和のスピリッツの挑戦(前編)| 日本古来の麹の良さを活かし世界でも高評価

AUG 25, 2021

岡本晋作さん「WAPIRITS TUMUGI」クロスオーバーセンター チーフ〈インタビュー〉 和のスピリッツの挑戦(前編)| 日本古来の麹の良さを活かし世界でも高評価

AUG 25, 2021

岡本晋作さん「WAPIRITS TUMUGI」クロスオーバーセンター チーフ〈インタビュー〉 和のスピリッツの挑戦(前編)| 日本古来の麹の良さを活かし世界でも高評価 九州・大分県宇佐市に本拠を置く三和酒類。麦焼酎のトップブランドである本格焼酎「いいちこ」で全国に知られる創業63年の老舗です。同社は長年培った醸造技術を背景に、「WAPIRITS TUMUGI」でカクテルベースのスピリッツ分野に挑戦。世界的にも高い評価を得ています。ジン、ウォッカ、ラム、テキーラという世界4大スピリッツに、和のスピリッツ(WAPIRITS)で割って入ろうという三和酒類のチャレンジを成功に導いた革新と創造の秘密について、醸造チームリーダーの岡本晋作さんにうかがいました。

文:井上 健二、写真:相原 正明

麹を切り口に、新しいスピリッツの魅力を発信する

――はじめに、本格焼酎「いいちこ」のイメージが強い三和酒類が、「WAPIRITS TUMUGI(ワピリッツ ツムギ)」を造った経緯を教えてください。


若い世代の酒離れが話題になりますが、特に日本酒や焼酎といった和酒に興味を持つ若い世代は残念ながら減ってきています。弊社としても、和酒の魅力を積極的にPRする姿勢が足りなかったという反省点もあります。良い酒を造っていれば、その良さは必ず消費者に伝わるはずだという考えが根強かったのです。そうした背景から、弊社から若い世代を中心とする消費者に向けて、和酒の魅力を発信するきっかけの1つとして、「WAPIRITS TUMUGI」の開発がスタートしました。


――人気の「いいちこ」では、若い世代の興味・関心を掘り起こせないのでしょうか。


ワインなら、その魅力はレストランやワインバーのソムリエなどが伝えてくれますが、居酒屋や和食店のような、従来「いいちこ」が飲まれているシーンでは、和酒の良さを伝えてくれるパートナー的な存在が足りませんでした。


そこで注目したのが、バー業態でよく飲まれているカクテル。カクテルは若い世代にも人気ですし、バーでなら、対面でお客様と接する、知識と経験が豊富なバーテンダーが情報発信してくれます。そうしたことから、バーテンダーたちが、これまでにないカクテルベースとして興味を持ってくださるようなスピリッツとして、和酒造りで培った醸造技術を活かした「WAPIRITS TUMUGI」の開発が始まったのです。本格焼酎も、蒸留酒(スピリッツ)の一種ですが、「いいちこ」のような本格焼酎ではアルコール度数が低いため、カクテルにしたときに酒の良さが引き出せないのです。


三和酒類 「WAPIRITS TUMUGI」開発担当の岡本晋作さん三和酒類 「WAPIRITS TUMUGI」開発担当の岡本晋作さん


――では、まずはバーテンダーに「WAPIRITS TUMUGI」の良さを伝えないといけませんね。どの部分にスポットを当ててアピールしたのでしょうか。


10年ほど前、「フレーバー焼酎」というコンセプトの元、「ナチュラル フレーバー」というスピリッツを九州限定でリリースしたことがあります。その製品は必ずしも成功したとは言えなかったので、その反省を踏まえて弊社らしさを前面に押し出す新たなコンセプトとして、日本独特の「麹」を活用したスピリッツとしてアピールすることにしました。


弊社は、もともとは日本酒中心の造り酒屋です。日本酒造りで培った「麹造り」の技術を活かして1979年に発売したのが、本格焼酎「いいちこ」。そして麹を中心とした和酒造りを応用して生まれたのが、「WAPIRITS TUMUGI」です。


