食
2021.08.27
岡本晋作さん「WAPIRITS TUMUGI」クロスオーバーセンター チーフ〈インタビュー〉
和のスピリッツの挑戦(後編)| 地域の農業の安定化に貢献できればうれしい
「いいちこ」で知られる創業63年の老舗、三和酒類。本格焼酎造りで長年培った醸造技術を背景に、「WAPIRITS TUMUGI」でカクテルベースのスピリッツ分野に新たに挑戦し、世界的にも高い評価を得ています。インタビュー後編では、地元名産のかぼすやミント、瀬戸内のレモンなど5種類のボタニカル(植物素材)のこと、高度な製法技術である全麹造り、減圧蒸留などについてうかがいました。
文:井上 健二、写真:相原 正明
前編はこちら
高度な醸造技術に裏付けされた「全麹造り」でクオリティーを高める
――「WAPIRITS TUMUGI」に活かされている三和酒類の醸造技術について教えてください。
醸造技術の前に、まずは原材料への徹底したこだわりがあります。私たちが造る本格焼酎の原材料となる二条大麦は、オーストラリア産。醸造に適した大麦とはどのような品質なのかを明らかにする研究を重ねた結果、収穫年度、産地、品種ごとに、大粒で麹が好むでんぷんが多いものを厳選しています。醸造に適した大麦の品種開発にも着手しており、開発した「西の星」という品種を地元大分で栽培しており、その一部は「WAPIRITS TUMUGI」にも使われています。「WAPIRITS TUMUGI」のボタニカルに関するこだわりは、後ほど語ります。
――「WAPIRITS TUMUGI」も「いいちこ」も、「全麹造り」で造られていると伺いました。「全麹造り」とは、一体どういうものなのでしょうか?
本格焼酎の原酒造りのプロセスを改めて振り返ってみましょう。まずは、蒸した大麦に麹を加えて、大麦麹を造ります。3日間の工程です。この大麦麹に水とアルコール酵母を加えて、もろみを造る「一次仕込み」を行います。アルコール酵母に、麹が分解したブドウ糖を与えて、たくさん増やすための5日間の工程です。アルコール酵母と違い、麹は酸素が少ないと生きられないので、この段階で死んでしまいますが、麹の酵素は残るので、発酵が促されるのです。
それに続くのが、「二次仕込み」。主発酵とも呼ばれます。10日間の工程です。通常、二次仕込みでは、蒸した大麦と水を加えます。麹が生み出した酵素の力と一次仕込みの過程で増殖した酵母の力により、発酵がさらに進むのです。ところが、「全麹造り」では、二次仕込みでも、一次仕込みと同じように、大麦麹と水を加えます。大麦麹だけで仕込むと、麹の香りと旨味がよりリッチで濃醇な酒が醸せるのです。
――より濃醇な酒が醸せるのに、「全麹造り」がポピュラーにならないのは、なぜですか?
麹造りは、原材料に麹を種付けした後、室(むろ)に入れて温度などを細やかに管理する必要があります。そこは、技術的な蓄積の有無がモノを言う部分です。「全麹造り」では、より多くの麹が必要となり、それだけ手間とコストが増えるため、ポピュラーになりにくいのです。
ことに大麦は、でんぷん以外にも多くのアミノ酸を含み、栄養価が高いので、麹付けをして室(むろ)に入れると発熱して高温になるため、温度管理が特に大変です。私たちは、上室と下室の2層構造にして、上室で麹造りを行い、下室はあえて何もないガランとした空間にすることで放熱を促し、温度をコントロールしています。
麹の良さを引き出す、5種類のボタニカルを厳選
――ジンのジュニパーベリーのように、スピリッツにはボタニカル(植物素材)が使われています。「WAPIRITS TUMUGI」でも、5種類のボタニカルを使っていますが、それはどういう経緯で選ばれたのでしょうか?
