人の願望をかなえてあげれば、それが仕事になる

DEC 1, 2020

ながさき一生さん 魚楽団体「さかなの会」代表/おさかなコーディネータ〈インタビュー〉 人の願望をかなえてあげれば、それが仕事になる

DEC 1, 2020

ながさき一生さん 魚楽団体「さかなの会」代表/おさかなコーディネータ〈インタビュー〉 人の願望をかなえてあげれば、それが仕事になる 新潟県糸魚川市の漁村に生まれ、子どもの頃から「空気のように」身辺に魚があったというながさき一生さん。魚を美味しく食べるイベントを企画するうち、どんどん規模が拡大し、やがて会社員から「おさかなコーディネータ」として独立。魚のブランド化や知的財産権、魚が美味しく、漁師が働きやすい環境を目指して様々な活動をしています。

文/森 綾
写真/三井 公一

いずれ水産業界に戻ってきたいから、ITの仕事をやってみた


――ながさきさんは、漁師のおうちにお生まれになったのですね。


はい。実家は新潟県糸魚川市の筒石という漁村にあります。毎日、トロ箱(魚を入れる箱)が1箱どんと来て、食べないといけません。でもそれが嫌になるとかいう感覚はなかったですね。好きとか嫌いではなく、空気のようにそこにあるのが当たり前のものだったのです。
ただ毎日、鮮度の素晴らしい魚を見ていますから、その見分け方は自然に身につきました。


魚は空気のようにそこにある当たり前のものだった魚は空気のようにそこにある当たり前のものだった


――地元新潟の筒石ではどんな魚を食べていたのですか。


地元にいるときはニギスをよく食べましたね。水深100メートル以上のところにいる魚で、関東でいうメヒカリに近いかな。白身でふっくらしていて脂ものっています。天ぷらにするとうまいんですよ。


――美味しそう! 地元ならではの魚の種類はいろいろあるのでしょうね。「空気のようにそこにある」魚を、大学時代はさらに勉強されました。


空気のようなものだから、それをどうやって提供したらいいのかを学ぼうと東京水産大学(現在の東京海洋大学)に入りました。2007年に卒業後、大学院に行きたい気持ちもあり、学資を稼ぎたかったのと、現場を経験するのもいいなと、築地市場で魚の加工品を扱う卸売企業で1年働きました。
この1年間で水産物が築地市場にどう出回るかのサイクルも学べました。その後、魚の知的財産の研究で修士課程を得て、今度はNTTグループのシステムエンジニアになりました。


――どうしてNTTだったのですか?


大学から徒歩10分のところにあったので(笑)。いや、上司も面白そうな人が多くて、相性が合いそうだと思ったのです。ITのシステムは水産業界にも必要だと思い、勉強したかったというのが一番ですが。ゆくゆくは水産業界に戻るつもりでした。
実は築地市場で働いているときは、日々、100本くらい来る受注の電話のやりとりだけで終わってしまっていましたからね。


水産業にはIT化が必要だと思いシステムエンジニアの道に入った水産業にはIT化が必要だと思いシステムエンジニアの道に入った


――それで、今は水産業にシステムを組み込む仕事もされているのですか。


結局、魚はシステムには落とし込みづらいんです。要するに、毎日、イレギュラーなことしか起こらない。7年間、IT関連で働いて分かったことは「水産業はシステム化しないほうが効率的である」ということでした。


単なる「宅飲み」の会が、気づけば延べ1000人以上が参加するイベントに


――一方で、ながさきさんが主宰されている「さかなの会」は、学校での勉強や会社での仕事とはまったく関係なく始まったのですか。


「さかなの会」は、2006年頃始めました。実家で捕れた魚を送ってもらい、都内の家で宅飲みし始めたんです。単にゆるい魚好きのコミュニティだったのですよ。2012年には参加したい人が40人ぐらいになって、店を貸し切りにするようになりました。そうすると、ドタキャンも出始めて、その費用負担は困るのでリスクフィーを乗せるようになり、それが浮いたら積み立てて、ホームページを作ったり、缶バッジを作ったりしました。そういうことがどんどん事業っぽくなっていったのです。
ちょうどパラレルキャリアとか、会社員の副業も認められ始めた頃で、メディアにも取材してもらえるようになりました。さかなをさばきまくる会や子ども向けのイベントをするようになったのもこの頃からです。


