【連載】SDGsリレーインタビュー
2023.05.16
山本祐也さん エシカル・スピリッツ株式会社 CEO〈インタビュー〉
世界に認められた日本発のクラフトジン。酒かすをアップサイクルした"飲む香水"で、日常にリッチな体験を
東京・蔵前を拠点とするエシカル・スピリッツは、英国・ロンドンで毎年開催される世界的なお酒の品評会「IWSC」(インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション)でも高い評価を得ている、日本発の蒸留ベンチャーです。酒かすなどの廃棄素材を活用したクラフトジンを生産し、日本酒産業の課題解決にも貢献しています。CEOの山本祐也(やまもと・ゆうや)さんは学生時代から日本酒ビジネスに関心を持ち、その情熱を絶やすことなくキャリアを積んで、2020年に同社を創業。起業までの歩みや、唯一無二のものづくり、日本酒への思いなどについてお聞きしました。
日本酒ビジネスに生かせると考え、新卒では投資銀行へ
──山本さんはエシカル・スピリッツの前に、日本酒セレクトショップ「未来日本酒店」を運営する株式会社未来酒店も創業されています。いつ頃から「酒ビジネス」に携わろうとお考えだったのですか。
さかのぼりますが、成人を迎えた大学生時代に日本酒と出合いました。酒どころである石川県の出身ということもあって、日本酒は身近な存在でしたが、事業として考えるようになったのは、大学2、3年の時です。
そもそも日本の伝統産業に興味があったんです。伝統的な古い産業とビジネスとの掛け算で、何かできることはないかと考えていました。お酒にたどり着く前は、焼き物の九谷焼や染め物の加賀友禅など、いろいろリサーチして、現地で実際にそういった産業に携わっている人に話を聞いたりもしました。
──さまざまな伝統産業がある中で目を付けたのがお酒だったのですね。
そうですね、お酒は商品としても魅力的でした。まず、スイッチングコスト*1が低い点。器をすべて九谷焼に替えるのはハードルが高いですよね。着物はそもそも着る人が限られるので、日常的に加賀友禅にスイッチするのは難しい。その点、日本酒はスイッチのハードルが低く、デリバリーのしやすさも魅力です。
*1 スイッチングコスト: 現在利用している製品やサービスなどから、代替性のある製品やサービスに乗り換える際に発生するコスト。
それから、お酒はリピート購入も見込めます。加賀友禅は一生に一度買うかどうかというくらいで、食器は欠けたら買い替えると思いますが、それでもそれほど購入頻度が高いものではありません。その点、日常的に飲む機会のあるお酒はリピート率が高く、気に入ったら繰り返し購入していただけます。
──大学時代から、仕事に関する目的意識が明確だったのですね。卒業後はすぐに起業しようと思っていたのですか。
最初から起業ありきではありませんでした。ただ、日本酒メーカーって基本的にほとんど新卒採用していないんです。自分で調べたり、地元の友人の父親が酒造メーカーの社長をしているので話を聞いたりしましたが、そもそも新卒採用の枠がないんですね。
中途採用が中心で、求められているのはビジネスでの即戦力。僕は蔵人(くらびと)の仕事はできないので、営業面で売り上げに貢献したいと考えていましたが、すぐに売り上げをつくることができる人か、外部から資金調達できる人じゃないと雇ってもらえないことが分かりました。
そこで、新卒で日本酒業界に入ることは諦め、まずは投資銀行に就職することにしました。ゆくゆくは日本酒の仕事をするために、ビジネスでの互換性があるかどうかという視点で就職活動をし、金融業界であればその経験を生かせそうだと考えたんです。銀行の仕事は大きく運用サイドか調達サイドに分けられますが、僕はスキルセットとして調達を身に付けたいと考えていたので、そちらの方に進むことにしました。
投資銀行で4年弱、経験を積んで、資金調達の流れや、ビジネスで誰がどんなことをしているのかという見取り図を理解できるようになりました。それは、その後も役立っています。
──投資銀行勤務の後に、起業されたのですか。
「伝統産業×ビジネス」を実現する前に、事業会社で経験を積みたいと考えていたので、銀行で働いた後にAKB48プロジェクトの運営会社に事業責任者として転職しました。
