
【連載】食と土木構造物のおいしい関係
2026.03.27
五味喜一商店
諏訪地域の角寒天と、五味喜一商店の寒天づくり【後編】|食と土木構造物のおいしい関係
「食」と「土木構造物」という言葉を並べると、少し意外に聞こえるかもしれません。しかし、その土地の自然条件をどう受け止めるかという視点で食を見ると、両者は深くつながっていることに気がつきます。後編では、長野県茅野市にある「五味喜一商店(ごみきいちしょうてん)」の寒天づくりを紹介。現場の1日を追うとともに、寒天と土木構造物のおいしい関係性に迫ります。
写真:赤澤 昂宥
前編はこちら
目次
昭和20年創業から寒天づくりをはじめた五味喜一商店
諏訪地域の角寒天づくりは、多くの生産業者が昔ながらの工程を大切にしながらも、どこも一様ではない。寒天の歩留まりを高めるため原料にオゴノリを使用したり、仕上げの乾燥をビニールハウスでストーブを使って促進させるなど、現場は少しずつ合理化されている。そんな中で、1945(昭和20)年に創業した「五味喜一商店」は、原料を天草(てんぐさ)だけにこだわり、諏訪地域の自然と向き合いながら寒天づくりを続けてきた。
なぜ、今もその選択を続けるのか。五味喜一商店のある茅野市宮川地区の現場を訪れると、寒天づくりは「腕」だけで完結する仕事ではないことがよく分かる。
「スイシャ(水車)」と呼ばれる天草を洗う作業、「カマ(釜)」と呼ばれる天草を煮る工程、天出しという寒天を「ニワ(干し場)」へ運ぶ段取り。その一つひとつが、冬の冷え込みや日射、風など、この土地の自然と噛み合うように組み込まれている。さらにニワには、凍結と融解を繰り返して乾燥させるための「改良台」と呼ばれる木組みがあり、建屋(釜場)にも風の通り道や作業の流れを整えるための仕組みがある。
五味喜一商店で続けてきたのは、単なる「昔ながら」ではなく、自然と向き合うことを前提にした工程を、土木構造物で支えるやり方である。
五味喜一商店の3代目・五味昌彦(ごみ・まさひこ)さん
寒天づくりの現場。五味喜一商店の1日を追う
五味喜一商店の寒天づくりの1日は、日付が変わる少し前から始まる。初めに動き出すのが釜場だ。前日の昼過ぎから2時間ほど煮て、10時間かけて蒸らした天草を釜からすくい上げ、上槽(うわぶね)と呼ばれる濾過(ろか)台に移し、寒天液を濾(こ)す作業を行う。1回のカマで煮る天草の量はおよそ300kg。それらを煮るのに9,000Lという大量のお湯を使うため、上槽に移し替えるだけでも1時間30分ほどの時間を要する。
煮出した天草と寒天液をクレーンバケットを使ってすくい上げ、上槽へと移していく作業
上槽に入れた天草は布で濾した後、最後にゆるやかな圧をかけ2時間ほどかけて寒天液を抽出していく。抽出された寒天液は上槽の下にある下槽(したぶね)と呼ばれる貯蔵槽にたまっていく仕組みで、たまった寒天液はポンプを使ってホースで吸い上げ、諸蓋(もろぶた)という容器に移し替えていく。この寒天液がおよそ2時間経ってゼリー状に固まったものが「生天(なまてん)=ところてん」だ。
生天は、天切り包丁という道具を使って21本に切り分けられて、その後、屋外に搬出する作業に移っていく。なお、300kgの天草から抽出される寒天液は諸蓋約500枚分。諸蓋1枚で21本の寒天ができるので、1日に1万本以上の角寒天を仕込む計算になる。
布で覆い、高さ調節の枕木を置いた上に木棒を通し重しをかける。緩やかな圧力をかけて寒天液を搾り切る
(左)抽出液を諸蓋へ移していく。外気の気温が低いほど抽出液が固まるのも早い(右)生天を21本に切り分ける天切り包丁
