【連載】SDGsリレーインタビュー
2021.11.30
笠井克己さん, 新田守さん, 秋本和利さん, 永田清さん バナナクロス推進委員会〈インタビュー〉
バナナの廃棄物からつくる、地球にやさしい素材。バナナ繊維を文化に
世界中で食べられているバナナ。日本でもおなじみの果物ですが、実を収穫した後の茎(くき)が、大量に廃棄されていることはご存知ですか? ごみとして捨てられる茎をどうにか活用できないかと立ち上がったのが、日本のアパレル関係者による「バナナクロス推進委員会」です。バナナの茎からつくるバナナ繊維を広める同委員会が目指すのは、持続可能な繊維産業の実現。その活動について、理事を務める中心メンバーにお話をうかがいました。
今回お話をうかがったのは、繊維商社の三井物産アイ・ファッション株式会社(東京都港区)で繊維の調達に携わる笠井克己さん、繊維素材に精通しているM・Nパートナーズ(京都府京都市)の新田守さん、日本有数の染色加工の会社である吉田染工株式会社(和歌山県紀の川市)の秋本和利さん、縫製のプロフェッショナルである株式会社ループ(東京都台東区)の永田清さんの4名です。
バナナから年間約10億トンの廃棄物が出ている
――繊維の原料としてバナナに着目されたのは、何がきっかけだったのでしょうか。
笠井さん:最初からバナナに絞っていたわけではなく、サステナブルな素材を開発するにあたり、ほかにもいろいろリサーチしていました。以前からの知り合いである新田さんはテキスタイルコンバーター(工場とメーカーの間に入る生地問屋)での経験が豊富で、誰よりも素材に詳しい方なので、よい素材がないか相談してみたんです。それでバナナ繊維を紹介してもらい、ポテンシャルの高さに惹かれました。
新田さん:私は30年間コンバーターとしての経験を積んだ後、糸を販売する糸屋として活動する中で、バナナ繊維と出合いました。植物や果物の生産過程で出る廃棄物を10年以上前から研究している日本人がいて、その方に教えてもらったんです。その方は、パイナップルやカポック、竹などいろいろな繊維について研究されていて、バナナも研究対象の1つでした。
笠井さんから相談されたときに、バナナ繊維はどうかと思い浮かんだのですが、紹介するには改めてバナナの実態を知っておく必要があると思い、いろいろ調べてみたんです。バナナって身近なものですが、調べてみると、その裏側には知らなかった事実がいろいろありました。
――バナナの裏側にある事実とは、どのようなものでしょうか。
新田さん:バナナは全世界での年間収穫量が約1億5000万トンと言われているのですが、それに対してバナナから出る廃棄物は年間約10億トンにもなります。バナナは常緑多年草ですが、1度実を収穫すると、それ以降は実をつけません。なので、収穫後は新芽を育てるために茎を伐採(ばっさい)する必要があり、伐採された茎は廃棄物として処理されているのです。
バナナ繊維は短いため、単独で糸にするのが難しく、これまでは廃棄されていました。まずはその事実を、世の中に知ってもらう必要があると思っています。繊維にできるのは、廃棄されてきた約10億トンのうちの2~3%、2000万トン程度。それでも、年間の収穫量が約2500万トンである綿花(天然素材の代表格であるコットンの原料)にそれほど引けをとりません。
実は私たちの前にも、バナナ繊維の流通にチャレンジした方がいらっしゃったようなのですが、長続きしなかったようです。私たちが改めてバナナ繊維にチャレンジするからには、その意味や役割をしっかり考える必要があると思っています。
挑戦するからには、世の中の役に立つものを
――よく食べているバナナが1度しか実をつけない、しかも伐採後の茎が廃棄物になっているとは知りませんでした......! 今このタイミングでバナナ繊維にチャレンジする意味や役割とは何でしょうか?
