老後を楽しく心地良く! 秘訣は小さなお洒落心

【連載】人生100年時代、「生き甲斐」を創る

小田かなえ

老後を楽しく心地良く! 秘訣は小さなお洒落心

少子高齢社会となった日本で、共同体の最小単位『家族』はどこへ向かうのか。「すべてのお年寄りに笑顔を」と願う60代の女性が、超高齢の母との生活を綴ります。

母、逆さ言霊にやられる

私は言霊を信じている。言葉にはチカラが宿っているので、良いことを口にすれば願いが叶うけれど、ネガティブなことを喋るのは縁起が悪い。それだけではなく逆さ言霊というものもあり、うっかり「自分は胃腸が強い」などと自慢しようものなら、天罰のごとく数日内にお腹を下したり胃が痛くなったりするのだ。

そのため我が家では誰かが逆さ言霊になりそうなことを言うと、近くにいる者が厄除けをすることになっている。唇をとがらせてその人に息を吹きかけ、身体のまわりで手をヒラヒラ振る仕草をして厄を払うのだ。

「ふっ、ふっ、ふっ」ヒラヒラヒラ。
「ふっ、ふっ、ふっ」ヒラヒラヒラ。
「ふっ、ふっ、ふっ」ヒラヒラヒラ。

20年ほど前、母が70代のとき、その逆さ言霊にやられた。堅焼き煎餅を食べながら「アタシは歯が丈夫なのよ」と威張ったのである。もちろん私は「ふっ、ふっ、ふっ」とヒラヒラヒラをやったのだが厄を吹き飛ばすことはできず、母は数日後に転んで口元を強打。その衝撃で八重歯が引っ込み、歯科医院でレントゲンを撮る羽目になった。

「引っ込んだ八重歯は問題ありません、そのうち元通りになりますよ。ただちょっと気になる影があるので口腔外科へ行ってください」

紹介状を渡された母と私は慌てて隣町にある総合病院を受診した。そこで下された診断は歯根嚢胞(しこんのうほう)だった。歯の根っこに空洞があって、その中に余分な小さい歯が埋まっているらしい。

「化膿したり悪性化したりするといけないから、今のうちに取っちゃいませんか?」

「そうね、トシとってから手術するのはイヤですモンね」と母。

「今すでにお婆さんでしょ」と言いたかったが我慢した。母は出産以来の入院に、何やら張り切っている。



「お母さんが大変です! 」

口腔外科の病室は整形外科の患者さんと同室の4人部屋だった。交通事故で脚を骨折した女子高生と、人工股関節の手術をした60代の女性、それに馬から落ちて腕を骨折したスナックのママさんと、私の母。

馬から落ちたママさんは我が家の近所にある乗馬クラブに所属しているそうで、ギプスで固めた腕を振り回しながら乗馬の楽しさを語り、私に入会をすすめてくれた。

みな切って貼れば治る患者だったからか、病室は明るかった。全員が手術を経験していて、術後はどこが痛くて何ができないかを知っており、患者同士で上手に助け合う。

母は入院の翌日に手術して一週間後に退院予定なので、いわば通りすがりの端役に等しい存在だったが、高齢なので相部屋の皆さんにはとても親切にしていただいた。手術当日の朝も、私が7時に病室へ行くと口々にゆうべの様子を教えてくれる。

「消灯が9時でしょ? こんなに早く眠れないって睡眠薬もらってたわよ」

「カーテンの陰でテレビ観てて、お薬を飲んだのは12時ごろだったかな」

「もうすぐ手術室から迎えに来る時間だけど起きないわね」

私が声をかけてもぐっすり眠っていて、そのまま手術室に運ばれて行った。

手術が終わるまで待つのは疲れるものだ。たいした病気でもないはずなのになかなか終わらず、私はひとり待合室に座って心配していた。およそ2時間後、やっとストレッチャーに乗せられた母が戻る。付き添っていた若い主治医は、立ち上がった私の顔を見ると眉間にシワを寄せ、深刻な顔で告げた。

「お母さんが大変です」

「えっ、何があったんですかっ?」

「驚かないでください、実は......ぷぷっ、わははは!」

私は大笑いする医師の顔を唖然として見上げた。母に目をやるともう意識は戻っていて、しかもこれまた笑っている。

「一体なんなの?」

「いや、ごめん! 手術室でお母さんが面白いこと言ってさ、出てきたらあなたが深刻な顔してるから、ついからかいたくなって」

「手術は?」

「大丈夫、無事に終わったよ。それよりお母さんの話を聞いてあげて」

私は言葉もなく母を見る。

「眉毛をかいてよ」

「眉毛が痒いの? 自分で掻けないの?」

私が伸ばした人差し指を母が払いのけた。

「違うわよ。今朝は寝てて眉を描けなかったから、部屋に戻ったら描いてよ」

また医師が噴き出す。医師によれば、母は手術が終了するとスタッフの皆さんに謝意を述べ、続いて眉毛を描かなきゃと言い出したそうだ。

「ヤダわぁ、今朝は睡眠薬で寝ちゃってたから眉毛を描いてないわ。早く娘に描いてもらわなきゃ」

「眉毛ですか? 手術後にそんなこと言った患者さんは初めてですよ、面白いなぁ! 」

などと笑いながら手術室から出てきたところ、私が心配そうに待っていたため、ついからかったのだと。まったく患者も患者なら、主治医も主治医である。



入院患者の気持ちを明るくするのは?