午前0時前から始まった釜場の作業は2名で行われるが、午前7時になると、生天を屋外へ搬出するスタッフも加わり総勢10名ほどでの作業となる。この作業を「天出し」といい、生天が入った諸蓋をニワ(庭)と呼ばれる干し場(冬の間休耕地となる田んぼ)に運び出し、寒天を干すために「改良台」と呼ばれる平台に並べ替えていく。さらに、1本ずつくっつかないようにきれいに生天を並べた改良台を、「くぎ」と呼ばれる木柱にくくりつけられた長木に、ななめに掛けるようにして広げていく。
天出しでは、この改良台を広げる向きが重要で、夜中に凍った生天が日中の日差しで解けるように、南向きに広げられる。五味喜一商店では、寒天づくりが始まる12月の太陽の向きに合わせ、南向きに干せるように長木を組んでいくという。
また、シーズンが始まる前にこの長木を組むとともに稲わらをニワに敷き詰めていくことも、角寒天の品質にかかわるそう。雨天時の泥はねや、強風時の砂塵から生天を守る役割はもちろん、地面がぬかるみにくくなることで、ニワでの作業も安定して行えるようになり、生産効率も向上する。秋に稲刈りを終えた稲わらをそのままニワに広げられるので効率的である。
(左)改良台1台に諸蓋2枚分の生天を並べる。天出し直後は生天もまだ水分を多く含んでいるため、1台でおよそ20kgの重さになる(右)生天に針でパンチングするのは、脱水の工程で型くずれしないようにするため
五味喜一商店では、冬の間に借りる休耕田を含め、およそ18万本の寒天を広げられるニワがある
自然との対話が寒天の品質を決める
生天を並べた改良台をニワへ広げたら終わりではない。重要なのはここからの自然との対話である。夜にしっかり冷え込めば、生天は芯まで凍る。翌日、日が差して気温が上がると、表面からゆっくり解けはじめ、生天から水分だけが抜けていく。そして、日が沈むと生天は再び凍っていく。この「凍結」と「融解」を何度も繰り返すことで、寒天は乾くというより、脱水するように余分な水分をそぎ落とし、白く締まっていく。
ただし、自然は毎日同じ条件にはならない。冷え込みが弱ければ生天は芯まで凍らず、芯まで凍ったとしても、日中に日差しが足りなければ融解が進まず、脱水、乾燥が遅れる。風が強すぎれば乾きは進むが、状態が不ぞろいになったり、黒ずむなど、見た目にも影響が出てくる。もちろん、雨や雪が降れば生天が余計な水分を取り込んでしまうので、せっかく進んだ脱水が振り出しに戻ることもある。
だからニワでは、改良台の向きや置き方を、その日の条件に合わせて細かく調整していく。降雪や降雨が予想されれば、改良台を重ねて雪や雨を防ぐ判断も必要だが、水分を多く含んだ生天が載る改良台は一つひとつが重い。改良台を重ねるのにも、重ねた改良台を再び広げるのにも手間も時間も体力も必要となり、できることなら避けたい作業である。だからこそ、空を見て、風を感じ、予報の"外れ"も織り込んで、先手で動ける判断力が問われる。
さらに現場には、もう1つの制約がある。ニワは無限に広がっているわけではなく、多くは冬の間休耕地となる田んぼを借りている場所だ。昼間の釜場では次の仕込みのための煮出しが昼過ぎには始まり、翌朝にかけてまた1万本もの生天が天出しされる。乾きが遅れ、判断を誤れば、生天が何日分もニワにたまり、次を広げられなくなる。すると全体の段取りが崩れ、品質だけでなく生産そのものが詰まってしまう。だから「今日はどこまで乾かせるか」「いつ重ねるか」「どのニワの改良台を先に動かすか」を、毎日、自然と相談しながら判断しなければならない。
(左)天出し中の生天(右)5日ほど経って脱水が進んだ生天。表面部分は乾燥が早く進むが、芯はまだ水分が抜けきっていないのが分かる
生天を天出ししてから、凍結、融解、脱水、乾燥を繰り返し、10~14日ほどで角寒天ができあがる
ニワでの仕事は、凍らせて、解かして、水を抜くという過程の反復であり、自然との対話の中での見極めと手当てだと言える。改良台も、それを掛けておく長木も、寒天を単に載せるための台ではなく、この見極めと手当てを可能にする冬の構造物である。
角寒天と土木構造物
【改良台】
