【連載】五感で味わう、癒やしの温泉旅
2023.11.28
小松 歩
触覚――感触を楽しめる温泉
温泉にゆっくりつかって心身を休める。創造性を養うにはそんな癒やしの時間も大切です。連載「五感で味わう、癒やしの温泉旅」では、温泉ライターの小松 歩(こまつ・あゆむ)さんに、創造性を養うための五感を刺激する温泉を、3回にわたってご紹介いただきます。第1回のテーマは、「感触を楽しめる温泉」です。
はじめまして。温泉をこよなく愛する温泉ライターの小松 歩と申します。温泉の魅力にハマり早15年。今までに全国2,500か所以上の温泉に入ってきました。温泉好きが高じて、平日は入浴剤メーカーに勤務しております。
そんな私が温泉に求めるものは「湯の鮮度」。大地から湧き立てのフレッシュな温泉は、薬効も高く、お湯そのものが持つ個性が際立っています。それを五感で味わえば、充実感と満足感もひとしおです。視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚を駆使して湯に没頭することで、アグレッシブに癒やされる特別な時間。また、マインドフルネスの境地になり、創造性を養う源泉となることでしょう。かつての文豪が温泉旅館に缶詰めになり、さまざまな名著を執筆したことにもつながるような気がします。
この連載では「五感で味わう温泉」をテーマに、お湯そのものが持つ魅力で、感性が喜ぶ温泉を発信していきたいと思います。第1回のテーマは「触覚」。感触を楽しめる温泉をご紹介します。
ツルツルスベスベヌルヌル! 日本三大秘境に湧くフレッシュな温泉「和の宿 ホテル祖谷温泉」
温泉大国の日本には、約3,000か所の温泉地が存在しています。徳島県の温泉地数は、都道府県別で40位前後とかなり少ないエリア。ですが、そんな徳島県内に全国屈指の感触を楽しめる「和の宿 ホテル祖谷(いや)温泉」があります。
こちらは日本三大秘境「祖谷渓」の中にたたずむ一軒宿。県内の主要都市である徳島市内からでも車で2時間ほどかかる奥地にあり、対向車とすれ違うのもドキドキするような山道の先に建っています。
館内にも大浴場「展望風呂」がありますが、一番のおすすめは谷底にある「露天風呂」です。こちらのお風呂には、本館から専用のケーブルカーに乗り、傾斜42度の断崖を170メートル下ること約5分でたどり着きます。
露天風呂は、清々しく流れる川と、V字に切り立つ山々を望む景色。そして、聞こえるのは川の流れる音と、風が森の葉を揺らす音のみ。そんな癒やしの空間ですが、私にとっての一番の感動ポイントは温泉そのものでした。
祖谷温泉の泉質は、アルカリ性単純硫黄温泉。38℃で湧く源泉を加水・加温・循環もなくそのまま「かけ流し」で利用。まるでドラゴンボールの「魔人ブウ」のような可愛らしいフォルムの湯口から、ドバドバと湯船へ注がれています。そこからは、花の蜜のような甘い硫黄の香りが鼻を抜ける温泉のアロマテラピー。湯色は無色透明ですが、鮮度の良さから細かい気泡がキラキラと漂い、ほんのり白くにごって見えます。
この源泉の一番の特徴は「肌ざわり」。湯船に身を沈め、手のひらですくった湯を腕にすべらせると、ツルツルでスベスベでヌルヌルな感触。まるで、両手いっぱいの美容液を、惜しげもなく塗りたくったかのような贅沢なさわり心地でした。
しばらく湯につかっていると、フレッシュな気泡がびっしりとこびり付き、濃密な泡に覆われるフワフワ感もプラスされます。ツルスベヌルとフワフワの二重奏により、お湯に包まれる極上の感覚を味わっていると、あっという間に数十分が経過。感触に没頭できる癒やしのひとときでした。湯上りはそのツルスベヌル感が肌へ乗り移り、スベスベでサラサラな美肌を実感できました。
プチプチシュワシュワ! シャンパンのような炭酸泡がゴージャスな温泉「きそふくしま温泉 二本木の湯」
長野県西南部に位置する木曽町に湧く「きそふくしま温泉 二本木の湯」。宿場町の風情を残すJR木曽福島駅から、車で約10分のところにある日帰り温泉施設です。
山あいの景色に溶け込むような、平屋建ての外観が素朴で素敵です。館内は和室の休憩処や、食事処、地元の野菜などを販売している売店などがあり、観光客向けというよりは地元の方が日常的に入りに来る「普段使いの温泉」です。