新田さん:これからバナナ繊維を広めるにあたって強く思うのは、「世の中に役立つものでなければならない」ということです。そんな思いで、バナナの茎を活用した天然繊維でつくる生地を「バナナクロス」と名付け、2021年3月にバナナクロス推進委員会を立ち上げました。
立ち上げ前にも約3年かけて、笠井さんと一緒にバナナ繊維の可能性について模索していました。当初はアパレルメーカーや小売り企業にアプローチして、そこから垂直型に広めていくことを考えていましたが、国内のアパレル市場がシュリンクしていて、限界があると感じました。そこで、ものづくりをする横軸でいろいろな人に協力してもらう戦略に切り替えたのです。そうした中で、小売業に精通し染色加工を手掛ける秋本さんと、生地の加工と製造販売を行う株式会社ソトーと小ロット・短納期の縫製に長けている永田さんにも声を掛けました。
――横軸でつながることで、どのようなことに取り組んでいるのですか。
新田さん:私たちは糸を見ただけで、その糸の特徴をつかみ、得手不得手を理解できるプロ集団です。それぞれの強みを生かして、さまざまな種類の生地を開発しています。メーカーではないので商品の開発はできませんが、バナナクロスでつくるアイテムのイメージを膨らませてもらうために、プロトタイプをつくっています。
オープンイノベーション*1でやっているので、試行錯誤を繰り返して短いサイクルでアイデアをカタチにすることができています。2020年秋にバナナクロス推進委員会の立ち上げに向けて動き始めて、同年末にものづくりをスタート。2021年3月に開催される合同展示会への出展を目指して、30数点のアイテムを短納期で完成させました。
いくらお客様にバナナ繊維の魅力をアピールしても、糸だけでは良さは伝わりませんし、商品だけ見せてもバナナ繊維について十分に理解していただくことは難しいと思っています。
*1 オープンイノベーション:企業間のコンソーシアムや、産学連携、企業の共同開発を通じて、社会的なインパクトを生み出すこと。
秋本さん:これはメンバー全員に共通していることですが、みんな原料の段階でバナナ繊維に反応しているんですよね。バナナ繊維ができる背景も含めて、大きなポテンシャルがあるぞと。正直なところ、はじめはいろいろな所にプレゼンをしていても反応はいまいちでした(笑)。だからこそ、具体的にカタチにして提案することは大切だと思っています。
――バナナ繊維は、具体的にどのように世の中の役に立つのでしょうか。
新田さん:気候変動や貿易摩擦などさまざまな要因で、たとえ綿花が不足することになっても、生産量の多いバナナ繊維でカバーすることで、繊維供給の一助になればと思っています。しかも、元々廃棄されていたバナナの茎を活用してつくるバナナ繊維は、地球にもやさしい繊維と言えます。
秋本さん:バナナ繊維は、よりサステナブルな世の中の実現にも貢献できると思っています。バナナは身近な食べ物で、モノとしてもキャッチーですし、サステナビリティーについて考えるのにぴったりな材料です。
日本は消費が盛んな国で、サステナブルに関する取り組みが遅れていると思っています。アメリカ人の友人に話を聞くと、アメリカはサステナブルに対する意識が高い人が多いですし、ヨーロッパではモノを受け継いで使うのが当たり前となっています。
新田さん:私たちの活動のテーマは、「バナナ繊維を文化にしよう」です。バナナはすでに私たちの生活に溶け込んでいますから、バナナ繊維を使ったアイテムを増やすことで、食べ物としてだけでなく、繊維製品としても当たり前になっていくのではないかと考えています。
今は我慢のとき。バナナ農家の課題解決のため、いかに底辺を広げていくか
――バナナクロスは現在、どのような業界やシーンで使われているのでしょうか。
新田さん:バナナクロスを販売した最初のお客様は、「バナナの神様」というバナナスムージーのお店を運営する会社です。1本千円する無農薬の国産バナナを使ったスムージーを提供しているのですが、コロナ禍でパフォーマンスの場を失ったダンサーたちを店員として受け入れ、店内でパフォーマンスもしてもらうことで活躍の場を提供しているユニークなお店です。その店員さんが着るユニフォームや店頭販売用のソックスをつくりました。