改良台には吸水と乾燥を効率化させるため、糸立て(稲わら)や寒冷紗を敷いた上に生天を並べる。脱水・乾燥を進ませたい場合は改良台に角度をつけて干すこともあるが、水分を多く含んだ生天の場合、形が崩れる恐れもある。
角寒天づくりにおいて重要な土木構造物が、改良台とそれを掛ける長木だ。改良台は寒天を載せて乾燥させるための平台。生産業者ごとに多少の違いがあるが、五味喜一商店の場合、改良台に糸立てという稲わら、新聞紙、寒冷紗を順に敷き、木枠を使って生天を並べていく。稲わらを使うのは通気性確保のためであり、新聞紙は脱水した水を給水させ、寒冷紗は生天が直接新聞紙に触れないために敷いている。
改良台を掛けるためのものが長木とくぎ(柱)。くぎは円柱でなく三角柱のような形をしているのが特徴だ。これは改良台の重さを支える強度ではなく、寒天づくりを終えてニワから、くぎを撤去する際に三角形の頂点へ向け、力を入れて動かすと抜けやすくなるためだそう。
(左)改良台を掛ける長木とくぎは、樹脂を多く含み、耐水性・耐朽性に優れる地元のカラマツを使用。ニワはシーズンが終われば田んぼに戻す必要があるため、長木とくぎは紐で結ぶだけの必要最低限の構造になっている(右)降雨や降雪が予想される時は改良台を重ねておく。冷え込みが弱く一晩で生天が芯まで凍らない時も、改良台を重ねて日差しが当たらないようにし、融解を抑えて凍結を優先させることもある
【釜場】
釜場中央に釜と上槽と下槽があり、壁沿いには諸蓋が並ぶ棚を設置。天出しの際は、釜場にクローラーダンプが入り、諸蓋を外に運び出す
この釜場は、単に原料を煮る場所ではない。煮る・濾す・ためる・移すという工程が、建物の中に"仕掛け"として組み込まれている。
釜場を表側から見ると、地上より1.5mほど高い作業床があるのが分かる。ここに寒天を煮るための高さ3mほどの釜と、寒天液を濾す上槽と、抽出液をためる下槽が埋め込まれている。カマの担当者は、この作業床の上で天草と寒天液を釜からすくい上げ、上槽へと移していく。上槽から布で濾された寒天液が下槽へたまっていく仕組みだ。最後は天草から液体を抽出するため、重しを吊るした棒で圧力をかけて寒天液を搾り出していく。下槽にたまった寒天液は、ポンプで吸い上げ、ホースで諸蓋へと注がれる。
ところで、このカマで煮る際の熱源は何か。釜場の裏側を見ると、火を扱う場所だけが地面より低く掘り下げられている。昭和30年ほどまでは、この"くぼみ"に薪を入れて釜を温めていたそうだが、現在は重油バーナーを使用。釜からすべての天草をすくい上げたら、すぐさま水を張り、直火で加熱し、6時間ほどかけて湯を沸かしていく。
(左)釜場の裏側。こちら側は1.5mほどくぼんでおり、かつてはここに薪をくべて釜の湯を沸かしたという(右)上槽に木棒を掛け、重しを吊るして寒天液を抽出する
角寒天の味や質感は、原料や職人の技だけで決まるわけではない。冬の冷え込み、日射、風、水の抜け方を受け止める改良台や釜場のつくりもまた、諏訪の角寒天を形づくる要素の1つなのである。自然に身を任せるだけの仕事ではなく、天候を読み、場を整え、現場を進める。食の背景には、その味を支える土木構造物の存在が確かにあった。
※記事の情報は2026年3月27日時点のものです。
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【PROFILE】
五味喜一商店(ごみきいちしょうてん)
長野県茅野市宮川に所在する寒天の製造・販売業者。創業は昭和20(1945)年12月。諏訪地方の厳しい冬の気候を利用した伝統的な「角寒天」を手掛けており、現在は3代目の五味昌彦氏が代表を務める。
公式サイト https://www.kanten-gm01.jp/
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