浴室は、男女別の内湯のみ。5、6人ほどが入れる湯船がひとつのシンプルな作りです。こんな緑豊かな立地なのだから露天風呂があったほうがいいのでは? なんて声も聞こえてきそうですが、「内湯」こそが、源泉そのものの個性を五感で味わうには最適な環境なのです。
二本木の湯の泉質は、含二酸化炭素-カルシウム-炭酸水素塩冷鉱泉。源泉は約13℃と、一般的な水風呂より冷たいため、効率的に適温を維持するために、浴槽~ボイラー熱交換器の間でお湯を循環していますが、湯口からは源泉がかけ流し。湯口に近づくと、さわやかでピチピチとした鉄に、薄っすらと硫黄のエッセンスがブレンドされた若々しい香りが漂い、嬉しくなります。興奮してさらに近づくと、ツーンとむせかえるような炭酸が押し寄せてきますので、ご注意を。
そんな新鮮な源泉をすくって口に含むと、自然な甘さと炭酸のシュワシュワでサイダーのような味でした。また、お湯には鉄分が含まれ、黄色の半透明に濁り、炭酸の泡がプチプチと湯中に漂っているのが見て取れます。
源泉は炭酸力がとてつもなく、湯船に入り数秒で身体中大きな銀の泡でびっしりと覆われます。元気いっぱいの泡たちは、まるで生きているかのようにプチプチと肌に付いては離れ、ちょっとくすぐったいのが愛おしい感触。そんな分厚い泡付きを手で払うと、シュワシュワでサワサワな肌ざわりが極上で楽しい。少し黄色味を帯びた湯色にシュワシュワ泡が、まるで「シャンパン」のようで贅沢な湯浴みでした。
この炭酸泉は「血行促進効果」が抜群。炭酸ガスが皮膚から血中に取り込まれることで、脳が二酸化炭素を排出しなさいと指令を出し、強制的に血管拡張と血流促進につながるのだそうです。普通のお湯に比べ、炭酸泉は血流が4倍にもなる、というデータ*もあるほどの凄まじい効果。楽しい感触だけではなく、効能豊かな泉質なのですね。
* 出典:日本温泉気候物理医学会雑誌 75巻1号 p.24-26「炭酸泉の医学的効果」, 前田眞治(2011年)
ねっとりにゅるにゅる! きめ細かな泥パックでプリプリ美肌になれる「さくらさくら温泉」
鹿児島県霧島市に湧く「さくらさくら温泉」。坂本龍馬とおりょう夫婦が、新婚旅行で訪れた「霧島神宮」の近くにたたずむ温泉旅館です。
外観は和モダンで、桜と女性のロゴマークがおしゃれでポップな印象。館内には鹿児島産の黒豚料理が楽しめる和風レストランや、地元の美味しい焼酎の飲めるカウンターバーなどがあります。そのほか、広々とした敷地にはたくさんの桜の木が植えられ、別館の建物や、宿泊者用のログハウス、コテージ、ペンション棟など、和洋折衷な建物が並んでいます。
気になる温泉は、男女別の内湯、露天風呂と、貸切風呂が2つ。山の景色を一望できる露天風呂は、広い空と緑の香りを含んだ風が心地よく、いつまでも入っていたくなる癒やしの空間です。
さくらさくら温泉の泉質は、単純温泉。薄乳白色のお湯を、かけ流しで利用しています。「美肌の湯」の成分でもある硫黄は、入浴すると皮膚から吸収され、毛細血管まで行き渡り、血流を促進。メラニンを分解する作用も持ち、美白効果もあるのだそうです。また、源泉のpH(ペーハー、ピーエイチ)は、人の肌と同じ「弱酸性」。肌に余計なストレスをかけない、やさしいお湯なのです。
と、温泉そのものも素晴らしいのですが、さくらさくら温泉のハイライトは「天然泥パック」体験。この泥は、旅館から少し離れた山奥で採れたもの。源泉池の底にたまっている泥状の湯の花を人力で採取した、貴重な泥なのです。
温泉と混ざらないよう、石の箱に納まっている泥はひんやり冷たく、手ですくうと、小動物を撫でているような繊細でにゅるにゅるとした感触です。それを肌に塗ると、スーッとなめらかに伸び、すぐにしっとりとなじんできます。そんな要領で顔面含めた全身に塗りたくることで、ねっとりとした感触に包まれます。
5分ほど待つと泥が乾ききり、肌が突っ張るような感じになったら泥パック完了。ディープパープルな色合いは、宇宙人のコスプレをしているようで、なんだかテンションが上がりました。それはさておき、乾いた泥を洗い流すと、お肌はスベスベを通りこして弾力が増しプリプリに! 毛穴の汚れが取れ、きめ細かくワントーン明るくなったかのような美肌を実感できました!