糸魚川市内の小学校に招かれて地元の魚を中心に授業。子どもたちも興味津々
糸魚川市内の小学校に招かれて地元の魚を中心に授業。子どもたちも興味津々


ながさきさんの実家のすぐ近くにある筒石漁港ながさきさんの実家のすぐ近くにある筒石漁港


――そこでながさきさんは「おさかなコーディネータ」になろうと決めたのですか。


もうちょっと漠然としていましたね。「あんこうを食べたい」とか「魚をさばきたい」とか、みんなの願望をかなえることを繰り返しているうちに、だんだんと仕事っぽくなってきた感じです。今では、「人の願望をかなえてあげれば、どんなことでも仕事になる」と思っています。
そういうコミュニティで、出版関係の方と一緒にメニューを見ながら、「これはきっと新鮮だから頼んだほうがいい。これは頼まないほうがいいな」なんて話していたら、それを本にして出さないか、と言われたのです。


――そこで出版されたのが「五種盛りより三種盛りを頼め」(2016年、秀和システム)ですね。


そうです。発売できたのですが、まだNTTグループの社員だったので、なかなか書店回りをしたり、イベントをしたりする時間はありませんでしたが、出版したことでおさかな関連の仕事の依頼が増えました。そこで思い切って2017年に退社、独立したのです。


知人との雑談から生まれた著書「五種盛りより三種盛りを頼め」知人との雑談から生まれた著書「五種盛りより三種盛りを頼め」

定量定価定品質じゃつまらない。いろんな魚を食べてほしい


――いざ独立してみて、いかがでしたか。


最初は仕事の取りかたもこなしかたもまったく分かりませんでした。相変わらず、人から頼まれたらやる、というスタンス。大学の講義の依頼も来たり、IKEAの店頭でサーモンをさばいてくれと言われたり。
変わったところでは、2018年に川崎フロンターレの開幕戦を、「魚」をテーマにプロデュースしました。初の平日夜、金曜日の開幕戦で。「開戦」を「海鮮」ともじり、金曜=フライデーを「フライ・デー」ともじって、海鮮フライを売ったらと提案したら、通ってしまいました(笑)。完全にダジャレ企画です。花束贈呈でキャプテンに真鯛を渡し「鯛とる」=「タイトルをとる」、と。
そうしたら、その年、本当にフロンターレが優勝してしまいました(笑)。


廃棄魚、未利用魚の活用という課題もある廃棄魚、未利用魚の活用という課題もある


――公的な仕事、硬い仕事もいろいろされていますね。


国立研究開発法人水産研究・教育機構や、定置網漁業の技術研究会の委員もしています。魚のブランディング、知的財産のことなど、より良い魚を流通させるお手伝いですね。
変わったところでは、日本細胞農業協会というところの広報や調整役もしています。これはまだ養殖業や畜産業との調整が必要ですが、生きている魚から細胞を採取して培養魚肉をつくる研究ですね。


――それはなんだかちょっと怖いです......。


これから安全基準などを作る段階ですから、まだ将来の話ですね。その前に廃棄魚、未利用魚の活用という課題もあります。漁獲したものの、廃棄されてしまう魚や、未利用の魚をもっと食べようという話です。流通していない種類の魚にも、美味しいものはたくさんあるのです。例えば、クロシビカマス。深海魚で安定して流通させられるほど捕れませんが、脂がとてものっていて、寿司にしてもめちゃくちゃ美味しいです。