カクテルベースになるスピリッツですから、ボタニカルがあまり個性を主張し過ぎてはいけません。カクテルにしても、麹の風味の良さを伝えられる酒にするために、どのようなボタニカルが適切かを追求しました。40種類ほど試した結果、みかん、レモン、柚子(ゆず)、かぼす、ミントという5種類のボタニカルをピックアップしたのです。
――それぞれ産地にもこだわっていますね。
はい。私がそれぞれの産地を訪問させていただいて選びました。みかんは、甘くてコクがあると定評がある静岡県浜松市の三ケ日みかん。レモンは、日本屈指の柑橘類産地である瀬戸内海の上蒲刈島(かみかまがりじま)と下蒲刈島(しもかまがりじま/広島県呉市)のものを中心に使っています。柚子は、水はけの良い荒れた山で良いものが採れる四国山脈の山間部のものを使っています。
かぼすとミントは、地元大分県産。かぼすは、大分県でしか採れない固有の果実です。ミントにはたくさんの品種がありますが、日田市大山町産のスペアミントを取り寄せています。スペアミントは、一度大きく茂らせてから刈り取り、地下茎から出てきた小さなものを食用の飾りとして使うことが多いようです。私たちは、茂らせて従来は売り物にならなかったものを購入して使っています。その方が風味抜群なのです。
5種類のボタニカルの産地を特定する決め手になったのは、それぞれの旬の時期に安定して出荷していただけるかどうか。もっとも品質が高いときに原材料を集めて、「WAPIRITS TUMUGI」に使いたいからです。三ケ日みかんは12~1月、瀬戸内のレモンは1~2月、四国の柚子は12~1月、大分のかぼすは10~11月、日田市のミントは3~4月に採れたものを使っています。
農業は、気象など自然の影響で作柄や収穫量が大きく変わるため、ビジネス的には非常に不安定な部分がありますし、収入時期が限られます。しかし、農産物を加工して用いるというルートが確保されると、その不安定さが少しは解消されます。まだまだ微力ですが、「WAPIRITS TUMUGI」を通じて、地域の農業の安定化に貢献できるとしたら、うれしい限りです。
――和のスピリッツと銘打つからには、ワサビや山椒のように、より日本を感じさせるボタニカルが入っていても、おかしくないと思ったのですが......。
ワサビも山椒も試しましたよ。しかし、主張があまりに強過ぎて、麹本来の風味を引き立てるという「WAPIRITS TUMUGI」のコンセプトには、残念ながら合いませんでした(笑)。
「減圧蒸留」の活用で5種類のボタニカルの良さを最大限に引き出す
――5種類のボタニカルは、「WAPIRITS TUMUGI」にどのように活かされていますか?
まずは、全麹造りの原酒に原材料をそれぞれ別々に浸漬(しんせき)し、風味を十分に移します。あえて個別に浸漬するのは、原材料により、適切な浸漬時間が異なるからです。
例えば、みかんは数日間浸漬しないと風味が出てきませんが、ミントはあまり長く浸漬し過ぎると変色してしまいますから、一晩12時間ほどで引き上げます。ちなみに、ミント以外のみかん、レモン、柚子、かぼすは、いずれも皮だけを使います。これらの柑橘類の風味の多くは脂溶性であり、皮の部分に多く含まれているからです。
柑橘類から皮を?く作業は、一部は機械化できますが、人手に頼る手作業の部分もまだまだ多く、そこはマンパワーで乗り切ります。
浸漬を終えた原酒は「減圧蒸留」を行い、59%のアルコール度数にし、それを本格焼酎にブレンドして「WAPIRITS TUMUGI」を造り上げます。
――「減圧蒸留」とは、どのような技術ですか?
蒸留とは、醸造したもろみを加熱し、水とアルコールに分け、蒸発したアルコールを冷やし、度数の高いアルコールを得ること。アルコールが気化する沸点は、水の沸点よりも低いので、この差を利用するとアルコールを効率良く取り出せるのです。
そして蒸留には、常圧蒸留と減圧蒸留があります。常圧蒸留とは、通常の気圧で蒸留を行う方法。減圧蒸留は、気圧を下げて蒸留を行う方法です。減圧すると沸点が下がるため、より低い温度で蒸留が行えます。ボタニカルを減圧蒸留するのは、かぐわしい風味の元となる成分が高温で熱変性しないように取り出したいからです。
一方、原酒を造る過程では、常圧蒸留も活用しています。もろみに含まれている成分が熱変性すると、力強い風味が得られるからです。このように弊社では、原材料と目的に応じて、常圧蒸留と減圧蒸留を使い分けています。
蒸留に関して付け加えるなら、スピリッツを造る蒸留というプロセスは、常圧と減圧以前に、単式蒸留と連続式蒸留に分けられます。
単式蒸留は、もろみを1度だけ蒸留し、もろみの風味を十分に引き出す方法。連続式蒸留は、蒸留を何度か繰り返して、アルコールを純度高く取り出す方法です。「WAPIRITS TUMUGI」と「いいちこ」は、ともに単式蒸留で造られています。ジン(のベース酒)やウォッカなどスピリッツの多くは、連続式蒸留で造られています。
感性や主観ではなく、エビデンスとトータルバランスを重視する
――同じ蒸留酒のなかでも、ウイスキーは複数の原酒をブレンドして造られることがあります。「WAPIRITS TUMUGI」でも、原酒のブレンドは行われているのでしょうか?
