【連載】人生100年時代、「生き甲斐」を創る
2021.04.06
小田かなえ
お年寄りは変化に弱い? それとも強い?
少子高齢社会となった日本で、共同体の最小単位『家族』はどこへ向かうのか。「すべてのお年寄りに笑顔を」と願う60代の女性が、超高齢の母との生活を綴ります。
体調と嗜好の切っても切れない関係
数年前に母が救急搬送されたことがある。病名は胃潰瘍。出血が多くて貧血になり、輸血と内視鏡手術のため5日間ほど入院した。これはそのときの話。
内視鏡手術の翌朝、私が病院へ行くと、まるで待ち構えていたように母が聞く。
「売店にお饅頭ないかしらねぇ」
「なんで? 」
「食べたいから」
生まれてからずっと母と同居しているが、甘いものを食べたがるのは見た記憶がない。
女学生時代には友達と一緒にあんみつ屋さんへ寄り道したと言っていたし、私が生まれて以降も、たい焼きやお団子、ケーキ等があれば食べたが、自分から欲することはなかった。以前にも書いたが、母は辛党なのである。それなのにいったいどうしたことか。
私は"何かが猛烈に食べたいときは身体がソレを必要としている"と信じている。
自分自身、いつもは別に好きではなかったレタスの、しかも芯の部分が無性に食べたくて仕方がなかったことがあり、家族の食事を作りながら、冷蔵庫でひんやり冷やしたレタスの芯をサクサクサクサク食べていた。
その数週間後に血液検査をしたら貧血だった。貧血になると冷たくて歯応えのあるものが欲しくなるらしい。私の場合はレタスの芯だったが、同じく貧血の友人は氷をガリガリ噛み砕いていた。彼女も私も、貧血が治ったら氷やレタスの芯をピタリと食べなくなったのが面白い。
母が突然、饅頭を所望したので、私は看護師さんに聞いてみた。
「いつもは好きじゃないお饅頭を食べたいって言うんですが」
「血流が悪かったせいかもね。いきなりお饅頭じゃなく、プリンあたりからなら食べていいわよ」
どうやら脳の血流が悪かったせいで糖分を求めているらしい。私はさっそく売店に走り、プリンやヨーグルトを買い込んで病室の冷蔵庫に入れた。そしてうれしそうにプリンを食べる母の横で、体調と嗜好品の関係について調べてみる。
よくあるのは疲れたときに甘いものが食べたくなるという現象。これは老若男女ほとんどの人が経験しているはずだ。
脳のエネルギー源はブドウ糖だけ。高齢になって脳の機能が衰えてくると、それを活性化させるために糖分が欲しくなるというわけ。母のように胃潰瘍で血が足りなくなったというお婆さんは少ないかも知れないが、認知症になりがちな高齢者とスイーツは相性が良いのだ。
「アタマに血が回らなくなったら困るから、甘いものを食べなきゃね!」
入院期間中ずっとそう言いながら、存分に甘味を堪能する母であった。
ところが退院後に嗜好が元に戻ったかというと、意外にも甘いもの好きは治らない。辛党から甘党に変化したのではなく、甘いものも辛いものも食べるようになったのだ。
おかげで以前は母用のおやつとしてイカの燻製や柿の種だけ買っておけば良かったのに、最近はチョコレートや和菓子、クッキーなども必要になってしまった。買い物と出費が増えたが、脳が欲しているのだと考えれば仕方ない。
脳に限らず、人間は加齢とともに食べ物の好みが変わることが多い。私と同世代の友人たちは、揚げ物が食べられなくなったと嘆く。
「天ぷらは自分で揚げてるだけで満腹になっちゃうわ」
「ああ、うちの姑も還暦を過ぎた頃に同じこと言っていた」
「トンカツとか牡蠣フライとか、美味しいんだけど途中で無理になるのよね」
「うん、分かる。豚肉でも牡蠣でも、油を使わない料理になった」
「今までは唐揚げ10個ぐらい平気だったのに、最近は5個しか食べられないの」
「それはアンタ、今までが食べ過ぎだったのよ!」
ちなみに唐揚げが5個しか食べられなくなったのは私である。
お酒好きな人だと、若い頃はビールを飲みながら食事できたのに、50代後半からビールだけでお腹いっぱいになってしまうと言う。だったらビールを控えて食事すればいいのに......と思うのだが、彼らにとってはビールが主食らしいから、その辺りは深く追及せず温かく見守りたい。
