【連載】SDGsリレーインタビュー
2022.08.30
山地浩さん, 田中宏さん, 金子一貴さん〈インタビュー〉
「聴こえづらい」を解決するミライスピーカー|株式会社サウンドファン 山地浩さん、田中 宏さん、金子 一貴さん
現在、日本の難聴者人口は1,400万人以上(※)と推定されています。これは日本人の約10人に1人以上が聴きづらさを感じていることになります。今後さらに高齢化が進めば、難聴人口はさらに増えていくでしょう。そうした課題の解決を目指し、「聴こえづらい」を「聴こえる」にするために生まれたのが「ミライスピーカー」です。その開発意図や仕組み、そしてSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みなどについて、開発した株式会社サウンドファンの代表取締役社長 山地浩さん、取締役 研究開発本部 本部長の田中宏さん、そして取締役 マーケティング本部 本部長の金子一貴さんにお話をうかがいました。
※日本補聴器工業会の調査結果(JapanTrak 2018)より
耳が遠い人にも聴き取りやすいといわれる
蓄音機のラッパから着想した「曲面サウンド」
──最初にミライスピーカーを開発された経緯を教えてください。
山地さん:私は2代目の社長で、佐藤和則という創業者がいます。あるとき彼の父親が難聴になり、何とかしてあげたいと思っていたところ、たまたま大学の先生から「蓄音機の音は高齢者にも聴き取りやすい」という話を聞いたそうです。蓄音機のラッパって曲面の板で構成されていますよね。佐藤はこの曲面が振動することに秘密があるのではないかと考えました。それで曲面でスピーカーを試作してみたら難聴の父親に聴きやすかった。それがミライスピーカーへと続いていく「曲面サウンド」の始まりです。
──蓄音機のラッパがミライスピーカーのヒントになったということでしょうか。
山地さん:そうなんです。蓄音機のラッパの曲面が振動して出る音が、高齢の方でも聴きやすい音になっているんじゃないかというのが佐藤の仮説でした。
金子さん:普通のスピーカーはコーン型の振動帯が前後に揺れて発音する仕組みで、これは約100年間変わっていません。でも曲面スピーカーはそれとは原理が違います。
具体的にどう違うか、ちょっと実験してみますね。左手に小さなオルゴールがあります。とても小さいオルゴールなので、音もとても小さいです。このオルゴールを下敷きに当てると、下敷きが反響して音が大きくなります。そしてこの下敷きを曲げていくと、それに従ってどんどん音量が上がります。しかも私が遠くに離れていっても聴こえる音量はほとんど変わりません。これが曲面スピーカーの原理です。
▼ミライスピーカー公式ウェブサイトの動画でも曲面サウンドの実証実験が行われています。ぜひご覧ください。
──これは驚きです。どうして振動体である下敷きが曲がるだけで音がこんなに大きくなるのでしょうか。
田中さん:音は物体の中を波で伝わるのですが、下敷きが真っ直ぐの状態では波が下敷きの中を行き来するうちに打ち消しあってわりとすぐに消えてしまう。ところが下敷きを曲げると、その波が外に向かって、大きな音が出る現象をある大学の教授が検証して理論解明しました。それを「面内波(めんないは)」と言います。
山地さん:曲がった板から音が出る現象自体はすでに知られているわけですから、我々が発見したわけではありません。ただ「曲面サウンドの音が難聴者に聴こえやすい」ということは我々が見つけたのではないかと思っています。その特長を生かして製品化したのが、このミライスピーカーです。
話し言葉が聴き取りやすい音色と、
離れても音量が下がらないのが特長
──ミライスピーカーの具体的な特長について教えていただけますか。
田中さん:これがミライスピーカーの基本となっている曲面サウンドの音が出る部分です。
──通常の曲面の振動応対だけでなく、通常のコーン型のスピーカーユニットもあるんですね。
田中さん:そうです。曲面スピーカーだけだと中高音が出過ぎて低音が弱いのでカンカンしちゃって、一緒に聴いている普通の人が聴きづらくなってしまいます。それで通常のスピーカーと同じコーン型のスピーカーユニットも付けています。人の声の帯域は曲面スピーカー部分が頑張っているんですけども、低音はあまり出ないので、そこはコーン型のスピーカーユニットから出すことでバランスを良くしています。
──曲面スピーカーには、中高域が強く出るという特徴があるのですか。
田中さん:はい、曲面スピーカーの音は中高域が強いんです。ただ人の声は中高域が中心で、その音域が非常に出しやすいのは聴き取りやすさにつながっています。また曲面スピーカーには距離による減衰が少ない、音が届く角度が広いという特長があるので、音量を上げなくても遠くまで声が届きます。
山地さん:これは空気中の音波をシミュレーション解析した図ですが、普通のスピーカーの音は前方だけが強くなっているのに対して曲面スピーカーは四方に強い波が出ています。このように音の特徴が全然違うんですね。それによってボリュームを上げなくても言葉がはっきり聴き取れるというメリットが生まれます。
