【連載】五感で味わう、癒やしの温泉旅
2024.01.23
小松 歩
味覚・嗅覚――味と香りで楽しむ個性派温泉
飲む、香りを嗅ぐ――。味覚・嗅覚を刺激する温泉は、ひと味違った癒やしをもたらしてくれます。温泉ライターの小松 歩(こまつ・あゆむ)さんに、創造性を養うための五感を刺激する温泉をご紹介いただく連載「五感で味わう、癒やしの温泉旅」。最終回となる今回のテーマは、「味と香りで楽しむ個性派温泉」です。
こんにちは。全国2,500か所以上の温泉に入ってきた温泉ライターの小松 歩です。この連載では「五感で味わう温泉」をテーマに、お湯そのものが持つ魅力で感性が喜ぶ温泉を発信しています。最終回のテーマは「味覚・嗅覚」。味と香りで堪能できる個性的な温泉をご紹介します。
さわやかな金気が香る甘塩ダシ味 微炭酸の湯! フルーティーでレモンハイボールのような飲み口の「古遠部温泉」
秋田県との県境にある青森県の碇ヶ関(いかりがせき)エリアには、古くから残る湯治場的な一軒宿が点在しています。今回ご紹介する「古遠部(ふるとおべ)温泉」も、その一軒宿のひとつです。開湯は今から50年ほど前の1970(昭和45)年。鉱山の試掘で温泉が湧き出し、宿の歴史がスタートしました。
しかし、2023(令和5)年の春に、惜しまれつつも一度営業が終了。その後、事業継承者を公募し、多くの申し込みがあった中から選ばれた新しい経営者のもと、同年の夏に営業が再開されました。そんな、たくさんの温泉ファンに愛され続けている温泉です。
坂梨峠を縦断する国道282号から1本それ、林道を5分ほど走ると到着する古遠部温泉。山深い森の景色に溶け込むように、飾り気のないシンプルな木造の建物がたたずんでいます。まるで、田舎のおばあちゃんの家に帰ってきたかのような安心感と、ほどよく「ひなびた」風情がありますね。
お風呂は、男女別の内湯のみ。それぞれ4、5人入ればいっぱいの浴槽がひとつあります。全面に木板が張りめぐらされた浴室は、木のぬくもりがあり、素朴で落ち着いた雰囲気。湯船からは絶えず源泉があふれ出し、お風呂の床全体にザーザーと流れ込んできています。床上3センチほどは浸水している、壮観な温泉の大洪水。温泉成分の影響で、床は赤茶に変色しています。
常連のお客さんは、湯船に入り、温まったら湯があふれている床に仰向けに寝ころび、少し経ったらまた湯船に入る、をループしています。これは「トド寝」と呼ばれる過ごし方で、床に寝ころぶと、流れる温かい温泉を背中に感じられ、とても心地良く、湯冷めもせずに休憩することができます。古遠部温泉は、この「トド寝」の聖地としても知られ、足しげく通う温泉ファンも多いのです。
古遠部温泉の泉質は、ナトリウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩・硫酸塩泉。泉質名からも分かる通り、さまざまな温泉成分がバランスよく含まれた濃厚な源泉です。毎分500リットルもの量が湧出し、加水・加温・循環・消毒をせず、100%のかけ流しで提供してくれています。
ウグイス色に濁ったお湯は、鮮度抜群で活き活きとしていて元気そのもの。お湯からは、スーッと鼻を抜ける、さわやかで弾けるような金気(かなけ)が香ります。飲んでみると、甘味、塩ダシ味、鉄味、土や木材に似た重たいコク、微炭酸がバランスよくブレンドされ、まるでレモンたっぷりの「ハイボール」を飲んでいるかのような味わいです。仕事終わりにグビグビと喉に流し込みたくなる、フルーティーな美味しさでした。
私が初めて古遠部温泉を訪れたのは、今から約10年前。そこで飲んだこのハイボール感が忘れられず、お酒の席での1杯目は、いつしかビールからハイボールに変わりました。私の嗜好に影響を与えてくれた、思い出の温泉でもあります。
※飲泉は自己責任です
硫黄の香りと塩ダシ味が織りなす玉子スープ風味! 船でしか行けない湖上の一軒宿「大牧温泉」
富山県南砺(なんと)市にある大牧温泉は、庄川峡のダム湖に湧く温泉。一般車が通れる道路がなく、アクセスは船のみの本物の秘湯です。庄川沿いの小牧港から「庄川峡遊覧船」に乗り、約30分。終点の大牧港に隣接するように、一軒宿の「大牧温泉」が建っています。
雄大なダム湖と山々の風景に負けないくらいの存在感。落ち着いた和モダンなデザインの、近代的な鉄筋コンクリート造の建物は、厳しい大自然の中のオアシスのような安心感があります。