揚げ物やビールは消化器系の衰えだが、単純に歯だけが弱くなったという高齢者にとって、食べたいものを自由に食べられないのは辛いだろう。その場合は歯医者さんの出番である。最近は訪問診療の歯科もあるので、状況に応じて相談してみるとよいかも知れない。
ライフスタイルは心と連動して変化する
食べ物の好みだけではなく、年齢とともに趣味やライフスタイルが変化することもある。
知り合いのお母さんは70代で突然、読書家になったそうだ。心境の変化なのか、あるいはたまたま面白い本に出合い、そこから読書の楽しみに目覚めたのか。
また、それまでは散歩すらおっくうがっていた人が、いつの間にか登山を始めた例も知っている。私には真似できないが、50代より60代、60代より70代......どんどんアクティブになっていくのは驚きだ。
賛否両論を承知で書くと、60代後半で運転免許を取得した人もいる。
「次の更新のときは高齢者講習があるのよ」
「大丈夫なの? 私は免許返納を検討してるのに」
「だって、どうしてもこのクルマに乗りたくなったんだもん!」
彼女が乗りたくなったのは可愛い外国車。どちらかといえば慎重だった人が衝動的に動くのも高齢者の特徴なのだろうか。申し添えるが、彼女は75歳で運転をやめると言っているので、どうかご安心を。
食べ物の好みが変わるのは体調に関係するが、趣味や生活が変わるのは気持ちと連動している。
ずっと働いてきた人が退職して新たな趣味を見つけ、その趣味を通じて友達を増やし、お互いに影響を与え合いつつ、さらに別のことにも興味を抱くようになる......これは元気な高齢者の典型的なパターンだ。
逆に病を得たり怪我をしたり、不運な出来事がきっかけになって、人生の新たな目標が見えてくることもある。
どちらのケースにも言えることだが、必ずしも外交的になるのが良いというわけではない。
出歩くのを控え、ひとりの時間をのんびり楽しめるようになる......私の理想はそれだ。家の中で自由にくつろぎ、食べたいものを食べ、静かに歳を重ねていくのは、高齢者ならではの贅沢だと思っている。
そもそも昨年は人類の生活習慣が大きく変化したので、前述した登山好きの友人も山小屋に泊まるようなプランは避け、日帰りできる程度の山を選んで、小人数で行くようになった。運転免許を取得した人もひとりでドライブを楽しんでいる。
高齢者は時代の変化に対応するのが苦手だと言われるが、うちの老母も含め、大半のお年寄りが今回の新生活様式には早くからなじんだ。
「お医者さんに行かなくても薬を貰えるようになって便利だわ」
これは私の代理受診で処方箋が出るという意味。
「出前の種類が増えたんじゃない? 」
母は和洋中なんでも食べるので、私はよくデリバリーを利用している。
「マスクしてるからってアンタ、出かけるときは少しぐらいお化粧しなさいよ」
......余計なお世話である。
高齢者に限らず人間は変化する生き物だ。体調によって食べたいものが変わり、環境によって行動が変わる。だから私は思うのだ。老いることを恐れる必要はないと。
自然に任せていれば、きっと各々にふさわしい老後が待っているだろう。
※記事の情報は2021年4月6日時点のものです。
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【PROFILE】
小田かなえ(おだ・かなえ)
日本作家クラブ会員、コピーライター、大衆小説家。1957年生まれ、東京都出身・埼玉県在住。高校時代に遠縁の寺との縁談が持ち上がり、結婚を先延ばしにすべく仏教系の大学へ進学。在学中に嫁入り話が立ち消えたので、卒業後は某大手広告会社に勤務。25歳でフリーランスとなりバブルに乗るがすぐにバブル崩壊、それでもしぶとく公共広告、アパレル、美容、食品、オーディオ、観光等々のキャッチコピーやウェブマガジンまで節操なしに幅広く書き続け、娯楽小説にも手を染めながら、絶滅危惧種のフリーランスとして活動中。「隠し子さんと芸者衆―稲荷通り商店街の昭和―」ほか、ジャンルも形式も問わぬ雑多な書き物で皆様に“笑い”を提供しています。
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