──それがミライスピーカーのキャッチコピーである「音量上げずに、言葉くっきり。」ということなんですね。
山地さん:そうなんです。個人差はありますが、ミライスピーカーは我々の調べだとユーザーの大体8割以上に「聴こえが改善した」と言っていただいています。
いわゆる「いい音」ではなく
「よく聴き取れる音」を目指して
──田中さんはミライスピーカーの開発に携わる前は大手オーディオメーカーの技術者だったとうかがいました。ミライスピーカーには、特別な苦労があったのでしょうか。
田中さん:いわゆる高音質のオーディオのことをHi-Fi(ハイファイ)といいますが、Hi-Fiオーディオのスピーカーを開発している頃は、どうやって「いい音」を出すかばかりを考えていました。オーディオ的ないい音とは、原音に忠実で、低音から高音までフラットな音です。
でもミライスピーカーに携わってからはHi-Fiのことはさておきました。まずは「聴こえづらい人に聴こえる」ということだけを考えます。ですから、いわゆる「いい音」を目指していないスピーカー設計者は、私ぐらいではないでしょうか。
──具体的に「聴こえづらい人に聴こえる」ためにはどんなことをするのですか。
田中さん:人の声の帯域を重視した音にします。どれだけ人の声がきちんと遠くまで届くか。いわゆる「いい音」は聴き取りやすい音ではありません。ただしアンプに関しては、オーディオ的にいい音を作ることがすごく重要です。アンプがゆがんでいると、音の明瞭度はやっぱり落ちるんですよ。そのためアンプ部ではオーディオ的な素直ないい音を作り、それをスピーカーに送り出しています。
「ガイアの夜明け」出演で問い合わせが激増
法人向けから個人向けへ転換
──高田純次さんご出演のテレビCMが話題ですが、このCMはいつからですか。
金子さん:高田純次さんを起用したのは、2022年4月からですが、やっぱりインパクトは大きかったですね。おかげさまで「高田純次さんのスピーカー」と覚えてくださっている方も多いです。
山地さん:ミライスピーカーは今でこそテレビCMを打っていますが、創業当初は法人相手のB to Bで仕事をしていました。というのも以前の製品はもっと大きかったし、価格も15万円以上だったんです。それではなかなか個人では買えないですよね。それで主に法人に向けた営業をしていました。
──法人向けから個人向けに切り換えたのはどうしてですか。
山地さん:テレビ番組「ガイアの夜明け」で特集されたとき、個人のお客様からの反響がとても大きかったんです。電話やメールが1,000件くらい来ました。ほとんどがもっと小さくて安いものがほしいという声でした。
金子さん:ちょうど僕が入社して数日後に放映されて、電話が連日ガンガンかかってきたので大変でした。ほとんどが個人のお客様からだったので、そこに潜在的な課題があると確信しました。
──それは何年のことですか。
山地さん:「ガイアの夜明け」の放映は2018年の春です。そして今の個人向けミライスピーカーが形になり始めたのが2019年の初冬、発売が2020年5月です。
──製品化が速いですね。今まで業務用だった製品を、サイズや価格も含めて、個人用に落とし込むのは大変だったのではないですか。
田中さん:実はその前から作っていました。
──えっ?
田中さん:もともとオーディオメーカーで量産設計していたので、もっと安価でコンパクトなモデルが作れると思っていたんです。ちょうどその頃、個人で3Dプリンターを持っている優秀な構造設計担当者も入社したので、2人で相談しながら試作していました。
山地さん:私が社長になった時に面談したら、田中さんから「実はこういうのを作ってるんです」って言われたんです。喫茶店で。「じゃあ、それやって」って言いました(笑)。
──法人向けの従来品が約15万円で、今のミライスピーカーが税込みで約3万円なので5分の1ですね。
山地さん:価格も容積もちょうど5分の1ぐらいです。
──これまでに何台ぐらい販売されたのですか。
金子さん:2年ちょっとで累計で9万台を超えたぐらいです。目標は100万台です。
ミッションの「サウンドドリブン人間活性業」から
SDGsの「誰一人取り残さない」へ
──サウンドファンは会社のミッションとして「サウンドドリブン人間活性業」を掲げています。この「サウンドドリブン人間活性業」とはどういった意味なのでしょうか。
山地さん:当初は「音で世界を幸せにする」と言っていたんですけど、それだといわゆる「いい音を出すスピーカー」だって音で世界を幸せにしているわけですから、違いが出ませんよね。そこで、私たちの立ち位置をはっきりさせる、つまり「聴きづらい」ことで困っている人の役に立ちたいということを明確にするため、「サウンドドリブン人間活性業」としました。
ミライスピーカーを使って単に聴こえが改善して良かったというだけではなく、明るく前向きに生活を送れるようになったという話をよく聞きます。テレビの聴こえが良くなることで、目に輝きが戻って元気になったり、日々の行動が積極的になったという感謝のお便りもいただきます。これって素晴らしいことじゃないですか。テレビの音声というインプットがきちんとされないことで、元気がなくなったり内向的になったりすることってある。聴こえが良くなることで前向きになる人たちを少しでも増やしたいという思いを込めた言葉です。
