【連載】仲間と家族と。
2020.03.03
ペンネーム:熱帯夜
私を創った人たちへ向けて
どんな出会いと別れが、自分という人間を形成していったのか。昭和から平成へ、そして次代へ、市井の企業人として生きる男が、等身大の思いを綴ります。
月並みな私の人生で、画面やスクリーン上に強烈な印象を残して、いまでも影響を与え続けている人物が二人いる。
一人目をテレビで観たのは1980年7月、テニスのウィンブルドン決勝。当時中学三年生だった私は夜、何気なくテレビをつけた。テニスにはそんなに興味がなかったので、見始めたときは特別な思いもなく見ていたのだが、その試合展開に徐々にひかれていった。
ウィンブルドン4連覇中のビヨン・ボルグと、アメリカの新星ジョン・マッケンローとの死闘が始まっていた。はじめのうち私は何となく、5連覇がかかっているボルグを応援していたのである。
第1セットは予想外にマッケンローが取り、おやっと思っていると、さすがはチャンピオンだった。ボルグは第2セットと第3セットを連取。これで5連覇は楽勝だと思ったら、第4セットでまさかのタイブレイク。ポイントの応酬となったこのタイブレイクをマッケンローは18-16で取り、最終セットまでもつれ込んだ。流れはマッケンローかと思いきや、最終セットはボルグが一度もブレイクを許さず勝利し、見事に5連覇を達成したのである。
試合時間は3時間55分と伝説のマッチとなった。翌日に学校があるのに私は深夜までテレビから離れられず、大興奮であった。
テレビを観ていた私の中で変化が起こった。ベースラインプレイヤーであるボルグに対し、マッケンローはサーブ&ボレーで攻める。リターンエースを決められても、ダウンザラインにパッシングショットを決められても、前へ前へとネットに詰めて、鮮やかなボレーを決める。そのプレイスタイルに15歳の私は衝撃を受けた。難攻不落の相手でも、ひたすら自らのプレイスタイルを信じ、挑んでいく姿に心を奪われた。
審判の判定にクレームを付けたり、不満が爆発すると暴言を吐いたりと、当時のマッケンローは悪童と呼ばれ、決して褒められた選手ではなかった。ただ、15歳の血気盛んな反抗期の男子にはそういう姿も正直さの表れだと映り、何度点を取られても挑んでいく姿勢に、涙すら出たことを覚えている。
1977年に日本で封切られた「ロッキー」という映画があった。
主人公のロッキー・バルボアは貧しく定職もままならない若者だったが、ひょんなことから、世界チャンピオンからの指名を受け世界タイトルマッチに挑むことになる。下馬評では圧倒的にチャンピオンが優勢。ところがふたを開けてみると、ハングリー精神と恋人への愛情の力で、何度もダウンを奪われながらも立ち上がり、パンチを浴びながらも前へ進んでいくファイティングスタイルで、チャンピオンと互角の勝負を続ける。そしてファイナルラウンドまで立っていたのである。結果は判定で辛くもチャンピオンの勝利となったが、観衆の心はすっかりロッキーに奪われていた。
かたや実際の人物であり、かたやフィクションの登場人物。まったく異なる二人であるが、今でも私の中にはこの二人の生きざまが大きな影響力を持って存在している。
人生では、それまでの経験では解決が見えない状況に陥ることがある。そんな時に、必ずと言ってよいほど、私の心に弱気な気持ちが出てくる。悪魔のささやきが聞こえるのである。「何か理由を付けて逃げた方が無難だぞ」と。
そういう時に、この二人を思い出すのである。二人とも結果は敗北した。ただそこには信念というものがあり、自分の出来うることを出し切ったのである。そして負けた。
そして奇しくも二人とも、次の対戦では勝利する。現実と映画の違いはあれど、全力で戦い、自分の信念を曲げず、真正面から向かって敗れた。そこから這い上がって、命をかけたような努力を続け、見事にリベンジをする。
人の親となった今、私はこういう姿勢を息子に教えたいと思っている。その原点がテレビで観たテニスと、ボクシングの映画だということは内緒であるが。それでも、多感な時期に私の前に現れた二人だ。私以外のとらえ方や、感じ方があるので異論もあろう。ただ、私の中では今も燦然と輝きを放つ、尊敬する二人なのである。
心が少し弱った時には、「ロッキー」を観たり1980年のウィンブルドン決勝をDVDで観る。さあ、また明日からも前に進んでいこう。
※記事の情報は2020年3月3日時点のものです。
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【PROFILE】
ペンネーム:熱帯夜(ねったいや)
1960年代東京生まれ。公立小学校を卒業後、私立の中高一貫校へ進学、国立大学卒。1991年に企業に就職、一貫して広報・宣伝領域を担当し、現在に至る。
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