ほかには、タオルを主力とする製造・販売会社のホットマン、一流ホテルに一点物のランチョンマットを卸している会社など、今までアパレル業界では付き合いのなかったところが中心です。あとはノベルティーグッズも製作しています。
ただし、私たちがこだわっているのは、糸から開発・販売することです。原料の背景を知ってもらいたいから、出来上がった商品を売るだけでは不十分だと思っています。バナナの茎の処理は、バナナ農家の課題の1つです。バナナ繊維を文化にすることで、課題解決につなげられたらと思っています。バナナ繊維を広めることで、今まで茎を廃棄物として処理していたバナナ農家の負担を減らせるだけでなく、新しい仕事を提供し、新しい収入源をつくることができますから。
文化にするためには、いまは我慢の時。一気に広げても、一瞬盛り上がっただけで終わってしまう。いかに底辺を広げていくかが活動のポイントだと思っています。
永田さん:バナナ繊維の糸はほかでは買えないと分かっていて、個人的に「売ってくれないか」と相談してくださる人もいますが、個々には販売しないようにしています。なぜ委員会にしているかというと、文化として定着させるには、ある程度ルートを規制しておく必要があると考えるからです。
テーマは「地に足のついたものづくり」。向こう1~2年は辛抱して、マーケットがほしがってくれる状況が生まれる時まで待ちたいと思います。
――2021年3月にバナナクロス推進委員会として初めて合同展示会に出展し、10月にも合同展に出展されました。どのような反応がありましたか。
秋本さん:デザイナーなどから、さまざまな反応をいただくことができました。ただ糸や生地を見せるだけでなく、服や雑貨のアイテムを並べることで、実際にどんなものがつくれるのかをイメージしていただけたのが良かったのだと思います。新型コロナウイルスの感染拡大やSDGsの盛り上がりによって、新しい消費の流れが生まれたことも追い風になっていると感じています。
永田さん:展示したアイテムのサンプル製作は当社が引き受け、地方の縫製工場にもバナナクロスの縫製にチャレンジしてもらいました。今、日本の縫製工場は本当に仕事がなくて厳しい状況ですが、新しいことにチャレンジすることで、前に進んでいけたらと思っています。
若い世代にとっても身近な題材。環境について考えるきっかけに
――バナナという身近なものが原料なので、バナナクロスはSDGsの生きた教材としても良さそうですね。
笠井さん:前回の展示会出展時に、教育関係者から学校で使うテキストの題材にしたいというお話をいただきました。子どもたちにとっても身近な題材で、茎が廃棄物となっているという事実には驚きもありますから、サステナブルに関する教育に向いていると思います。
SDGsに関?の?いZ世代*2の学?と、株式会社SHIBUYA109エンタテイメントが運営する若者マーケティング機関「SHIBUYA109 lab.」、そして三井物産アイ・ファッションによる共同プロジェクトとして「SHIBUYA109 lab. EYEZ(シブヤイチマルキュウラボ アイズ)」というSDGsを学ぶ部活動も?ち上げ、バナナクロスを使用した製品を企画しました。
ほかにも、フェリス女学院大学にバナナクロスを使用した製品のクラウドファンディングを行っていただいたりしています。これからの地球の未来を背負っていく若い世代が、環境について学ぶことに貢献できたらうれしいですね。
*2 Z世代:1990年代中盤から2010年代終盤までに生まれた世代。幼少期からネット環境があり、日常的にスマホやSNSを使ってきたデジタルネイティブの始まりの世代とも言われる。
――最後に、みなさんが思い描く未来ビジョンについて教えてください。バナナクロスの開発・販売を通して、どのようなことを実現されたいですか。
永田さん:バナナ繊維を1日も早く、綿糸などと並ぶ天然繊維として確立し、国内でしっかり縫える体制を整えていきたいです。生地の特性に合った縫製が必要となるので、工場の職人の育成にもつながります。
