坂口由里香のBeach Days
2024.03.26
ビーチバレーボール選手:坂口由里香
アスリートはオフの日でもグリコーゲンを満タンにしておくことが大切【坂口由里香×橋本玲子 対談 前編】
世界を舞台に奮闘しながらパリ五輪を目指すビーチバレーボール選手 坂口由里香さんと、管理栄養士/公認スポーツ栄養士の橋本玲子さんが、「アスリートと食」をテーマにトーク。前編では主にアスリートに必要な栄養素や、女性アスリートの悩みに向き合う方法について橋本さんに教えていただきました。
写真:三井 公一
運動時間とパワーレベルで変わる必要な栄養素
編集部:橋本さんはさまざまな競技で、アスリートの食事管理や栄養サポートなどをされていますが、サッカーやラグビー、バレーボールなど競技によって、食事の内容やとり方は違うものなのでしょうか。
橋本:運動時間の長い競技と、一瞬で終わってしまうような短い競技とでは、発揮するパワーの大きさが違うので、それによって身体に蓄えられているエネルギー源がどのように使われるか、というのが変わってくるんです。
例えば陸上の100m走は、一瞬で全力を発揮するような競技ですが、そのような場合は筋肉や細胞に蓄えられているエネルギー源である、アデノシン三リン酸(ATP)というものを主に使います。筋力、瞬発力が大事な競技なので、たんぱく質をいかに不足なく、バランスよくとるかが大事になってきます。
もう少し長い時間、例えば400m走や800m走のように30秒以上~3分程度で全力を発揮するようなスポーツになると、今度は筋肉に蓄えられているグリコーゲンをエネルギー源として使うので、なるべくご飯やパン、パスタなど、グリコーゲンの材料になるものが必要です。
坂口:糖質ですね。
橋本:そうですね、栄養素で言うと糖質です。さらにマラソンやトライアスロンといった、持久力を必要とする運動では、筋肉のグリコーゲンに加えて、運動時間が長くなればなるほど、脂肪をエネルギー源として使います。
肝心のバレーボールやサッカー、ラグビーといった球技スポーツは、瞬発力はもちろんのこと、さまざまな動きを繰り返し、長時間競技を続けるための持久力も欠かせないですよね。特にビーチバレーの場合は高いジャンプ力や瞬発力、素早く相手の攻撃に対応するための身体のキレも重要です。筋肉の材料となるたんぱく質や、筋肉をスムーズに動かすためのカルシウムといった栄養素が必要です。
このように種目やポジション、個々の食生活や栄養状態によって一人ひとり必要な栄養素や食事のボリュームが変わってくるので、とても5分や10分では語り切れないんです。
ただアスリートに共通して言えることは、エネルギー源となる糖質――ご飯やパン、バナナなどを普段からしっかりとれば、それが筋肉にグリコーゲンという形で蓄えられ、常にエネルギーが満タンな状態でいられるということです。
お腹いっぱい食べたいけど、明日お腹が出ちゃうんじゃないかって考えてやめちゃう
坂口:そうなんですね。満タンな状態にしておいた方がいいんですね。
橋本:オフの日に食べる量が減ったりしますか?
坂口:減りますね。動いてないと全然食べられないです。
橋本:本当に全然動かないときはそれほど食べなくてもいいんですが、アスリートは常にグリコーゲンを蓄えておきたいので、オフの日に朝ご飯を抜いたり、エネルギー源となるものを減らしてしまうことは避けた方がいい。それはどの競技も共通しています。
坂口:女子特有の悩みかもしれませんが、太るのが嫌だから減らしがちですね。ビーチバレーの選手は試合で水着になるので、そう思う選手は多いと思います。試合前日もお腹いっぱい食べたいけど、明日お腹が出ちゃうんじゃないかって考えてやめちゃうんですよね。お腹がぽよって出てたら、かっこ悪いなって。
橋本:いちばん大事なときに!
坂口:良くないことなんですね。
橋本:確かに見た目は気になると思いますが、ベストコンディションで試合に臨むためには、エネルギーが不足しないようにすることが大切です。現にラグビーやサッカーもそうですが、基本的には試合の前日からご飯などの糖質を増やすんですよ。
坂口:試合前日の朝昼晩3食でってことですか?
橋本:そうです。意識の高い選手は試合の2~3日前から揚げ物を控え、糖質をしっかりとるようにしています。例えばラグビーは午後2時半ごろに試合が始まることが多いので、朝食を食べてから、試合の約3時間前に、さらにエネルギー源となるおにぎりや、うどんなどを計画的に食べています。
坂口:2時間前までなら食べていいかなって、バナナを食べたりはしています。
橋本:2時間前でも大丈夫です。ゼリー飲料など消化・吸収の早いものを1時間前に食べる人もいます。あまり直前になると胃がもたれるので、日頃から試しておくことが大事ですね。
ホルモンのバランス、分泌量が変わったときに無理に減量しない
編集部:先ほど体型の話もありましたが、女性は生理もありますし、女性アスリートならではの悩みにはどう向き合っていけばいいのでしょうか。
橋本:人によって生理前にいろんな症状が出てくるんですが、坂口さんの場合はどうですか?
