高校生のキャリア教育を支援する「16歳の仕事塾」プロジェクト【前編】

教育

堀部伸二さん 特定非営利活動法人「16歳の仕事塾」理事長〈インタビュー〉

高校生のキャリア教育を支援する「16歳の仕事塾」プロジェクト【前編】

高校生向けに「キャリア教育」を行い、教育現場を外部から支えている特定非営利活動法人(NPO)「16歳の仕事塾」理事長の堀部伸二さんにインタビュー。【前編】では、NPO法人立ち上げの経緯や、キャリア教育のあり方ついてうかがいました。

人生を変えたショールームの出来事

もともとグラフィックデザイナーだった堀部さん。前職のソニー株式会社のデザインセンターでCIデザインなどを手掛け、その後広告宣伝部に所属してイベント企画なども担当した。最終的にはソニーの商品を展示するショールームの館長を務めた。ソニーを退社してデザイナーとして独立した後、2009年に特定非営利活動法人(NPO)「16歳の仕事塾」を立ち上げた。

「16歳の仕事塾」は、主に高等学校で「キャリア教育」の支援活動を行っている。社会の第一線で活躍する社会人講師が150名以上、50名を超えるワークショップデザイナーやキャリアコンサルタントの資格を持つファシリテーターが在籍し、東京都を中心として年間約130校もの学校を対象に「キャリア教育」のワークショップを実施している。

特定非営利活動法人「16歳の仕事塾」理事長 堀部伸二さん
――「16歳の仕事塾」の立ち上げについてお話をうかがいたいのですが、その前に学生にとっての「キャリア」とはどういうものか教えていただけますか。

以前は「生きる力」と言われていました。小中高での「キャリア教育」というと、生きるための力をどういうふうに身につけてもらうかが大きなテーマになります。コミュニケーション能力や主体性など、社会に出たときに役に立つ、生き延びる力を身につけるという意味で幅広く、広義です。学問的な教育も含まれるし、社会での生き方や生活の知恵を身につけるというのも含まれます。

――「16歳の仕事塾」を立ち上げるきっかけは何だったのですか。

ソニーのショールーム勤務時代に、社員も見学できる「社員デー」を設けました。当時高校1年生だった息子に遊びに来いと声をかけたら、友だち5~6人を連れてやってきたんですね。後で知ったんですが、その中で非常に成績優秀な子がいたんです。ショールームではアテンダントが一つひとつ商品を紹介するツアー形式をとっていて、当時開発中だった犬型ロボットの"aibo(アイボ)"と、2足歩行ロボットの"QRIO(キュリオ)"のデモを見せてあげたら、その子がかぶりつきで見ていたんですよ。ツアーが一周終わった後も、もう一回見せてくださいってすごく熱心でね。とにかくその様子がとても印象的だったんです。

後日話を聞くとその子は学校での勉強にやる気をなくして、成績をかなり落としていたらしいんですよ。でもショールームに来て、何かガツンと衝撃を受けたようで、「最先端の技術を開発する仕事をしたい」と、成績がまたトップクラスに戻ったらしいです。たかだか1時間の出来事なんだけど、その子にとっては、その後の人生を左右した濃密な時間だったんです。

――その印象的な出来事から、高校生への「キャリア教育」に興味を持たれたんですね。

そうです。そのときの話を自分の事務所の忘年会で話したところ、賛同の声が多数ありました。また立ち上げの前年、2008年はリーマンショックでデザインの仕事が激減したタイミングでもありました。広告やデザインの仕事ってコンペでとってくる"狩猟型"の仕事なんですが、それとは全く違う"農耕型"の新規事業をやってみたくなったんです。

芽が出るかはわからないけど自分で耕して、種を蒔いて、丁寧に育てていく仕事です。さらに私の妻が、別のNPO団体ですが小学生向けのキャリア教育に関わる活動をしていたこともあり、キャリア教育への理解や知見も多少ありました。「16歳の仕事塾」としたのは、「13歳のハローワーク」に影響を受けて(笑)。高校1年生を対象にしようと思ったので16歳になりました。



「ブランディング」で乗り越えた2年目の危機

――立ち上げから運営は順調だったのでしょうか。

初年度はのんびりやろうと思っていたんですが、国の助成金募集に申請したら通ってしまったのでガシガシやらなくちゃいけなくなりました(笑)。ただ1年目はよかったんですけど、2009年に「事業仕分け」ってあったじゃないですか。あれで2年目も継続して交付されるはずだった助成金がもらえなくなってしまったんです。このままではいずれ運営が立ち行かなくなるかもしれない。そこで始めたのが広告の手法でよくある「ブランディング」でした。「16歳の仕事塾」の価値を高めるために、都内でも成績優秀でランクの高い有名校に営業をかけて、キャリア教育のワークショップをやらせてもらいました。そうするとあの有名校でやってるなら...と少しずつやらせてもらえる学校が増えていったんです。

今でもそうですけど運営していく上でブランディングはとても重視しています。
――宣伝や広告の仕事をやっていた経験が生きたのですね。

そうですね。今でもそうですけど運営していく上でブランディングはとても重視しています。ソニーの宣伝部にいた頃はイベント企画をメインでやっていましたが、「16歳の仕事塾」で展開しているワークショップは、いうなればイベントと同じなんですよ。イベントの仕事をしていた時は、プロデューサーとして予算を確保し、ディレクターや演出家、デザイナー、映像、照明に至るまで、自分がベストだと思うメンバーを集めてやるのが好きだったんです。自分が前にでるより、裏方を好んでやっていました。「16歳の仕事塾」でも、自分が良いと思った社会人講師やファシリティテーターを選び、教室という舞台で生徒とどう関わっていくのか、生徒たちはどう反応し変容するのか、そのライブ感や化学反応を見るのが楽しいんです。



