなどが出るようになり、なんとか誤魔化しながらやっている状況ですね。


あとは目でしょうか。スピードにはついていけています。ただ、膝を曲げ、体を屈めた姿勢でジャンプ台を滑走している際、自然と上目遣いになるのですが、視線の先のピントが合いづらくなってきました。だから、なるべく上目遣いにならないように顔を上げるようにして、姿勢を工夫しながら調整していますね。


――それは滑走中のフォームを変えるということですよね? ジャンプに大きな影響があるのではないでしょうか。


顔を上げるということは、風の抵抗の受け方が変わるのはもちろん、お尻のポジションも膝の角度も重心の位置も変わるので、やっぱりジャンプに影響があるのだなと改めて思っています。でも、それを乗り越えながら、この歳でもアジャストできる葛󠄀西紀明がすごいな、と自分でも感じています(笑)。



――過去のインタビューで、「僕の脳は最強です」とも話されていますね。


うちのチームには脳波を測ってメンタルを分析してくれる先生がいて、長年後輩だけが測定を受けていました。それまで「俺の脳は溶けてるからいいよ」と冗談で断っていたんです。ところが、一昨年初めて測定したところ、脳波が悪い選手は青、良い選手は黄色、さらに良い選手は赤で表示されるデータが、僕の場合、全部真っ赤だった。


先生から「こんな脳波は初めて見た。葛󠄀西選手にアドバイスなんて必要ない」と絶賛されるほどでした。昨年にも測定したんですがやはり結果は同じで、「やっぱり俺の脳、すごいだろ」と今では笑い話にしています。元々自分の考え方やひらめきには自信がありましたが、科学的に裏付けられて「最強の脳」という表現になりました。


――脳はメンタルとも直結していると思いますが、メンタル面では自分をどう分析されていますか。


メンタルは強いと思っていますが、試合では緊張というか、すごくドキドキはしますね。ただそれは単に試合に勝ちたいという気持ちの表れであって、メンタルが弱いからではない。


同じ土屋ホームスキー部に所属する伊藤有希(いとう・ゆうき)のように全く緊張しない選手もいますが、自分は緊張した方が"火事場の底力"が出るタイプ。緊張がピークに達した時の方が、練習では出せない120%の力や飛距離が出ることがこれまでもありました。もちろん緊張し過ぎて失敗することもありましたが、緊張しない人は100%までの力しか出せない気がします。


若い頃は緊張し過ぎて勝ち星を逃した試合が何十試合もありました。20歳前後の自分に会えるなら「ドキドキしてもいいから恐れずに飛べ、自分を信じて思い切り行け」とアドバイスしたいですね。





レジェンド流のメンタルの切り替え。衰えは感じずとも変えた体との向き合い方

――スランプや試合で思うような結果が出なかった時、どのようにして気持ちを切り替えているのでしょうか。


ジャンプがうまくいかず落ち込むこともありますが、競技場を出た瞬間にスイッチを切り替え、ジャンプのことは考えないようにしています。考えるとそれだけで頭の中が疲れてしまうので、とにかくジャンプのことを考える時間、場所をつくらないことが大切です。温泉やサウナに行ったり、ゴルフやテニスなど別のスポーツをしたり、釣りや旅行に出かけたりして、スキージャンプから意識を切り離します。


というのもスキージャンプって、すごく頭が疲れる競技なんです。スキージャンプは練習でも1日に多くて10〜15本しか飛ぶことができません。夏場の練習では午前にジャンプ、午後に筋トレというメニューなので本数はさらに減ります。年間を通じても練習と試合を合わせて300〜400本程度しか飛べないのではないでしょうか。


例えば、ゴルフなら300球打てば1球は納得のショットが出ると思うのですが、スキージャンプでは「これだ!」という納得の1本は1年にあるかないか。それが試合になれば、たった2本のジャンプで、自分の最高を出さなければなりません。しかも、風や天候といった自分ではコントロールできない要素も大きいですし、運も含めて結果が決まる部分もあるので、ジャンプは本当に難しい競技なんです。


