
【連載】食と土木構造物のおいしい関係
2026.03.24
五味喜一商店
諏訪地域の角寒天と、五味喜一商店の寒天づくり【前編】|食と土木構造物のおいしい関係
「食」と「土木構造物」という言葉を並べると、少し意外に聞こえるかもしれません。しかし、その土地の自然条件をどう受け止めるかという視点で食を見ると、両者は深くつながっていることに気がつきます。連載「食と土木構造物のおいしい関係」第1回は、長野県諏訪地域の角寒天を題材に、茅野市にある「五味喜一商店(ごみきいちしょうてん)」を取材しました。前編では、粉寒天と角寒天の違い、諏訪地域で寒天が根付いてきた歴史を紐解きます。
写真:赤澤 昂宥
目次
角寒天とは何か。粉寒天、糸寒天との違いは?
長野県・諏訪地域。冬は平均最低気温が-5℃前後と冷え込む一方で、積雪は少なく、晴れる日が多い。この独特の内陸性気候がつくり出すのが、諏訪地域で200年近くにわたってつくられてきた伝統的特産品の「角寒天」である。まずは、寒天とは何か、寒天がどのように広まり、諏訪に根付いたのかを見ていきたい。
寒天は、天草(てんぐさ)などの海藻を煮出して濾(こ)した寒天液を冷やし固め、さらに凍結と融解、脱水を繰り返して乾燥させた食品である。その使われ方は幅広く、煮溶かして冷やすとゼリー状に固まる性質があるため、和菓子や料理などに用いられてきた。一方で、近年は、食物繊維を多く含む健康志向の食品として、ゼリーに使ったり、汁物に溶かしたり、炊飯時に少量の寒天を加えるなどして、普段のおやつや食事に取り入れる人も多い。
天草とは紅藻類に属する海藻の総称。煮出すと熱で溶けた食物繊維の「アガロース」が、冷える際にゼリー状になることで固まる
ただ、ひと口に寒天と言っても、粉寒天、糸寒天、角寒天など、形や製法には違いがある。粉寒天は、工業寒天の一種で、季節や気候に左右されない工場内で通年生産される寒天である。粉末状のため計量しやすく、水戻し不要で扱いやすい一方、糸寒天や角寒天に比べると、コシや透明感が出にくく、固めに仕上がりやすいといわれる。対して角寒天や糸寒天は、冬の寒気や日射など自然条件を生かしてつくられる伝統的な寒天で、水戻しや煮溶かしに手間と時間がかかるものの、天草由来の風味や食感、透明感がある。
諏訪地域で受け継がれてきた角寒天は、煮出して濾した寒天液をゼリー状に固め、切り出したところてん状態の生天(なまてん)を、冬の屋外で凍結と融解を繰り返しながら脱水し、乾燥させて仕上げるのが特徴である。糸寒天との大きな違いは、棒状か糸状かという形状に加え、固め方や干し方、水分の抜き方といった製法にもある。
角寒天と糸寒天、粉寒天。角寒天は諏訪地域だけでつくられている
寒天の歴史
寒天がつくられるようになったのは、江戸時代初期のこと。参勤交代の途中で薩摩藩主が京都・伏見の旅館「美濃屋(みのや)」に泊まった時に、大名に振る舞った"ところてん料理"の食べ残しを外に捨てたところ、京都の厳しい冬の寒さでところてんは夜のうちに凍結したという。ところが、ところてんは日中になると解けて乾燥し、夜になると再び凍結。この凍結と融解を繰り返していくうちに、ところてんは乾物になっていったという。
これをヒントに宿の主人・美濃屋太郎左衛門(みのや・たろうざえもん)が考案したものが寒天の起源になったといわれており、その後、寒天づくりの技術は近畿各地へ広がっていった。
なお、「寒天」の名の由来は諸説あるが、中国式の禅を日本に伝えたといわれる隠元(いんげん)禅師が、「冬の空」や「寒冬」を意味する漢語の「寒天」に、「寒晒しになったところてん」という意味を込めて、「寒天」と命名したといわれている。
海なし県の長野県諏訪地域で、寒天づくりが根付いた理由
この寒天が諏訪へ持ち込まれたのが、江戸時代末期、1840年頃の天保年間といわれている。玉川村穴山(現・長野県茅野市玉川地区)出身の行商人・小林粂左衛門(こばやし・くめざえもん)が、当時寒天づくりが伝えられた丹波国で寒天と出合ったのがきっかけだった。粂左衛門は故郷の気候が寒天づくりに適していると考え、その製法を学んで持ち帰り、諏訪地域に広めた。
では、なぜ諏訪地域の気候が寒天づくりに適しているのか。詳しい製造方法については後述するが、寒天はところてんが凍結、融解、脱水を繰り返して乾燥させる乾物だということを理解すると、諏訪地域の気候がいかに好適であるかがよく分かる。