質問できずに終わっていたら、傷ついたままだった

――現在9つのワークショッププログラムがあるそうですが、中でも人気のあるプログラムは何ですか。

「社会人へのインタビュー ワークショップ」ですね。生徒たちが社会人講師へインタビューすることで将来のことを考えたり、異世代とのコミュニケーションを体験的に学ぶプログラムです。各1時間を2コマ、合計2時間ありますので、1コマ目の最初の30分ぐらいで社会人講師に自己紹介を兼ねた話をしてもらって、その後インタビューのやり方を説明し、質問を考えてもらいます。2コマ目では、生徒たちに小グループに分かれてもらい、グループ内で質問を厳選して社会人講師にインタビューしてもらいます。

高校生ってけっこう手強いですよ。例えば、お給料いくらですか、とか、一番大変だったことや仕事のやりがいは? などは鉄板の質問なんですが、急に「3年後は何をやりたいですか?」って聞いてきたり(笑)。「えっ、私の3年後?」みたいな、講師が思わず返答に窮する質問がくる。でもちゃんと答えないといけない。けっこうグサッとくる質問、深い質問も多いんですよ。

――事前に質問がわかっていたら答えを準備できますが、ライブは恐ろしいですね(笑)

そうなんです。社会人講師には自己紹介で、自分がどんな仕事をしているかはもちろんですが「16歳からの履歴書」を話してくださいとお願いしています。高校生の頃はどんな学生で、何が好きで、何が苦手で、どんな悩みがあったのか。なぜ大学へ進学したのかなど、日経新聞に「私の履歴書」ってあるじゃないですか。あれと同じようなイメージですね。

高校生ってけっこう手強いですよ。でもちゃんと答えないといけない。けっこうグサッとくる質問、深い質問も多いんですよ。
――今までで印象に残っている授業や生徒はいますか?

私たちは、福島県南相馬市の中学校にも行っています。最初に行ったのは5年前で、その頃はまだ至るところに車がひっくりかえっていて、津波の跡が色濃く残っていました。今はもうだいぶなくなりましたが、仮設住宅や仮設の学校、原発を取り巻く問題など、落ち着かない環境は、年ごろの子どもたちにさまざまな影響を与えていたと思います。

その中でインタビューワークショップを行いました。インタビューワークショップではグループ毎に質問してもらいますが、とあるグループで、質問する子がぱっと立ち上がったまま黙り込んでしまったんです。

16歳の仕事塾メンバーはそういう子がいても、話しだすまでしばらく待つんですけど、担任の先生は待てなかったんですね。教育委員会の人も見にきていましたし。先生が静まり返った教室の中で「おい〇〇に変われ!」と、声を荒らげて他の子を指名して、その場はひとまず過ぎていきました。

そして全部のプログラムが終わった後、社会人講師が最後に、その何も話せたかった子のところへ行って「お名前だけでも教えて」と言ったんです。そしたら、その子が立ち上がって、せきを切ったようにばーっと、一気に質問しだしたんですよ。質問自体は大した内容ではなかったんですが、私はそれを見てよかったなぁと。心底嬉しかったし、その講師に感謝しました。質問できずに終わっていたら、その子は傷ついたまま終わっていました。

――ワークショップ中は担任の先生との関係性はどうなんでしょうか?

最近は、先生方もワークショップに慣れてきたし、アクティブ・ラーニングが推奨されていることもあり、担任の先生にもワークショップに参加してほしいんですね。しかし当時は、スムーズな授業や一斉に同じことを同じように、同じスピードですることを良しとする先生方が多かったために、何かそれを乱すことがあると先ほどのようなこともたまにありました。

――学校という枠組みの中で、クラス担任というポジションや先生自身のパーソナリティが、子どもたちにとってかなり重要な気がします。

ものすごく重要です。担任制度というものを、これからの時代に合わせて変えていこうとする動きもあります。


※記事の情報は2019年10月15日時点のものです。


後編へ続く



取材協力:特定非営利活動法人 16歳の仕事塾

  • プロフィール画像 堀部伸二さん 特定非営利活動法人「16歳の仕事塾」理事長〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    堀部伸二(ほりべ・しんじ)
    日本キャリア教育学会員。第10期東京都生涯学習審議会審議委員。キャリアコンサルタント(国家資格)。CDA(Career Development Adviser)。JCDA(Japan Career Development Association)会員。青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラムeラーニング講師。
    ソニー株式会社デザインセンターCIグループ、広告宣伝部を経て、2006年デザイン・宣伝関係のH.B.コミュニケーションズ(株)を設立。2009年にNPO法人16歳の仕事塾を設立し、代表理事に就任。ソニー(株)で子供向け体験型科学館”Sony ExploraScience”を北京、台場に作った経験や、ロボット技術を紹介するイベント”ROBODEX”、本社ショールーム”Sony MediaWorld”の館長として大学生や高校生などを招待した経験が16歳の仕事塾設立のきっかけとなる。

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