それだけに試合では頭をフル回転させてイメージをつくって挑むことになるんです。踏み切るタイミングや風の変化を感じ、一瞬一瞬ですべて判断して対応していきます。だから、飛び終わると体より頭の方が疲れきって、2本のジャンプだけでもヘトヘトになる。


だからこそ、頭はパッと切り替えないといけないんです。試合会場を後にしてもスキージャンプのことを考えていたら、頭もずっと疲れたままでストレスが溜まる一方ですから。


もちろん、こうして頭を切り替えられるのは、自分自身の性格もあると思います。ワールドカップのメンバーに選ばれず、シリーズに帯同していない時期は、試合の結果もあまり気にならないし、「ああ、勝ったんだ」くらいにしか思いませんので。


――50代になって体との向き合い方に変化はありましたか。トレーニングメニューや体のケアはどのようにされているのでしょうか。


50歳を過ぎてからは「怪我したら終わり」と自分に言い聞かせています。30代の頃はスクワットで200㎏上げていましたし、ハイクリーンで100㎏、デッドリフトで140㎏、レッグプレスで270㎏と、重いウエイトで筋力を鍛えていました。


ですが、徐々に膝や腰を痛めることが増え、今は、瞬発力を鍛えるトレーニングやバネトレーニングに切り替えています。バネトレーニングというのは、腰ベルトにバネを付けて下から引っ張られた状態でジャンプ姿勢を取り、伸び上がる動きを繰り返すもので、「巨人の星」の大リーグボール養成ギプスみたいなやつです(笑)。実際のテイクオフに近く故障しにくい。あとは体幹トレーニング、柔軟性を高めるメニューを増やし、体の変化に敏感になって無理はしないようにしています。


2025年に5月に行われた毎年恒例の宮古島での合宿練習。20代、30代の選手と同じトレーニングをこなす葛󠄀西選手(写真提供:土屋ホーム)


――ジャンプという競技ですから、体重や体脂肪率の管理も大切ですよね。


はい、スキージャンプは体重が1kg重ければ、飛距離が2m変わるといわれるほど体重が軽い方が有利な競技です。なので、BMI*3の数値によって使える板の長さが変わる規則があります。


*3 BMI: Body Mass Indexの略で、体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)で数値化される。過剰な減量による選手の健康への弊害を防ぐために、スキージャンプではこの数値をもとに使用できる板の長さが決められる。


BMIとの兼ね合いになりますが、体重は落とせるところまで落とします。オフシーズンでも体脂肪率は10%を超えることはほとんどなく、シーズン中は5%前後を維持していますね。ただ、若い頃は簡単に落ちた体重も、50歳を過ぎると日々のトレーニングや毎日欠かさず行っているランニングではなかなか落ちなくなり、朝晩2回サウナスーツを着て走るようになりました。


この走っている時間が意外に重要で、ジャンプのフォームの改善点を考えたり、過去のスランプをどう乗り越えたかを思い返したりする大切な時間になっていますね。走っている最中に頭の中で過去の経験を照らし合わせると、新たな気づきを発見できたりもするので、減量、持久力の向上、メンタルトレーニングも含め、一番のトレーニングだと思っています。





今は金メダルよりもファンの声が何よりのモチベーションに

――葛󠄀西選手にとってファンの声援は、どんな意味を持っていますか。


ソチオリンピックの団体戦は、難病と闘っていた竹内択(たけうち・たく)、膝の痛みを抱えた伊東大貴(いとう・だいき)、ワールドカップ転戦中に代表から外れた清水礼留飛(しみず・れるひ)といったメンバーと共に、「メダル取ろうぜ」と励まし合って試合に挑み銅メダルを獲得、個人ではあと80cmくらい距離が足りず銀メダルになった。やっぱりあそこで金メダルが取れなかったことは、ここまで続けられてきた大きな原動力になっていることは確かです。