バナナクロスはほかの生地と比べて少々難易度が上がるので、最初は縫うのに苦労しました。縫製チームでフィードバックし合いながら日々レベルアップを図り、より良い商品を提案できたらと思います。
秋本さん:バナナ繊維が「特別じゃない糸」になってほしいです。ある程度供給量が安定してきたら、子どもたちが朝ご飯にバナナを食べるように、バナナクロスでつくられたアイテムを使うのが当たり前になってほしいですね。
新田さん:秋本さんと重なりますが、バナナクロスを「当たり前の素材」にしたいですね。まずは国内での供給基盤を整え、ゆくゆくは海外でも販売したいと思っています。その足掛かりとして、2025年の大阪・関西万博への出展を目標にしています。ただ、それは決して目的ではなく、通過点の1つに過ぎません。
笠井さん:せっかくみんなで同じ志を持って立ち上げたプロジェクトですから、国内にとどまらず、世界に広げていきたいと思っています。バナナの茎からつくる糸は、フィリピンの一部の手織り品を除いて、世界でもほかに使っているところは聞いたことがありません。バナナクロスをコットン、シルク、ウール、リネンに続く第5の天然繊維として広めたい。そうした思いを胸に、これからも精力的に活動していきます。
――お話を聞かせていただき、ありがとうございました。みなさまの熱い思いに触れ、こちらも胸が熱くなりました。近い将来、店頭や街中でバナナクロスでつくられた製品と出合える日を楽しみにしています!
※記事の情報は2021年11月30日時点のものです。
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【PROFILE】
笠井克己(かさい・かつみ)
1965年生まれ。国内生地メーカーを経て、三井物産株式会社の子会社である物産インターナショナルテキスタイル株式会社に入社。三井物産アイ・ファッション株式会社へ転籍し、MD企画部開発室に所属。約30年にわたり国内から欧州、アジア、中国の生地までグローバルな生地、原料開発に携わる。 -
新田守(にった・まもる)
約35年にわたってテキスタイルコンバーターのマーチャンダイザーとして活躍後、2010年にM・Nパートナーズを設立。「モノづくりの相棒」として、原料・加工・生産・製品・販売に関わる各社をネットワークでつなぐプラットフォームを構築し、世界の消費者をターゲットとする日本のこだわりの商品の開発・販売をサポート。また、サステナブル素材の「バナナクロス」の普及にも取り組んでいる。 -
秋本和利(あきもと・かずとし)
1962年生まれ。アメリカ留学から帰国後、株式会社上野商会に入社。「ロイヤルフラッシュ」や「B’2nd(ビーセカンド)」などのセレクトショップを作り、国内外の数々のブランド・デザイナーを発掘。約20年前、いち早くリサイクル・リユースに着目し、店内什器まで再利用のものを活用したショップ「Re B’2nd」をオープン(現在は閉店)。同社を退社後、いくつかの海外ブランドのコンサルティングなどを手掛けた後、吉田染工株式会社に入社。ファッションの根幹は素材、加工にあることを再認識する。素材の加工、魅力の発信に取り組む中、バナナ繊維と出合い、吉田染工株式会社としてバナナクロス推進委員会に参加。 -
永田清(ながた・きよし)
約43年間にわたり、アパレル縫製業に従事している。2006年、プリーツ加工業のパリオ株式会社からの支援を得て、株式会社ループを設立。07年、石川県珠洲市に有限会社ライフを設立し、縫製工場を設立。13年、株式会社ループにパリオ株式会社を統合し、千駄ヶ谷と浅草橋の2拠点とする。「衣服、雑貨等なんでも縫います、作ります、ご提案させていただきます」がモットー。19年より3カ年計画で、①衰退している国内縫製業の再構築、②サステナブル商品の生産・普及、➂国内を5分割した地域別サプライチェーンの構築(昨年のマスクやアイソレーションガウンの生産、輸入停止時の緊急対応などに地域別で対応)に取り組んでいる。
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