坂口:ダルくなったりとかはしますね。1週間前くらいからダルさがあって、ちょっと貧血気味にもなります。
橋本:イライラする人もいるし、ものすごく甘いものを食べたくなる人もいますね。
坂口:それもあります。
橋本:生理前は身体の中のホルモンバランスが変わるんですね。それによって、神経や筋肉にも影響を及ぼすため、アスリートによっては生理前に力を発揮できない人もいます。また、女性ホルモンの分泌量が増えると体内に水分がたまりやすくなるので、むくみで体重が1~2kg増えることがあります。
ただ、生理が終わると体重はまた元に戻るので、食事をサラダだけにするといったように無理な減量はしないようにしましょう。
坂口:2kg増えたから減らさなきゃって思わなくていいんですね。
橋本:そうなんです。むしろ、甘いものや好きなものを食べてイライラやストレスを和らげたり、自分に合った生理との付き合い方を見つけることが大切です。ビーチバレーの場合は体重制限がないと思うので。
国内外、男女を問わずアスリートのエネルギー不足が問題化
橋本:あと先ほど女子だから体重を増やしたくないって言ってましたが、実は男性アスリートも同じように思っているんですよ。
坂口:えっ、そうなんですか。
橋本:最近は体脂肪が増えるのを気にして特に糖質を控える選手が多いですね。そのことで今、国内外問わずアスリートの「利用可能エネルギー不足」が、問題になっています。利用可能エネルギー不足というのは、食事によるエネルギー摂取量から運動によって消費するエネルギー量を差し引いたもの。つまり身体機能を維持するために利用できるエネルギーのことを指します。特に女性の場合、利用可能エネルギー不足が長く続くと、無月経や骨粗しょう症を起こしやすくなり、競技パフォーマンスの低下だけでなく、健康面にも深刻な影響を与えます。
とはいえ、いつも食事のカロリーを計算するのは大変なので、体重や体脂肪率をチェックして極端な増減がないか気をつけること。特に女性アスリートはエネルギー源となる糖質や、筋肉量を維持するたんぱく質、骨を丈夫にするためのカルシウム、あとは生理で鉄が不足しやすいので、鉄をとることを意識したいですね。
坂口:自分が思っているより、多いかなってぐらいの量を食べないといけないんですね。
橋本:糖質をとると太ると思う人がいますが、当然、とり過ぎれば体脂肪として蓄えられます。しかし、アスリートの場合、激しい運動で多くのエネルギーを消費するため、主食などはしっかりとって、むしろ脂質の量に注意が必要です。外食が多いと脂っこいものが増えますし、おにぎりよりも菓子パンが好きだと気がつかないうちに脂質からカロリーをとってしまい、痩せにくくなってしまうんです。
坂口:メロンパンとかすごいカロリーですよね。でもメロンパンめっちゃ好きなんですよね......。
橋本:コンビニで買うときにカロリーを見る人は多いんですが、ぜひ脂質もチェックする習慣を身につけるといいですよ。メロンパン1個で脂質は10~15gぐらい。おにぎり1個で約1gなので、体脂肪を増やさないためにはおにぎりの方が、エネルギー源としてはおすすめです。
グルテンフリー食はパフォーマンスを上げるのか
編集部:パンの話が出ましたが、ネットなどでプロテニスプレイヤーのノバク・ジョコビッチ選手はグルテンフリーの食事をしているという情報があります。小麦製品に含まれるグルテンというのはそんなに良くないものなんでしょうか。
橋本:グルテンは小麦に含まれているたんぱく質ですが、ジョコビッチ選手の場合は医療従事者の奨めでアレルギー検査をした結果、小麦に含まれるたんぱく質に過敏に反応することが分かったようです。そのため小麦製品、グルテンを食事から除去した結果、コンディションが良くなったのだと思います。
グルテンフリーにすると痩せるといわれますが、小麦を使ったパスタやピザ、パン、クッキーなどを減らすことで、結果的に砂糖や脂質の摂取量が減り体重が減少するのだと思います。
実際に日本でもグルテンフリーを実践しているアスリートが増えましたが、小麦アレルギーだったり、もともとグルテンに過敏に反応してしまう(下痢やお腹が張るなど)人以外はグルテンフリー食にしてもあまり意味はありませんし、グルテンフリー食=パフォーマンスが上がるというデータがあるわけではないんです。
私はいつも思うんですけど、日本人アスリートにはお米があります。糖質が豊富で脂質が少ない。しかもグルテンフリー。お米を食べることは、身体づくりにもパフォーマンスの向上にも最適なんです。
プラントベースの食事が選択肢のひとつになりつつある
編集部:坂口さんはビーガン食を実践していましたよね。
坂口:そうですね、いろいろ試しました。もともと便通が悪かったので......と言っても、自分が便秘って気づいたのが遅くて、出ないときは5日くらい出なくて、でもそれが普通だと思ってたんです。20代前半のときに先輩と合宿していたら「全然トイレ行かないね」って言われて、そこで初めて便秘というのを教えてもらって(笑)。