金子さん:調べてみると日本で難聴の方は約1,400万人と、非常にたくさんいらっしゃいます。その方々が自分で難聴だと思っているかというと、意外とそうではないようです。度合いによりますが「ちょっと聴こえにくいな」程度の人だと、聴こえたふりをしてしまうのだそうです。でもそうなると家族とテレビを観ていても自分だけ内容を理解できなくて、疎外感を感じられる方もいらっしゃる。それが聴こえるようになるのは大きくて、テレビを囲んだ家族の団らんで会話が弾むようになった、というお声もいただいています。
──サウンドファンはSDGsにも取り組まれていますが、聴こえを良くすることはSDGsのゴール3「すべての人に健康と福祉を」に関わっていますね。
金子さん:聴こえの悪い方にミライスピーカーの試聴をしていただくことがあるんですが、今まで聴こえなかった音が聴こえると、本当に喜ばれるんですね。うれしくて泣いてしまう方もいらっしゃいます。
山地さん:ある高齢者施設でミライスピーカーを置いたところ、今まで施設内のイベントには来なかった入居者が来るようになったそうです。今まで来ていた方も、ただ座っていただけだった方が質問などをするようになったと。これはゴール10「人や国の不平等をなくそう」にも関わっていますし、何よりSDGsの基本的な精神である「誰一人取り残さない」に大きく寄与できているのではないかと思います。さらにSDGsのゴール11「住み続けられるまちづくりを」にも寄与したいと思っています。
大規模災害時への音声情報伝達や
日本の産業界の活性化にも
──ミライスピーカーがどうして「住み続けられるまちづくり」と関係するのですか。
山地さん:将来的には大規模災害時の地域の警報や放送などで曲面サウンドの利点が生かせるのではないか、と考えています。曲面サウンドなら広範囲で遠くまで音声を伝えることができます。東日本大震災の時には難聴者の被害率が高かったというデータがありますが、地震や津波の警報などの緊急情報は音声伝達がメインとなり、難聴者はどうしても置いてきぼりになりがちであるという課題があります。そんな課題解決のために我々の曲面サウンドがお役に立てる可能性はあると思っています。この分野には長期的なスパンで取り組んでいくつもりです。
──今後、ミライスピーカーはどんな展開を考えていますか。
山地さん:ミライスピーカーは「聴こえづらい」を「聴こえる」にするという、画期的かつ独創的で、非常に高い価値を持つ製品だと思います。聴こえの問題に国境はありませんから、その価値をきちんと伝えることができれば、ミライスピーカーのマーケットは世界中に広げられると思っています。すでに世界で特許も取得しています。
いずれはソニーの「ウォークマン」のように、このミライスピーカーが世界中を席巻するようになればいいなと思います。そういう製品って、最近の日本にはないじゃないですか。ミライスピーカーが世界で活躍する日が来れば、日本の産業界に元気を与えられるかもしれない。そんなことを考えるのは、エキサイティングで楽しいです。
──老いと共にやってくる「聴こえ」の問題は、誰にとっても身近なもの。「聴こえづらい」を「聴こえる」にするミライスピーカーが聴こえで悩んでいる世界の人々を元気にし、同時に日本の産業を元気にする未来は、そう遠くではないかもしれません。私たちもそんなミライを楽しみにしています。
※記事の情報は2022年8月30日時点のものです。
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【PROFILE】
山地浩(やまじ・ひろ)
株式会社サウンドファン 代表取締役社長。株式会社レントラックジャパン取締役、株式会社ツタヤ・ディスカス代表取締役社長、株式会社ツタヤオンライン代表取締役社長を歴任。2018年10月に株式会社サウンドファン代表取締役社長就任。 -
【PROFILE】
田中宏(たなか・ひろし)
株式会社サウンドファン 取締役研究開発本部 本部長。KENWOOD(現JVCKENWOOD)にて回路設計、技術企画部門、品質保証部門、協同エンジニアリングにて顧客向け回路担当を経て2017年8月よりサウンドファン量産開発部門に参画。 -
【PROFILE】
金子一貴(かねこ・かずき)
株式会社サウンドファン 取締役マーケティング本部 本部長。University of Wisconsin La Crosse校でMBA取得後、株式会社ニデックで、眼科医療機器の国際プロダクトマーケティング部にて、複数製品のマーケティングに従事。海外ドクターとの共同開発、製品戦略立案などを担当。2018年4月にサウンドファンに参画しマーケティング部門を立ち上げた。
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