寒天づくりにおいて重要なのは冬の冷え込み方だ。諏訪地域は市街地でも760m以上と標高が高く、周囲を山々に囲まれた盆地特有の地形となっているため、冬の夜は放射冷却現象によって気温が-10℃を下回ることも珍しくない。ただ、諏訪地域の冬は寒さが厳しい一方で、降雪や積雪は少ない。冬の晴天率は80%を超え、日中は多くの日差しに恵まれた内陸性気候ということも特徴である。
つまり、ところてんが夜に凍り、日中になると日差しを受けてゆっくりと解け、水分だけが抜け出し、再び夜になって凍っていく。この凍結と融解、脱水を繰り返し、"水分だけが抜けていく"環境が冬の諏訪地域には備わっている。
長野県茅野市宮川地区から北アルプスを望む。冷え込みは厳しいものの積雪は少ない
もし積雪が多ければ、融解は進まず、その後に晴れたら解けた雪で寒天がぬれてしまう。曇りが続けば融解も脱水も進まず、工程が延びて品質も不安定になる。諏訪地域の夜の冷え込みと、晴天率の高さこそ寒天づくりに適していると言えるのだ。
また、諏訪地域が寒天づくりに適している理由は気候だけではない。諏訪地域は八ヶ岳などの山々に囲まれ、地下水資源が豊富で、寒天の原料となる天草の掃除やアク抜き、煮沸などの工程で水が大量に使われるという点においても理にかなっている。また、ニワ(庭)といわれる寒天を凍結、融解、乾燥させる干し場には、冬の間休耕地となる田んぼを利用しやすいという側面もある。こうした条件がそろい、農閑期となる農家の冬の収入源として、諏訪地域に寒天づくりが根付き、発展していくことになる。
最盛期には250ほどあった生産業者も現在わずか13軒のみ
諏訪地域に寒天づくりが伝わり60年ほどが経った1905(明治38)年、諏訪地域に中央線が開通すると、それまで富士川の水運や中山道の馬運などで運ばれてきた原料の海藻は、鉄道によって運搬されるようになり、寒天産業はさらに発展していく。1930年代後半の最盛期には250軒近い生産業者があり、年間生産量も約1,200tもあった。戦中には一時的に生産業者は減ったものの、1950(昭和25)年頃までには復興し、1970(昭和45)年頃までは安定した生産が続いていた。
(左)昭和の30年代以前と思われる茅野市の寒天づくりの様子(右)山のように積んだ寒天を運搬するトラック(写真提供:茅野市)
ただ、1975(昭和50)年頃になると中央道の建設、1980(昭和55)年頃には国道20号一帯の開発が始まり、寒天づくりにおけるニワの減少、寒天工場自体の移転や業務停止が相次いだ。その後も、市街地の拡大、後継者不足、工業寒天の台頭、角寒天の需要減少、市場の変化などもあり、生産者は減少の一途をたどる。
昭和初期の最盛期に250軒ほどあった生産業者も、現在では茅野市に7軒、諏訪市に4軒、岡谷市と伊那市に1軒ずつ、計13軒だけとなり、年間生産量も90tほどと、最盛期の10分の1以下となっている。
後編では、茅野市にある1945(昭和20)年創業の「五味喜一商店」の寒天づくりを紹介する。実際にどのようにして寒天がつくられるか、現場の1日を追うとともに、寒天と土木構造物のおいしい関係性に迫る。
五味喜一商店の寒天工場。手前に見えるのがスイシャと呼ばれる海藻を洗う作業を行うスペース
後編(3月27日公開予定)に続く
(参考資料)
茅野市のお宝再発見[PDF]
GoNAGANO 長野県公式観光サイト「200年前から続く伝統産業 天然寒天の魅力を知ろう!」
長野県諏訪地方における天然角寒天産業の存続形態[PDF]
※記事の情報は2026年3月24日時点のものです。
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【PROFILE】
五味喜一商店(ごみきいちしょうてん)
長野県茅野市宮川に所在する寒天の製造・販売業者。創業は昭和20(1945)年12月。諏訪地方の厳しい冬の気候を利用した伝統的な「角寒天」を手掛けており、現在は3代目の五味昌彦氏が代表を務める。
公式サイト https://www.kanten-gm01.jp/
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