思い返せば、食べるとすぐお腹いっぱいになるんだけど、出てないから結構苦しい。それでも食べなきゃって無理して食べてもどしちゃう、ということがありました。コロナ禍になったこともあり、自炊することが増えて、そのときにNetflixで「ゲームチェンジャー」というビーガンアスリートの番組を観たんです。
橋本:私も観ました。あれでちょっと潮目が変わりましたよね。
坂口:そうですよね。ビーガン食を実践してみたら便通が良くなったんです。体重も減って、なのに筋肉量が増えた。だから自分に合ってるんだって思って。でも、お寿司が大好きなんですよ(笑)。卵を使った茶碗蒸しも好きだから、好きなものは食べるけど、肉は大豆ミートに変えたりと、厳密にはビーガンとは言えないながらも、結構意識して2年以上やっていました。
橋本:確かに今、欧米ではベジタリアンやビーガン、あとはプラントベースといって植物性の食品を中心とした食事をするアスリートが増えています。アメリカのデータによると、アスリートの7%がベジタリアンやビーガンといわれているくらい、アスリートの食事の選択肢のひとつになっています。
環境への配慮や動物福祉など理由はさまざまですが、世界を見ると、アスリートの間でプラントベース食が増えてきているというのは事実です。ただ、競技パフォーマンスとの関係については、まだ明らかになっていないのが現状です。
坂口:日本人アスリートだとまだ「ベジタリアンなんて大丈夫なの?」って思う人が多いですよね。
動物性の食品に含まれる栄養素をどうとるかが課題
橋本:多いですね。実際、ベジタリアンやビーガンは動物性食品をとらないため、エネルギーやたんぱく質、微量栄養素などが不足しやすくなります。そのいっぽうで、よく計画を立てて食事をすれば、筋肉づくりを促し、動物性食品を食べるアスリートと同様に良いパフォーマンスを発揮できることも報告されています。
ベジタリアンやビーガンの食事は、動物性食品に多く含まれる栄養素をどうやって補うか、というところまでセットで考える必要があります。たんぱく質にしても、肉や卵に代わるたんぱく源を不足なくとらないとパフォーマンスがむしろ悪くなってしまう可能性があります。
坂口:たんぱく質はやっぱり豆でしたね。豆乳とかひよこ豆、大豆ミート、ソイプロテイン飲料とか。でもちゃんと足りているのかも分からなかったです。結構大変でした。今は肉も食べるようにしています。
橋本:あと便秘が改善された理由は、野菜や果物、豆などに含まれる食物繊維の量が増えたからでしょう。また野菜や果物は7~8割が水分なんです。ですのでプラントベース食にすることで、実は水分量も増え、便をスムーズに出してくれたのではないかと思います。
坂口:もともと、水もあんまり飲まなかったんです。もうちょっと飲んだ方がいいよって言われて。自分で意識して無理やり飲まないと、例えば練習に500mlしか持って行かなかったら、それで足りるようにうまく飲めちゃうんですよ。だから2L持って行って、ちゃんと2L飲み切るように練習して。本当に足りてなかったんだと思います。
橋本:肉を食べるようになっても、野菜や果物、豆、海藻などは、今後もぜひ積極的にとるようにしてくださいね。
※記事の情報は2024年3月26日時点のものです。
【PROFILE】橋本玲子(はしもと・れいこ)
株式会社 Food Connection 代表取締役
管理栄養士/公認スポーツ栄養士
ラグビーワールドカップ(W杯)2019で栄養コンサルティング業務を担当。2003年ラグビーW杯日本代表、サッカーJ1横浜F・マリノス(1999年~2017年)、ラグビーリーグワン・埼玉パナソニックワイルドナイツ(2005年~現在)ほか、車いす陸上選手らトップアスリートのコンディション管理を「食と栄養面」からサポート。また、ジュニア世代と保護者に向けての食育活動も行う。近著に「スポ食~世界で戦うアスリートを目ざす子どもたちに~」(ベースボールマガジン社)
https://food-connection.jp/
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【PROFILE】
坂口由里香(さかぐち・ゆりか)
小学3年生からインドアのバレーボールを始め、中学3年生で神奈川県代表選手に選出。高校3年生で神奈川県ベスト4入り、ビーチバレーはマドンナカップの神奈川県予選で優勝、全国大会で5位入賞。その後、2014年国内ツアー入賞をきっかけに本格的にビーチで活動、2018シーズンはビーチバレージャパンで決勝進出、2021年の国内ツアーでは優勝3回、準優勝1回、3位1回、2022年は開幕戦から国内で出場した大会は全て優勝し、9月の女子アジア選手権では5位入賞、10月のBeach Pro Tour モルディブ大会でも5位入賞した。勝負強さ、安定したパス、攻撃のバリエーションで、次代を担っていくプレーヤーとして注目される。
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