はい。「WAPIRITS TUMUGI」も「いいちこ」も、タンクで貯蔵して落ち着かせた複数の原酒をブレンドしています。
「WAPIRITS TUMUGI」では、多数の原酒をブレンドしています。原材料、アルコール酵母、そして蒸留方法が異なる原酒を、バランスを考えながら慎重にブレンドすることで、味わいに奥行きと深みを出しているのです。原酒には、「いいちこ」と共通するものもあります。前述のように、そこへさらに5種のボタニカルベースの原酒をブレンドすることにより、最終的に「WAPIRITS TUMUGI」が生まれるのです。
――ブレンドは、長年の職人技が生きる部分ですね?
それはちょっと違いますね。日本酒造りの杜氏のイメージが強いせいでしょうか、和酒造りでは職人の勘と経験に頼る部分が大きいと誤解されがちなのですが、和酒造りは明治以降、国が主導しながらエビデンス(科学的な証拠)をベースとしたサイエンスに基づいています。日本には酒類に関する研究機関である独立行政法人酒類総合研究所(広島県東広島市)がありますが、その前身は明治時代に設立された大蔵省醸造試験所なのです。
もちろん、最終的には人が飲んで美味しいと思ってもらえるように、味覚や嗅覚といった人間の感覚を用いた「官能評価」が行われます。「WAPIRITS TUMUGI」のブレンドが決まるまでの過程では、来る日も来る日も試作品の「官能評価」を繰り返した記憶があります。決して楽な体験ではなかったので、できれば思い出したくない記憶です(笑)。
――「官能評価」はどのように行われているのですか。
評価の基準となるのは、弊社の代表作である「いいちこ25度」です。それと比較して、香り、甘味、まろやかさ、飲みやすさ、後口キレの良さといった項目で、強い(5)から弱い(1)まで5段階でトータルにバランスの善し悪しを評価します。
――「官能評価」では、ウイスキーのマスターブレンダー(ブレンドの最高責任者)や、シャンパーニュのシェフ・ド・カーブ(醸造責任者)のような存在がいらっしゃるのでしょうか?
いいえ。誰か1人に頼ってしまうと、その人が何らかの理由で不調に陥ったりした場合、品質が保てなくなります。弊社は、地元の4社の日本酒メーカーが母体になっているという歴史もあり、伝統的にいわば全員野球。少数のスタープレーヤーに頼るのではなく、美味しい酒とは何かという価値観を共有している複数の人間がクロスチェックして、品質を高めています。
そのためにも、個人の感性や主観に偏らない、客観的なエビデンスの蓄積とその有効な活用が重要になります。そうした面における創業以来の長年の蓄積があって初めて、「WAPIRITS TUMUGI」が生まれたのです。
――ご多忙のところを長時間にわたり、蒸留所のご案内をしてくださりありがとうございました。全麹造りや減圧蒸留といった老舗ならではのこだわりに、深く感銘を受けました。「WAPIRITS TUMUGI」も、「いいちこ」に負けないロングセラー商品になることを確信しています。これからも、ワクワクするようなお酒を造り続けてください。期待しています。
※記事の情報は2021年8月27日時点のものです。
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【PROFILE】
岡本晋作(おかもと・しんさく)
三和酒類株式会社 三和研究所
クロスオーバーセンター チーフ
1980年 山口県の秋吉台周辺出身
2003年 山口大学農学部生物機能科学科応用微生物学研究室での学びから発酵に興味を持ち、卒業後に様々な酒類の研究と生産を行う三和酒類へ入社
2010年 入社後、製造部を経て、商品開発業務に携わる
2014年 研究所商品開発課チームリーダーに就任
2015年 「WAPIRITS TUMUGI」発売
2017年 趣味のトライアスロンでは、合計約226kmのアイアンマン・ディスタンスで競うバラモンキング(五島長崎国際トライアスロン大会)を完走
2020年 「WAPIRITS TUMUGI」が、アメリカの「サンフランシスコ・ワールド・スピリッツ・コンペティション2020」においてカテゴリー最高賞であるBest in Classを受賞。イギリスの「International Sprits Challenge」のOther World Sprits部門でDouble Goldを受賞
2021年 三和研究所クロスオーバーセンター チーフに就任
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