スーパーなどにもっと魚コンシュルジュみたいな人がいればいいと思うスーパーなどにもっと魚コンシュルジュみたいな人がいればいいと思う


日本の場合、スーパーなどにもっと魚コンシェルジュみたいな人がいて、そういう魚も紹介してくれたりするといいのにと思います。「知らない魚」=「買いたくない」じゃなくて、「知らない魚」=「面白い、食べてみよう」になってほしいんですよ。
これまで水産業界では、定量定価定品質を目指すのが当たり前になっていますが、実は逆。今しかない魚だから貴重なんだとポジティブに捉えてほしい。人に魚を合わせるのではなく、人が魚に合わせてくれたら、食の循環はうまくいきます。

「人が魚に合わせる」日本の食文化をもっと世界に


――魚に対する私たちの発想を変えていくためにも、ながさきさんの役目はこれからますます重要ですね。


日本が持っている魚食文化って、本来はそういう「魚に合わせる」文化だったんです。だからそれを世界に伝えていきたい。
食べ方のバリエーションも日本にはたくさんあります。捕れたばかりのもの、日が経ったものなど、魚の状態に応じた食べ方というものがあります。環境問題や資源の問題は、誰かを敵に回しやすく、争いになりやすいデリケートな問題です。そこには、特定の立場の人や自国の利益を優先させようとする情報が混じってしまいます。報道にすら、その傾向があります。


日本の魚食文化を世界に向けてどんどん発信していきたい日本の魚食文化を世界に向けてどんどん発信していきたい


でも、今年はコロナ禍の状況もあり、いろいろ考えることが多かった。自分はもともと「明日死んでもいいように生きよう」と思っています。その思いは、コロナ禍の差し迫った状況でさらに強くなりました。日本の漁業や水産業には、誤解されていることが多くあります。日本の魚食文化を守り発展させていくためには、その誤解を解くことが必須で、それをやらずしては死にきれません。だから、伝え方なども一段と勉強をしつつ、世界に向けて日本の魚食文化をどんどん発信していきたい。YouTubeでも語り始めました。みなさんと話し合いながら、美味しい魚を食べられる状況を広げていきたいですね。


――ありがとうございました。ながさきさんの強みは、なんといっても、捕れたての魚の本当の鮮度と美味しさを知っていることだと思います。環境や人と人との利害問題、いろんなことに巻き込まれやすい魚たちですが、どうぞ旬の魚たちとのかけがえのないつながりが消えることのないよう、私たちと魚との絆を取り持っていただけたらと願います。

実演! イナダをさばいてお刺身を作る


インタビュー後、近所の食品スーパーで購入したイナダをながさきさんにさばいていただきました。
リアルの料理教室やネットでの魚教室で、魚の料理の講習会も催したりしています。


手際よく3枚におろしてイナダの刺身一丁上がり!


手際よく3枚におろしてイナダの刺身一丁上がり!手際よく3枚におろしてイナダの刺身一丁上がり!


※記事の情報は2020年12月1日時点のものです。

  • プロフィール画像 ながさき一生さん 魚楽団体「さかなの会」代表/おさかなコーディネータ〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    ながさき 一生(いっき)
    おさかなコーディネータ/ライター/魚楽団体「さかなの会」代表/さかなプロダクション代表/東京海洋大学非常勤講師
    1984年、新潟県糸魚川市の筒石(つついし)という漁村で生まれ、漁師の家庭で家業を手伝いながら18年間を送る
    2007年、東京海洋大学を卒業。築地市場の卸売会社で1年間働いた後、同大学院で修士取得(魚の知的財産の研究)
    2010年、NTTコムウェア入社。ICT業務に携わりつつ「おさかなコーディネータ」としての活動を続ける
    2006年から水産庁「浜の応援団」でもある「さかなの会」を主宰し、食べる魚に関するイベントを多数開催。参加者は延べ1000人突破
    2016年、著書「五種盛りより三種盛りを頼め 外食で美味くて安全な魚を食べる方法」(秀和システム)出版
    2017年、NTTコムウェアを退社し「さかなプロダクション」を創業。食べる魚に関する執筆、セミナー、コンサルティング業を行い現在に至る。


    さかなの会
    http://www.sakana-no-kai.com
    さかなプロダクション
    http://sakana-pro.com/
    YouTube
    https://youtu.be/nI-5TWpfq94

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