地元大分在住の著名なバーテンダー・佐藤昭次郎さん(日本バーテンダー協会元会長)などにも意見を頂戴しながら、経験豊かで優れた味覚の持ち主であるバーテンダーにどうやって麹の良さを伝えるかに知恵を絞りました。バーテンダーが参加する勉強会で弊社がお時間を頂戴し、日本人にとって身近であり、同じく麹を活用している味噌や醤油をイメージしてもらうと、試飲したバーテンダーから「麹の風味がする」といった反応をいただけるようになりました。


発売から6年が経過し、現在では多くのバーテンダーの方々に「WAPIRITS TUMUGI」を使っていただけるようになっています。


――国内だけではなく、「WAPIRITS TUMUGI」は世界的な評価も得ています。


はじめから賞を念頭に造ったわけではありませんが、開発当時は独自のボタニカル(植物素材)を用いるクラフトジンがブームになりつつありましたから、「海外で人気に火がついて、逆輸入される形で日本でも知名度が広がるという展開もアリかも」という期待はありました。


麹で造ったスピリッツの良さが、世界でどこまで伝わるのか、試してみたい。そんな思いでコンペティションに出品したところ、アメリカ最大の出品数を誇る「San Francisco World Spirits Competition 2020」のOther White Sprits部門で最高賞であるBest in Classを受賞し、世界70カ国から1700銘柄が集まるイギリスの「International Sprits Challenge 2020」のOther World Sprits部門ではDouble Goldを受賞するなど、思わぬ高評価を頂戴しました。


また、「WAPIRITS TUMUGI」の公式アンバサダー、「Bar BenFiddich」の鹿山博康氏には、麹文化の酒を世界に発信する活動をしていただいており、海外からの問い合わせも増えています。


2020年に国際的なコンペティションで高い評価を得た。左は「San Francisco World Spirits Competition 2020」Other White Sprits部門のBest in Class、右は「International Sprits Challenge 2020」Other World Sprits部門のDouble Gold2020年に国際的なコンペティションで高い評価を得た。左は「San Francisco World Spirits Competition 2020」Other White Sprits部門のBest in Class、右は「International Sprits Challenge 2020」Other World Sprits部門のDouble Gold


――世界の目利きは「WAPIRITS TUMUGI」のどこに惹かれているのでしょうか。


前述のコンペティションの評価では、「西欧のスピリッツにはない、独特の旨味や香りが感じられる」というコメントを頂戴しています。麹文化がない人たちにも、麹の良さが伝わっている証拠だとうれしく思っています。将来的には、(和食の)UMAMIと同じように、KOJIという言葉も世界の共通語になればいいなと思っています。




シンプルに炭酸水で割るだけでも美味しく楽しめる

――カクテルはバーで楽しむとして、自宅で「WAPIRITS TUMUGI」を美味しく楽しむ方法があったら教えてください。


スピリッツに足りない要素は、甘味と酸味です。糖類や柑橘の酸味でこの2つの要素を補うと、より複雑で奥行きのある味わいが楽しめます。


意外に面白いのが、お湯割り。これは、あるバーテンダーに教えてもらった飲み方です。お湯割りにすると、隠れていた柑橘類の香りが立ち、麹の風味もより楽しめるようになりますよ。



●自宅で手軽に楽しめるカクテルの例

レモン KOJI SOUR〔photo by @mizukudasai〕
レモン KOJI SOUR TUMUGI 30ml
トニックウォーター45ml
ソーダ45ml
レモン適量
  1. レモン1個あたりを1/8等分のくし切りにする。
  2. レモンは皮を下にして、グラス内に香りをつけるように軽く絞り入れる。
  3. グラスに氷(冷凍レモンでもOK)を入れ、TUMUGIを注ぐ。
  4. 冷やしたトニックウォーターとソーダ(炭酸水*)を注ぎ、ステア(軽く混ぜる)する。
スダチ KOJI SOUR〔photo by @higuccini〕
スダチ KOJI SOURTUMUGI 30ml
トニックウォーター+ソーダ 90ml
スダチ 1個
  1. スダチを半分にカットし、タネを取ってしっかりと絞り入れる。
  2. 氷をグラス一杯に入れ、TUMUGI、トニックウォーターとソーダ(炭酸水*)を注ぎ、ステア(軽く混ぜる)する。