大牧温泉の開湯は1183(寿永2)年と、今から800年以上前にさかのぼります。そのころから、周辺の村落の湯治場として親しまれてきた歴史があります。1930(昭和5)年に小牧ダム建設に伴い、一度湖底に沈みますが、温泉を残したいとの願いから、源泉を川の上まで引き揚げ、すぐに復活。その後、1931(昭和6)年に温泉旅館として開業し、現在では客室約30室を誇る一大温泉旅館になりました。
そんなドラマティックな歴史を持つ大牧温泉。まずは、お食事からご紹介します。
海も山もある富山県は食材の宝庫。それをふんだんに使った会席料理を楽しむことができます。この日の夕食は、豚肉とタラの鍋、ブリ、エビ、マグロのお刺身、天ぷら、ローストポーク、白エビのつみれ、カニ、ブリの焼き物、富山産コシヒカリの炊き込みご飯などのラインナップでした。
地元の海の幸を中心に、山の幸をバランスよくミックスした、色彩豊かなメニューに舌鼓。宿では、富山産の日本酒やワインも取り揃えており、これらの料理を肴に、お酒がスイスイと進みました。
お風呂は男女合わせて計6か所。男性用大浴場(内湯)、女性用大浴場(内湯)、女性用中浴場(内湯)、男性用露天風呂、女性用露天風呂、男性用テラス風呂が、広々とした館内の各所に配置されています。山側の森の中や、庄川峡を見下ろす高台、川の流れを目の前にする河畔など、それぞれ景色や趣きが異なり、館内の湯めぐりをするのも楽しいです。
その中でも印象的だったお風呂は、「男性用テラス風呂」。ゆったり流れる庄川の目の前につくられた湯船は、大自然の臨場感を全身で感じられます。引き締まった空気と、車など人工的な音は一切ない空間は、凛とした静寂につつまれた荘厳な雰囲気。都会とは一線を画す、「非日常」に浸ることができ、日々のストレスが浄化されていくようでした。
大牧温泉の泉質は、ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉。源泉温度が約58℃と高温なので、適温にするために加水こそしていますが、鮮度を保ったまま「かけ流し」で湯船へ注ぎ込んでくれています。
無色透明のお湯には、白い湯の花がヒラヒラと舞い、その様子が「溶き卵」のようで可愛らしい。ツルツルスベスベな肌触りの奥に、キシキシと引っかかる感触は、温泉成分の複雑さを感じられます。フレッシュな源泉は、フワーっと甘い硫黄の香りが漂い、その心地よいアロマテラピーにうっとりしてしまいます。
口に含むと、硫黄の風味と、程よい甘味と塩ダシ味が醸し出す、薄めの「玉子スープ味」。そこにミネラルの「焦げた」スパイス感が味を引き立ててくれています。地元の商店街にある、昔ながらの町中華で飲む「玉子スープ」のような飾らない素朴な味わいに、なんだか心がほっこりとしました。
※飲泉は自己責任です
レモンのようなさわやかで甘酸っぱい香り! 草津で希少な自家源泉の宿「泉水館」
天下の名湯・草津温泉。もはや説明不要ですが、江戸時代の「温泉番付」から最上位に格付けされ、現在のさまざまな温泉ランキングでも1位争いをする、名実ともに日本トップクラスの温泉地です。清々しい硫黄の香りが漂う高原の温泉街は、神社や旅館、飲食店が立ち並んでいて、散策するだけでも楽しいです。
今回ご紹介する「泉水館」は、温泉街のシンボル「湯畑」から徒歩約2分の好立地。敷地内に自然湧出する「君子の湯」を持つ、草津では希少な自家源泉の宿です。
純和風の外観は落ち着いていますが、重々しくなくやさしい印象。人通りの多い温泉街にある宿ですが、入り口の大きな門をくぐると、その喧騒からワープしたかのような、閑静な雰囲気に一変します。
泉水館の創業は、今から100年以上前の1915(大正4)年。かつては50部屋以上を持つ大きな旅館として、湯治客や団体客を受け入れていたそうです。2016(平成28)年のリニューアルの際、時代の変化に合わせるように、客室を4室に絞り、静かで落ち着いて過ごせるお宿に生まれ変わりました。
敷地内には、「桐の湯」「萩の湯」「千寿の湯」と名付けられた、3か所の貸切風呂があります。館内にある「空室ランプ」で空き状況を確認し、空いていれば、その都度貸切で利用できるシステム。どの湯小屋も檜づくりで、江戸時代にタイムスリップしたかのような温泉情緒を感じられます。
