教育
2020.03.19
津村耕佑さん ファッションデザイナー、武蔵野美術大学空間演出デザイン学科教授〈インタビュー〉
創造とは「新しい言語」を発見すること。発見をどのように伝えるか、伝えるためにどう工夫するか。
ファッションデザイナーで武蔵野美術大学空間演出デザイン学科教授の津村耕佑さんインタビュー【後編】では、主に大学でのアート教育についてうかがいます。武蔵野美術大学、空間演出デザイン学科の卒業制作展覧会で、学生たちに指導をしながら歩く津村さんに密着取材をしてきました。
内向しがちな作品に社会とのつながりの要素を入れる
――今日は津村さんのゼミ生たちの卒制展覧会ですが、拝見しているとライブパフォーマンス作品が多いんですね。
演劇っぽいでしょ。空間デザイン科はもともと芸能デザイン学科と言われていて、演劇が中心にあったからどちらかといえば演出の方に重きが置かれています。
――普段はどんな風にご指導されているのでしょうか。
基本的には、学生たち自身が思った通り、表現したいものを自分でプランニングして、準備して発表すればいいと思ってます。全部自分でプロデュースして、発表する場所もタイミングも時間も決めて、個展をやるようにやってくださいっていうのが最初に言うことなんだけど、出された課題をこなす事に慣れている学生が多いから、全部自分でやれって言われると戸惑うんですよ。自由にって言われると難しい。これは時代によって学生のタイプが違うから、タイプを見て指導のやり方を決めている。
――時代でタイプが違うとおっしゃいましたが、最近の学生さんはどんな感じなのでしょうか?
大人しい子が多いかなぁ。今は不景気で経済的な問題もあるかもしれない。オブジェ一つ作るにしても素材の全てを自分で買わなくちゃいけないから、作品自体も大人しくなっている傾向があるね。
――先ほどはデニム素材を使った学生さんの作品についてアドバイスをされていましたね。
繊維産業って水や染料をすごく使うから環境にはあんまり良くないんですよ。それをアピールする意味で、人間が何パーセントの水でできているかを絡めたようなビジュアルを、作品の撮影をする時に一緒に収めておいた方がいいだろうとアドバイスをした。
デザインはクライアントがいて成立するものだけど、大学の中にクライアントがいるわけじゃないからどうしても内向するんですよ。子どもの頃の思い出をモチーフにして、大人になると純粋さが失われてくるとか、そういう物語が多いんですよね。内向したままだと自己満足だけの作品になりがちで、社会とどうつなげるかという要素を入れ込まないと、人に訴えかけるという部分で、いま一つ作品としては弱い。
自分から問題提起することを訓練しないと成長できない
――社会とつながる、学生だとそういう意識は芽生えにくいですね。
意識はあってもメッセージとして伝えることに躊躇する場合がある。社会問題と連動させようと思うと、関わる教授全員にとってシリアスな問題になり過ぎちゃう場合もあるので、どうしてもその手前で留めてしまうことが多々あって、勇気を持って自分の意見を言うことができないってこともよくあるんですよ。
特に日本人にはそういう部分が強いと思うんですけど、そこを後押しすることも必要だと思っています。たとえば温暖化という環境問題ひとつとってもやっぱりデリケートな問題だから、グレタ・トゥーンベリのように勇気を持ってやっていいよって学生たちには言うけど、なかなか難しい。日本の社会だとよけいに。
――確かに、出る杭は打たれる風潮はありますよね。
単になにか激しい表現をすればいいということでもない。自己完結せずに、人に強く訴えかけるという部分で頭一つ抜けるためには、やっぱり自分で問題を見つけなくちゃいけない。社会に寄せていく必要が出てくる。
今まではデザインという行為と問題提起ってちょっと相容れないところあったんだけど、従来の課題解決型デザインじゃなくて、問題提起型デザインという概念もできつつある。何かに対して疑問を呈するような表現が必要になってきているんですよ。
そこを意識することが、今停滞している日本のデザイン界の次の方向なんじゃないかなと思う。徐々にそうならざるを得ないだろうと感じています。今はどうしても予定調和的な完成度に持って行くのが教育になってしまっているけど、それを一つの社会問題に持ち込む必要がある。そのためには社会を知らなくちゃいけない。
――今社会で起こっていることに敏感になって、自分から問題提起をする意識を持つということでしょうか。