*編集部コメント:トニックウォーターとソーダの代わりに、甘みのある三ツ矢サイダーやキリンレモンなどで割っても美味しくいただけました。



――「WAPIRITS TUMUGI」の鍵を握る麹について、もう少し詳しく教えてください。


まず、麹文化の歴史的な背景からお話しします。日本人は、長い年月をかけて酒を造る文化を積み上げてきました。その過程で生まれたのが、麹で酒を造る技術。その1つが日本酒であり、そこに蒸留技術を加えたのが本格焼酎です。


記録には残っていませんが、神棚に供えた稲穂にカビが生えたことから、麹の利用が始まったのではないかと個人的には考えています(*麹はカビの一種)。カビを使った酒造りは、中国から渡来したと考えられています。中国では、麦で麹を造ることが多いので麦を使った「麹」という漢字が当てられています。それに対して、明治以降、米を原料とする日本酒造りに用いる麹には、「糀」という漢字を当てるようになりました。


――酒のアルコールを造るのは、酵母ですよね。麹の役割は何でしょうか。


アルコールを造るアルコール酵母が好むのは、ブドウ糖です。アルコール酵母は、酸素が少ない環境下では、ブドウ糖を分解してアルコールと炭酸ガス(二酸化炭素)に変えるのです。


ところが、日本酒の原料となる米、本格焼酎の原料となる大麦などに多く含まれているのは、ブドウ糖ではなく、でんぷん。でんぷんは、ブドウ糖が無数に連なった作りをしています。原材料のでんぷんを分解して、ブドウ糖に変える「糖化」という大事な過程を担うのが、麹です。


和酒造りでは、水分を加えて蒸した原材料に麹を混ぜて、麹が作り出す多様な酵素により、でんぷんが分解されたところで、アルコール酵母を加えて発酵を促します。


二条大麦を精麦(穀皮などを削り取る作業)して、水に浸けて蒸したものに、麹菌を振りかけてできた大麦麹二条大麦を精麦(穀皮などを削り取る作業)して、水に浸けて蒸したものに、麹菌を振りかけてできた大麦麹


蒸し上がった大麦を冷ましながらベルトコンベアーで移動中に麹菌を平らに偏りなく散布していく蒸し上がった大麦を冷ましながらベルトコンベアーで移動中に麹菌を平らに偏りなく散布していく


これが麹菌の投入口これが麹菌の投入口


麹菌を加えた大麦は麹室(こうじむろ)に送られる。麹室は巨大な回転式のもので、高さが均等になるように調整していく。あとは麹菌の力で「大麦麹」が作られていく麹菌を加えた大麦は麹室(こうじむろ)に送られる。麹室は巨大な回転式のもので、高さが均等になるように調整していく。あとは麹菌の力で「大麦麹」が作られていく




世界で和酒だけの「並行複発酵」が豊かな風味を演出する

――では、麹ででんぷんを全てブドウ糖に変えてから、次にブドウ糖をアルコール酵母がアルコールに変えるという2段構えで酒造りは進むのですね?


そうではありません。日本酒や本格焼酎のような和酒では、その2つの工程を同時に進める「並行複発酵」という方式を取ります。並行複発酵は、和酒に代表される技術です。具体的には、麹を種付けした米や大麦などの原材料に、水とアルコール酵母を加えます(一次仕込み)。


アルコール酵母は、餌となるブドウ糖が多過ぎてもストレスになりますし、自らが生み出すアルコールの度数が高くなり過ぎても、ストレスになります。並行複発酵では、麹の多彩な酵素が、でんぷんをゆっくり少しずつブドウ糖に変えるので、並行して働くアルコール酵母のストレスが少なくなり、長く発酵活動が続けられるので、大量のアルコールが造り出せます。


ビールでは発酵期間は5日ほどでアルコール度数は5〜6%ですが、並行複発酵だと15日ほどの期間でもろみ中のアルコール度数は19%にも達します。また、長い発酵活動の間に、原材料に由来する複雑な香味をもろみに蓄えることができるため、風味豊かな酒に仕上がります。