ただ、天然の泥なので、毛穴の奥まで濃厚な硫黄の香りがこびり付くおまけ付き。私はこの香りが大好きなので幸せでしたが、少しの覚悟が必要です。しかし、その代償をかき消すくらいの極上な肌ざわり体験と、「高級エステ顔負け」な美肌が待っていますよ。
温泉の泉質とは?
ひとくちに温泉といっても、含有成分、温度、液性(pH)が異なり、その組成によってさまざまな色、香り、味、肌ざわりなどの個性をかたちづくっています。
温泉の泉質は、環境省が制定する「鉱泉分析法指針」により、10種類に大別されています。具体的には、含まれている化学成分の種類と含有量によって、塩化物泉、硫酸塩泉、硫黄泉などに分類され、含有成分によっては「含硫黄・硫酸塩泉」のように、2種類以上の泉質が組み合わされます。
泉質の種類 ~前編~
ここでは、全3回の本連載でご紹介する温泉の泉質を取り上げて解説します。
■硫黄泉
- 特徴:日本に比較的多い泉質。硫黄型と硫化水素型に分類され、硫化水素型はいかにも温泉らしい玉子の腐ったような香りがします。
- 温泉:和の宿 ホテル祖谷温泉、松川屋 那須高原ホテル(那須湯本温泉)、泉水館(草津温泉)
- 定義:温泉水1kg中に総硫黄が2mg以上含まれていること
- 泉質別適応症:アトピー性皮膚炎、尋常性乾癬、慢性湿疹など
■二酸化炭素泉
- 特徴:日本では大変希少な泉質。炭酸を多量に含み、入浴すると全身に大きな泡が付着して爽快感があります。また、飲用すると炭酸飲料のようなさわやかなのど越しを感じられます。
- 温泉:きそふくしま温泉 二本木の湯
- 定義:温泉水1kg中に遊離炭酸(二酸化炭素)が1,000mg以上含まれていること
- 泉質別適応症:切り傷、末梢循環障害、自律神経不安定症など
■単純温泉
- 特徴:日本で最も多い泉質。単純に含有成分の総量が少ないため、肌ざわりが柔らかく、癖がなく肌への刺激が少ない"万人受け"する温泉が多いです。
- 温泉:さくらさくら温泉(霧島温泉)
- 定義:温泉水1kg中の溶存物質量(ガス性のものを除く)が1,000mg未満で、湧出時の泉温が25℃以上のもの。また、pH8.5以上のものを「アルカリ性単純温泉」といいます。
- 泉質別適応症:自律神経不安定症、不眠症、うつ状態など
■硫酸塩泉
- 特徴:皮膚や粘膜のたんぱく質と結合することで、鎮静効果や保湿効果があり「傷の湯」といわれています。
- 温泉:古遠部温泉、大牧温泉、泉水館(草津温泉)
- 定義:温泉水1kg中に溶存物質量(ガス性のものを除く)が1,000mg以上あり、陰イオンの主成分が硫酸イオンであること
- 泉質別適応症:切り傷、末梢循環障害、冷え性など
泉質の種類 ~後編~(12月26日公開予定)に続く
※記事の情報は2023年11月28日時点のものです。
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【PROFILE】
小松 歩(こまつ・あゆむ)
大学在学中の2008年に、交通事故で頚椎を骨折。事故の後遺症のリハビリで温泉療法「湯治」を体験し、その効果から温泉に目覚める。今までの温泉入湯数は2,500か所以上。温泉で重視するのは「湯の鮮度」。鮮度の良い温泉を突き詰め「湯口」が大好きに。
温泉系の資格は、温泉ソムリエ/マスター★、温泉入浴指導員、温泉観光実践士、温泉観光士などを保有。
現在は、入浴剤メーカーに勤務する傍ら、温泉ライター/ユグチストとして活動。Webメディアでの温泉記事執筆を中心に、テレビ出演、雑誌への寄稿、大学や温泉イベントでの講演などを行う。
Instagram:https://www.instagram.com/onsen_yuguchist/
note:https://note.com/ayumukomatsu13/
X(旧Twitter):https://x.com/onsen_yuguchist
温泉会議:https://onsenmeeting.com/archives/author/komatsuayumu
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