うん。でも、どうしても課題を出してくださいっていう受け身の姿勢になりがちなのが、日本の教育の現状なんだよね。先生が気に入りそうな回答だけを準備するっていう。それではこれからの世界を見つめていった時にやっぱり弱い。自分から問題提起すること。自分から提起するというのは、結構なリスクなんですけど、それを訓練しないと成長できないなと思っている。
僕のゼミでは、こういうことをやりなさいって言っているわけじゃなくて、学生が起こすアクションに対して僕がリアクションするというセッションで、授業を行っているんですよ。だから最初の表現は学生から起こさないといけない。たとえば格闘技の練習でもそうですが、師匠がいて弟子がいたら、まず弟子から技を仕掛けますよね。それと同じです。
学生自身も気づいてないような謎の部分を、共に考えながら発見する
――学生たちは、卒業後アーティストとして生きたいと思っているのでしょうか。
いやわからないんだよ(笑)。でも、どう見てもアパレルメーカーに就職する感じでもないしね。
――津村ゼミにくる学生はファッションを学びたいとか、そういう意識を持っているのでしょうか。
僕はファッションデザイナーですけど、やっていることが広範囲なんで、服作りだけがやりたい訳じゃなくて、今回の卒展で見ているような多様な表現、どこか決まった分野じゃないことをやりたい子たちが来ることが多い。
だから服飾の専門的なことを教えるわけではなく、どうやってその子の可能性を見出すかということを共に考えるという感じになっています。もちろん技術的なことを知りたければ教えることはできるけど、それはそうした教育を専門でやっている人にきちんと教わったほうがいい、そういうアドバイスはする。
僕のゼミは学生自身も気づいてないような謎の部分を、共に考えながら、そういう意図を表現したいならこうした方がいいんじゃないかとか、僕自身も解答がわからないんで、学生たちと向き合って発見し合いながら、何か今までないものを見つけにいくということをやっています。
だから最初からここへ向かいましょうってことはないんですよね。海に漂いながら陸地を探している感じ。そこはどういう陸地なのか、コロンブスがアメリカ大陸を偶然発見したみたいに、もしかしたらすごい大陸なのかもしれないし、小さな島なのかもしれない。そこは探ってみないと分からない。
――この作品(上の写真)は赤が印象的で、なにか夢の中の出来事を見ているようでした。
彼女の作品は「人間それぞれに個性があるけど、大衆の一部になってしまうと大衆の方に迎合しなくちゃいけないのが嫌だ」、「共産主義のようにみんな同じことをやらされることにちょっとした反発を表現したい」ということでした。それを聞くと僕は昔のSFのメトロポリスに出てくるような大衆のイメージなのかと思ってたわけ。もっと激しい感じの。それだと僕がイメージするものにも近いんだけど、あのロマンチックな感じで出てきた。表現はとてもデリケートだよね。彼女だけじゃなくて、全体的に自分の内面みたいなデリケートな部分を出そうとする子が多い。壊れそうで、そっとしておかなくちゃいけないみたいな雰囲気。強く言うともう戻ってこない感じがある。
――先ほどから学生たちの横に立って、立ち話をしながら核心を突いた指導をされているのが印象的でした。
授業とかで面と向かって話すとプレッシャーが強すぎて、拒絶が入っちゃうんですよ。構えちゃうとダメ。難しいですね。
純粋さをキープしながら、新しいものを見極めようとする姿勢が必要
――学生たちを含め、いろんな分野で創造にチャレンジしようとする人たちにむけてメッセージをお願いします。
創造のためには発見が大事だと思っています。発見というのは「新しい言語」のことで、言語というのは言葉もあるけど、造形表現も言語だし、媒体そのものを新しい言語というふうに捉えてもいいと思う。まずは発見が大事で、次にその発見を人に伝えるために、デザインという手法に落としこむ作業をできるだけ実行してほしい。
教育がちょっと問題なのは、決まった言語を組み合わせたものでしかないということ。もちろん様式を伝えていくっていう役割としては必要かもしれないけど、新しいものを発見して伝えるには不十分です。
この発見というのも、何を発見として捉えられるかは、自分自身が純粋さをキープしてないとできないと思うんですよ。純粋な目で物事を見ること。だけどそれは諸刃の剣でもあって、純粋がゆえに染まりやすくて、すぐに既成のものに染まってしまうという面もある。ここが難しいんです。既成のものに染まらないように自分をプロテクトしつつ、同時に自己完結しないで外へ向かう、新しいものを見極めようとする姿勢が必要。
そのためにはチャレンジが必要です。やったことがないことに常にチャレンジして、発見する。そしてその発見をどのように伝えるか、伝えるためにどう工夫するか。そういうことを繰り返しやっていくことが大事じゃないかな。