大麦麹に水と酵母を加えて「一次仕込み」を行う大麦麹に水と酵母を加えて「一次仕込み」を行う


一次仕込みは5日間ほど。「一次もろみ」が出来上がる。これを酒母(しゅぼ)と呼ぶ一次仕込みは5日間ほど。「一次もろみ」が出来上がる。これを酒母(しゅぼ)と呼ぶ


一次もろみに、水と蒸した大麦を加えて「二次仕込み」に入る。「全麹造り」と呼ばれる製法では二次仕込みの際に、蒸した大麦の代わりに大麦麹を使い、大麦の旨味や香りをさらに奥深く引き出している一次もろみに、水と蒸した大麦を加えて「二次仕込み」に入る。「全麹造り」と呼ばれる製法では二次仕込みの際に、蒸した大麦の代わりに大麦麹を使い、大麦の旨味や香りをさらに奥深く引き出している


――日本酒で使う麹と、本格焼酎や「WAPIRITS TUMUGI」で使う麹に、違いはありますか。


麹には、たくさんの種類があります。700年代には、日本で麹を使った酒造りを行ったという記録が残っていますが、それから1200年以上の時間をかけて、安全で美味しい酒ができる麹を選別してきたと考えられます。


このうち、日本酒に用いられるのは主に黄麹、本格焼酎に用いられるのは主に黒麹と白麹です。黒麹と白麹は、琉球(現在の沖縄)から九州へ渡来したと考えられます。黒麹が突然変異して色が抜けたのが白麹。「WAPIRITS TUMUGI」にも「いいちこ」にも白麹が使われます。


黒麹と白麹が本格焼酎造りに使われるのは、発酵の過程でクエン酸を作り出すから。酸性を示すクエン酸には、雑菌の繁殖を抑える作用があるため、冷蔵技術がない時代、気温が高い九州でも酒造りが可能でした。日本酒に使う黄麹はクエン酸を作らないため、冷蔵技術がない時代には雑菌の悪影響を受けやすく、気温が高い九州で日本酒を造るのは難しかったのです。


黒麹と白麹では、クエン酸の酸っぱさが残るため、日本酒造りには向いていません。ところが、本格焼酎では蒸留の過程でクエン酸が取り除かれるので、味わいに悪影響がないのです。


――麹を用いない西欧のスピリッツは、どのように造られるのでしょうか?


カクテルベースに使われるジンやウォッカは、トウモロコシやジャガイモなどの農作物由来の高品質アルコールを蒸留して造られるものがほとんどです。


一方、ウイスキー(カクテルベースではないが、スピリッツ=蒸留酒)の主な原材料は、「WAPIRITS TUMUGI」や「いいちこ」と同じく大麦です。しかし、ウイスキー造りでは、大麦を発芽させた麦芽を原材料としています。発芽する際、麦自身が持っている酵素の力により、麦芽ではでんぷんがブドウ糖に変化していますから、麹を使わなくても、アルコール酵母の力でアルコールが造り出せるのです。ビールの主な原材料も、同じく麦芽です。


本格焼酎もウイスキーも製造に使われるのは二条大麦だが、でんぷんをブドウ糖に変化させる過程で大きな違いが生まれる本格焼酎もウイスキーも製造に使われるのは二条大麦だが、でんぷんをブドウ糖に変化させる過程で大きな違いが生まれる


※記事の情報は2021年8月25日時点のものです。


後編に続く

  • プロフィール画像 岡本晋作さん「WAPIRITS TUMUGI」クロスオーバーセンター チーフ〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    岡本晋作(おかもと・しんさく)
    三和酒類株式会社 三和研究所
    クロスオーバーセンター チーフ

    1980年 山口県の秋吉台周辺出身
    2003年 山口大学農学部生物機能科学科応用微生物学研究室での学びから発酵に興味を持ち、卒業後に様々な酒類の研究と生産を行う三和酒類へ入社
    2010年 入社後、製造部を経て、商品開発業務に携わる
    2014年 研究所商品開発課チームリーダーに就任
    2015年 「WAPIRITS TUMUGI」発売
    2017年 趣味のトライアスロンでは、合計約226kmのアイアンマン・ディスタンスで競うバラモンキング(五島長崎国際トライアスロン大会)を完走
    2020年 「WAPIRITS TUMUGI」が、アメリカの「サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション2020」においてカテゴリー最高賞であるBest in Classを受賞。イギリスの「International Sprits Challenge」のOther World Sprits部門でDouble Goldを受賞
    2021年 三和研究所クロスオーバーセンター チーフに就任

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