眉を気にした母に限らず、女性たちは病院でもお洒落心を持っている人が多い。かつて私が入院した大学病院は重症患者が多かったのだが、それでも新しいパジャマを着ればお互いに褒め合ったり、医療用ウィッグの業者さんが来れば無関係な人まで集まって品定めをしていた。

加えて、たまたま特別室に有名俳優が入院していたものだから、お見舞いに訪れるタレントさん目当てに、花柄やフリルのついたガウンをまとってロビーにたむろする患者たちも続出。
病院側はそういう行動を治療に支障がない限り止めなかった。

ふだんはテレビでしか見られないスターたちは優しくて、入院患者を見かけると「お大事に」などと声をかけてくれる。その言葉が重い病気の女性たちを支え、明るい気持ちにさせるとわかっていたせいだろうか。

母が口腔外科の手術をした病院には芸能人は入院していなかったが、ひとりだけスターがいた。その人は20代の男性で、病院の清掃スタッフだった。彼が病室にやってくると女性患者たちは色めき立つ。

爽やかで感じの良い青年だから、という理由ではない。彼はとても親切で、頼まれればピザだのアイスクリームだの、普通は院内では食べられないものを買ってきてくれるのだ。内臓系の病人がいない整形外科ならではの話で、もちろん医師の許可も得ている。口腔外科患者の母も、退院前日に病室のピザパーティーに参加できた。

ある日、母の公民館仲間のうち、母の親友を自認する隣家の奥さんが私に電話をかけてきて、お見舞いに行きたいと言ってきた。なにしろ入院期間は一週間、早くしないと退院しちゃうでしょ? と。電話があったことを報告すると、母は頑として面会を拒否した。

「口のまわりが浮腫んでカバみたいになってるから来なくていいって言ってよ」

たしかにカバそっくりな顔になっている。私がそのとおり伝えたら、そういう面白い顔ならなおさら見たいとのこと。そして結局、公民館仲間で母と最も親しい3人が来ることになった。そうと決まればカバはカバなりに綺麗に見せたいわけで、私に家から化粧品を持って来いとの指令が下る。

「お化粧なんかダメよ、入院患者は顔色がわかるようにファンデーション禁止!」

「あら、そうなの? それじゃいいわよ、眉墨はあるんだから」

ここでちょっと脱線。これを読んでくださっている皆さまに質問です。ひとつしかメイク道具が使えないとしたら何を選びますか? ファンデーション? アイライン? アイシャドウ? 口紅?

顔立ちによるのかも知れませんが、一般的には母のように眉を描くと良いようです。知り合いのメイクさんも「眉を上手に整えれば何とか見られるものよ」と言っていました。

そんなわけで私は化粧品の代わりに新しいパジャマを用意して病院へ行き、公民館のお友だちは同室の患者さんたちと私の分までケーキを買ってきてくれて、みんなで食べながら母のカバに似た顔と眉毛の話で盛り上がった次第である。



お婆ちゃんたちの美容とは?

現在、要介護認定を受けた被介護者のうち、9割近くが介護保険を利用している。なかでもデイサービスに通う人は多い。送迎バスで施設に行けば、ヘアカットやヘアカラーはもちろん、ネイルまでやってくれる。

今のところ我が母は通所していないのだが、いずれお世話になる日が来たら、美容サービスの充実しているところを選びたいと思う。

なぜなら、何歳になってもお洒落心を忘れないということは、人生100年を楽しむ秘訣のひとつだから。高価なアクセサリーや新しい服など必要ない。今日はどんな色を着ようか、髪の結びかたを変えようか......そういう小さなお洒落で良いのだ。

入院患者がパジャマやガウンを選ぶように、あるいは母が眉墨を持って入院したように、高齢者もそれぞれに好きなファッションや、こだわりのメイクで過ごして欲しい。コーディネイトが頓珍漢だって構わないし、トシに似合わなくても大丈夫。長い年月を女性として過ごしたお婆ちゃんたちは、お洒落を楽しむ資格をみんな持っているのだから......。


※記事の情報は2019年12月3日時点のものです。

  • プロフィール画像 小田かなえ

    【PROFILE】

    小田かなえ(おだ・かなえ)

    日本作家クラブ会員、コピーライター、大衆小説家。1957年生まれ、東京都出身・埼玉県在住。高校時代に遠縁の寺との縁談が持ち上がり、結婚を先延ばしにすべく仏教系の大学へ進学。在学中に嫁入り話が立ち消えたので、卒業後は某大手広告会社に勤務。25歳でフリーランスとなりバブルに乗るがすぐにバブル崩壊、それでもしぶとく公共広告、アパレル、美容、食品、オーディオ、観光等々のキャッチコピーやウェブマガジンまで節操なしに幅広く書き続け、娯楽小説にも手を染めながら、絶滅危惧種のフリーランスとして活動中。「隠し子さんと芸者衆―稲荷通り商店街の昭和―」ほか、ジャンルも形式も問わぬ雑多な書き物で皆様に“笑い”を提供しています。

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