――プロテクトといえば、著書「賞味無限: アート以前ファッション以後」の中で「衣服をプロテクターと解釈し、個人の創造性、想像力、クリエイティビティを守りたい」ともおっしゃっていますね。
そうですね。ファッションは人を惹きつける要素もあるけど、嫌なものを排除する鎧という考え方もある。バラが棘を持っているように、果物に酸があって害虫を寄せ付けないように、個人の純粋さを保つための鎧です。
賞味無限: アート以前ファッション以後(武蔵野美術大学出版局)
――たとえば見た目が尖った服というのは、そのためのツールでもあるということですね。
そう。ただそれで孤立しないように、鎧であっても開閉できる機能を持たせて、新しいことにチャレンジすることが大事です。生身ではチャレンジできないけど鎧、プロテクションをつけていればジャンプできることもある。自信を持って人の前に立てるということもある。
予定調和はそれなりに完成度があるんですよ。わかりきった言語を使っているから、こうやれば絶対に受けるっていうのもあって。それはもう、ある意味使い古された美の基準があるからなんです。その組合せでいくと確かに完成度は上がるけど、発見がない。
発見のある作品というのは、完成度は上がらないんですよ。発見に寄り道してるから。だけどそっちの方が可能性はあると思う。完成度を上げるのはあとでも良くて、まずは発見のために道草を食うことが大事。
今までの美術の歴史が物語るように、既存の「綺麗」や「美しい」ばかりじゃなくて、従来は「汚い」と思われていたものが次の時代には美しいものに変わったりする。それは時間の経過もあるのかもしれないけど、人の気持ちというのが状況によって変化するからなんです。
既存の美の基準ばかりを教わってしまうと、気にとめるべき所に目がいかなかったりする。ルールと作法で物事が完結できるから、発見があるのに見落としてしまう、価値がないと思ってしまう。
――学生たちの作品は、新しい言語を生み出そうとしていると思われますか。
学生たちが今こんなことを思っている、ということが表現されていて、感動するものもあれば、ちょっとイマイチだなっていうのもある。現時点で言語化されているかどうかは分からないけど、ゆくゆくはされていけばいいと思っている。結論を早く与えるのはよくない。寄り道している間に自分で考えて、迷って発見するものもある。そこをスルーして点から点に行っちゃうと、間に失われるものがあるから、そこはあんまり指導しすぎないようにしたいですね。
――学生さんたちの作品を拝見しつつお話を聞いていると、アートを指導するということの難しさを感じました。また授業は学生たちとのセッションであるという津村さんの姿勢にも感銘を受けました。ファッションについてもいろいろなお話が聞けて、とても充実した時間を過ごすことができました。津村さんは、この2020年に新ブランドを発表する準備もされているそうですので、そちらもとても楽しみにしています。長時間ありがとうございました。
※記事の情報は2020年3月19日時点のものです。
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【PROFILE】
津村耕佑(つむら・こうすけ)
‘83年三宅デザイン事務所入社、'94年FINAL HOME発表、'94年パリコレクション初参加、'97年ロンドンファッションウィーク初参加、'07年THIS PLAY展(21_21DESIGN SITE)アートディレクション、'14年いろは展(東京ミッドタウンデザインハブ)総合ディレクション、'15年独立、FINAL HOMEプロジェクト主宰。
主な個展:'86年「津村耕佑展」(佐賀町エキジビットスペース)、'92年「Regard de Meduse」(青山スパイラルガーデン)、'93年「JACKET /JACKETS」(プラスマイナスギャラリー)、「INCOMER」(YKK R&Dセンター)、'94年「津村耕佑1994」(MDSギャラリー)、'08年「夢神/MUZIN」、'10年「MODElessCODE」(NANZUKAUNDERGROUND)、'13年「フィロソフィカル ファッション1」(金沢21世紀美術館)など。
受賞歴:'82年「第52回装苑賞」受賞、'92年「第21回現代日本美術展」準大賞受賞、'94年「第12回毎日ファッション大賞」新人賞・資生堂奨励賞受賞、'01年「織部賞」受賞。
日本文化デザインフォーラム会員
神戸ファッション大賞審査員
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