敷地内に湧く「君子の湯」は、江戸時代に代表的な源泉として選ばれた「草津十二湯」のひとつに数えられる名湯です。
そんな歴史ある「君子の湯」の泉質は、酸性・含硫黄-アルミニウム-硫酸塩・塩化物泉(硫化水素型)。湧出温度は42℃で、奇跡的な適温です。そのため、加水・加温・循環・消毒をしない「完全かけ流し」で、それぞれのお風呂へ提供してくれています。
湯船では、ほんのり乳白色に色づき、入るとツルツル感のあるなめらかな感触。湧き立てのフレッシュな源泉からは、芳ばしい硫黄と、レモンのようなシトラス系の酸っぱい香りがします。
こちらの温泉は飲泉ができないため、感触と香りで楽しみます。液性(pH)は「胃液並み」の強酸性。「レモネード」のようなさわやかで甘酸っぱい香りに包まれた後の爽快感は、疲れた身体をさっぱりとリフレッシュしてくれるようでした。
草津の温泉街では、そばなどの和食はもちろん、洋食、中華といったさまざまなグルメを楽しむこともできます。宿でいただくお食事も良いですが、あえて「素泊まり」にして、温泉街で食事をするのもおすすめです。
印象的だったお店は、湯畑から西の河原公園方向へ徒歩約2分のところにある「朝ごはん午後ごはんYAMAIRO(岳彩)」。日曜日の朝は、8時30分の開店から行列ができるほどの人気店ですが、並んででも食べたいと思える草津温泉の朝食です。
メニューは、「焼鮭定食 」「目玉焼定食」「トーストセット」「あんバタートースト」「トースト&スープ」の5種類。今回は、「焼鮭定食」を注文しました。
大ぶりの焼鮭に、サラダ、目玉焼、小鉢、お新香に、炊き立てのご飯とみそ汁が並び、見た目にも豪華です。肉厚な焼鮭は、程よくアブラがのり、食べ応え充分。ほかのおかずとともに、かきこむように箸が進みます。食後のコーヒーも美味しく、おしゃれな店内で過ごす朝のひとときは、思い出に残る素敵な時間でした。
五感で感じる温泉の魅力
「五感で味わう、癒やしの温泉旅」をテーマにした連載も今回がラスト。全3回にわたり、9か所の温泉をご紹介しました。皆さんが行ってみたい温泉はありましたでしょうか。
温泉は人と同じで、似ているところがあっても、その個性は千差万別。また、私たちにも気分や調子があるように、同じ温泉でも、日によって色合いが変化したり、香りが強かったり弱かったり、入るたびに違った表情を魅せてくれます。
そんな温泉の個性を、五感を使って味わうのが私のおすすめの楽しみ方。お湯に向き合い没頭するマインドフルネスな時間は、創造力を養うための大切なひとときになると思います。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。温泉は、みんな違って、みんないい。ぜひ、五感を駆使してお湯と向き合い、皆さんにとってのお気に入りの温泉を見つけてくださいね。あぁ、温泉行きたいな。
※記事の情報は2024年1月23日時点のものです。
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【PROFILE】
小松 歩(こまつ・あゆむ)
大学在学中の2008年に、交通事故で頚椎を骨折。事故の後遺症のリハビリで温泉療法「湯治」を体験し、その効果から温泉に目覚める。今までの温泉入湯数は2,500か所以上。温泉で重視するのは「湯の鮮度」。鮮度の良い温泉を突き詰め「湯口」が大好きに。
温泉系の資格は、温泉ソムリエ/マスター★、温泉入浴指導員、温泉観光実践士、温泉観光士などを保有。
現在は、入浴剤メーカーに勤務する傍ら、温泉ライター/ユグチストとして活動。Webメディアでの温泉記事執筆を中心に、テレビ出演、雑誌への寄稿、大学や温泉イベントでの講演などを行う。
Instagram:https://www.instagram.com/onsen_yuguchist/
note:https://note.com/ayumukomatsu13/
X(旧Twitter):https://x.com/onsen_yuguchist
温泉会議:https://onsenmeeting.com/archives/author/komatsuayumu
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