ただ、これはソチオリンピック後に感じたことですが、個人で銀メダル、団体で銅メダルを取った後に「その年齢で頑張っている姿に勇気をもらった」「諦めない姿に感動した」と声をかけられるようになりました。今はそうした応援してくれる人たちの期待に応えたいという気持ちの方が強くなりました。ファンの方が応援してくれる、自分の力になる、それで結果が出る、今度はファンの方に夢や希望を与えられる。そんなウィンウィンの形ができたら最高ですね。


――今後、オリンピック出場が大きな目標としてありますが、そこへ向けてのご自身のビジョンはありますか。


先週の3連戦*4が、8位、5位、7位という成績でした。調子が良くない中でのこの順位だったので、「もう少し調子が上がったら優勝できるな」という感覚があります。今後もサマージャンプ大会があるので、それらの試合に出場しつつ調子を上げていくことが大事ですね。


*4 2025年8月1日(金)の「第43回札幌市長杯宮の森サマージャンプ大会」、8月2日(土)の「第26回札幌市長杯大倉山サマージャンプ大会」、8月3日(日)の「大成建設チャレンジカップ2025大倉山サマージャンプ大会」の3試合。


8月3日に行われた「大成建設チャレンジカップ2025大倉山サマージャンプ大会」では129mと120mのジャンプを記録、7位という成績を残した(写真提供:土屋ホーム)


オリンピックへの具体的な青写真でいえば、コンチネンタルカップのメンバーになっているので、まずはそこで上位3位内になること。そうすればワールドカップの出場権が得られるので、今度はそこでワールドカップメンバーである5人の日本人選手との戦いになり、その5人のうち誰か1人を蹴落とさなければなりません。


もしくは、12月に冬の国内開幕戦である名寄で試合(名寄ピヤシリジャンプ大会)があるのでそこでしっかり勝つこと、さらに1月の札幌のコンチネンタルカップでも成績を残し、札幌ワールドカップで表彰台に乗るくらいの成績を残す。そのくらいできると大どんでん返しでオリンピックの切符も見えてくる。いずれにせよ厳しい戦いではありますが、いろんなシチュエーションがあり得ますね。


――最後に、自身の目標に向かって挑戦する人へメッセージをお願いします。


同じことばかり続けていると心が疲れてしまいますので、リフレッシュやリラックスすることは心がけてください。頭の中を休ませないと次に頑張れるエネルギーができません。仕事ばかり、練習ばかりではなく、そこから離れて頭を休ませることもトレーニングだと思って、次に100%のトレーニングをするためにもしっかりとリラックス、リフレッシュするようにしてください。


キャリアの中でスランプもあるけれど、諦めずに続ければ必ず突破口が見つかると信じて頑張り続けてほしいです。自分も50歳を過ぎて「まだまだやれるぞ」と思っているので、同年代の人にも「自分に限界を決めないで」と伝えたいですね。



※記事の情報は2025年10月14日時点のものです。

  • プロフィール画像 葛󠄀西紀明さん スキージャンプ選手〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    葛󠄀西紀明(かさい・のりあき)
    スキージャンプ選手
    土屋ホームスキー部所属、選手権監督。1972年、北海道下川町出身。1988年、16歳でスキージャンプ日本代表として国際大会に出場。1992年にアルベールビルオリンピックに出場すると、以来8大会連続でオリンピック出場を果たす。ワールドカップ最年長優勝(42歳176日)、オリンピック最年長団体メダリスト(41歳256日)、冬季オリンピック最多出場(8回)など、7つのギネス世界記録を保有、長年にわたり偉大な功績を残してきたことから、「レジェンド」の異名を持つ。2025年2月には52歳にして、「ノルディックスキー第36回TVh杯ジャンプ大会」で見事優勝を果たした。

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