【連載】仲間と家族と。
2021.09.15
ペンネーム:熱帯夜
先を読んで走る、マニュアル車のように。
どんな出会いと別れが、自分という人間を形成していったのか。昭和から平成へ、そして次代へ、市井の企業人として生きる男が、等身大の思いを綴ります。
私は車の運転が好きである。「走り屋」「レーサー」「整備士」「改造」いずれも興味はあるものの、私は違う。敢えて言えば、「車好き」なのだろう。
凄い運転技術があるわけではないが、かといってゆったりドライブというわけでもなく。そこそこの運転技術で車を動かすことが何よりも楽しい。操作しているときの充実感、車と共に遠方まで出かける楽しさ。免許を取得して約36年、いろいろな車に出合ってきた。その全ての車達が、多くの思い出と共に私の心に刻まれている。
私の若い頃は、オートマ専用免許という制度がなかったので、老若男女問わずマニュアル免許を取得していた。私が仲良くしていた先輩も同期も、マニュアル車に乗っていたので、私も最初に購入した車は自然とマニュアル車になった。現在ではマニュアルを用意している車種はかなり少なく、稀少であるが、当時は車種ごとにマニュアルとオートマが用意されていて、まだまだマニュアル車も多かった時代であった。
私が選んだのは、トヨタのスターレットという車である。形式はEP71。FF(フロントエンジン・フロントドライブ)に変わったモデルである。デートとなれば、このスターレットを駆って彼女の通う女子大まで迎えに行くのである。
女子大近くの川沿いに迎えの男子の車が並ぶのだが、お嬢様学校だったせいか迎えに来る男の車は、「ベンツ」「アウディ」「BMW」時として「ポルシェ」なんかがずらずらと。そこに国産、しかもトヨタで一番小さな車である「スターレット」が割り込むのである。
今となっては価値観も変わり、大きかったり、高級だったりが全てではないという世の中になったが、当時の未熟な若造としては羨ましい気持ちをごまかすために「自分でバイトして買った自分にとっての高級車だ!」と言い聞かせて並んでいた。
彼女もいつも「ありがとう」と言って、その後のドライブを一緒に楽しんでくれたので、心の中の正直な気持ちは今となっては分からないが、私にはそれが救いだった気がする。懐かしい思い出である。
マニュアル車の運転はとても面白い、と私は思う。何が楽しいのだろう? はっきり言って、スピードが変わる度に適切なギアに変更しなくてはならず、そのたびにシフトを動かし、クラッチを切ったりつないだり。しかも発進の際には特にクラッチとアクセル操作に気を遣う。ましてや急な坂道での発進は地獄である。オートマであれば全て車がやってくれることをやらねばならない。
運転するだけであれば、圧倒的にオートマが楽であり、効率的である。ではマニュアル車の魅力とは何なのだろう。私は、先を読んで、適切と思われる操作を準備すること、そしてこの操作が適切だったときに、なんとも言えない快感を得られること、それが魅力なのではないかと思う。
サーキットを走行するのとは異なり、一般道を運転するときには、いろいろなことを想定する。すぐ前の車だけでなく、先の車の動きや、周囲の情報、そして経験から想像できる起こりうる出来事、それらを瞬時に考えながら、適切な操作をする。そしてできるだけスムーズに運転する。その一連が上手くいっているときに安全運転が成立し、快適なドライブができる。機械任せではなく、自分の頭と身体を駆使して成し遂げることの気持ち良さがマニュアル車から得られるのだと思う。
スターレットの後もマニュアル車だけでも、トヨタ セリカGT-FOUR(ST165)、スバル レガシィRS(BC5)、スズキ カプチーノ、トヨタ アルテッツァ(SXE10)、スバル インプレッサ(GDB)、スバル インプレッサ(GRB)と乗り継いできた。本当に全てが個性的で走らせる楽しさを私に教えてくれた。
私は大学時代、テニスに真剣に取り組んでいたが、実はテニスも車の運転と通じるところがある。それはやはり「先を読む」ことである。特にシングルスの場合には、自分がサーバーであれば、サーブのコースから相手のリターンの場所を読み、そこから次の一手を考えておく。そのパターンをいくつか想定して試合に臨む。当然予期していないことも多く起こる。それはそれで練習と経験で身に付けた技術で対応していくことになるのであるが。プロ選手になると4打も5打も、ときには10打も先を読んで組み立てているそうである。この事前の「読み」がテニスの醍醐味であると、某プロテニス選手から仕事をした際にお聞きしたことがある。
車の運転とテニスの試合。共通する魅力は、「先を読む」こと。私はそう思う。56年の人生経験しか無い人間が読めることはたかが知れている。それでも、いろいろと考えて先を読むことで、多くの準備が可能になる。準備をするには経験と知識と技術が必要だ。それを可能にするような努力も大切である。加えて想定外のことが起こる。それは臨機応変に対応しつつも、同時に新しい経験となって身に付いていく。チャレンジをすれば想定外のことも増える。その繰り返しで、さらに「先を読む」力が大きくなっていくのであろう。
私に車の運転の楽しさを教えてくれた大学の先輩たち。その中のひとりの先輩の口癖である「先を読む」ということ。この言葉が私の運転の原点であり、いつの間にか仕事でも大切にしていることになっている。先の読めない時代になっていると言われて久しい。それでも私は自分なりに「先を読み」、常に謙虚に学びながら、次の一手に生かしていきたいと思う。そして身体が動く限り、マニュアル車を運転し続けたいと思う。
※記事の情報は2021年9月15日時点のものです。
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【PROFILE】
ペンネーム:熱帯夜(ねったいや)
1960年代東京生まれ。公立小学校を卒業後、私立の中高一貫校へ進学、国立大学卒。1991年に企業に就職、一貫して広報・宣伝領域を担当し、現在に至る。
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