──銀行からエンターテインメント(エンタメ)の世界に移られるとは、ユニークなキャリアチェンジですね。
お酒と同じように個人消費に結びつくビジネスがいいなと思い、衣食やレジャーに絞って転職先を探していたところ、ちょうどAKB48プロジェクトの運営会社が新しいビジネスチームを立ち上げるところで、ご縁があって入りました。
もともとエンタメは好きでした。高校時代にはバンド活動をしたり、劇団に所属して芝居をしたこともあります。ただ、自分が表に出るよりも、舞台をつくったり役者を支えたりする側に興味があって、才能のある人を輝かせることができる場所をつくる方が自分には向いていると思っていました。
事業開発の経験を積んでから、あたためていた日本酒ビジネスの企画を形にするため、2013年9月に未来酒店を立ち上げました。当初は友人が営む酒蔵などと一緒にイベントを開くなど企画を考えるのがメインで、2014年に酒販(酒類小売業免許)を取得してから、オンラインを中心にお酒の販売を始めました。
留学先のイギリスで目の当たりにしたジン人気が新たなビジネスのヒントに
──全国の酒蔵の日本酒を販売する未来酒店に対して、エシカル・スピリッツでは酒かすなどの廃棄素材をアップサイクル*2して、オリジナルのジンをつくって販売しています。「クラフトジン」というアイデアは、どうやって生まれたのですか。
きっかけは2018年、日本酒の海外展開を考えて、イギリスのケンブリッジ大学にMBA留学したことです。現地に行ってみて分かったのですが、イギリスはジンのマーケットが非常にアツいんです。ウイスキーのイメージが強かったのですが、体感ベースでも統計を見ても、ジンを飲んでいる人が非常に多い。ジンはメジャーカテゴリーなんです。イギリスでこんなにジンが飲まれているとは驚きました。
*2 アップサイクル:本来捨てられるはずのものに新たな価値を与え、さらに価値の高いものへと生まれ変わらせるリメークの仕組み。
──市場規模で考えるとアメリカなどの方が大きそうですが、留学先はイギリスを選ばれたのですね。
確かにアメリカや香港の方がマーケットは大きいですが、プレーヤーとしてど真ん中を狙うより、付加価値のあるお酒が評価されるヨーロッパのマーケットの方に興味がありました。
価格競争に巻き込まれるよりも付加価値型の商材で勝負したいと考えているので、その点、ヨーロッパのマーケットは絶対値は低くても、伸びしろは大きいと考えました。
日本酒産業の課題だった酒かすの活用。廃棄するよりも、キャッシュ化できた方がいい
──イギリスでジン人気を目の当たりにして、そこからどのようにエシカル・スピリッツを構想されたのですか。
未来酒店の事業を通して全国の酒蔵とお付き合いする中で、酒かすの活用が日本酒業界の長年の課題となっていることを知りました。そこで、ジンの市場性と照らし合わせ、うまく掛け合わせることができるのではないかと考えたのです。
日本酒の生産過程で生み出される酒かすの活用方法を見つけられず、その多くが廃棄されてしまっている状況がありました。しかし、付き合いのある酒蔵のほとんどは目の前の売り上げをつくるのが最優先で、なかなか具体的な酒かすの活用方法までたどり着かないのです。大きい酒蔵であれば、かす問屋に買い取ってもらえますが、能登半島の奥にある小さな酒蔵まで問屋に来てもらうのは実際問題として難しい。でも、廃棄してしまうよりも、キャッシュ化できた方がいいですよね。
そこで、酒かすをジンのベーススピリッツとして活用することを思いついたんです。
──そのアイデアを形にするために、エシカル・スピリッツを立ち上げたのですね。
2020年に、思いを共有できる4人の共同発起人と一緒に立ち上げました。私は舞台をつくることはできるけど、踊ることはできません。つまり、お酒をつくることはできないので、つくることができる人たちと一緒にチームをつくることにしました。
ジンに関して深い知見を持つ蒸留責任者の山口歩夢(やまぐち・あゆむ)が中心になって、最初に開発したのが「LAST」という商品です。当初は、未来酒店で取り引きのあった鳥取の酒蔵、千代むすび酒造さんに、長野の酒蔵、真澄の酒かすを蒸留してもらったものをベーススピリッツに使用しました。
香りづけのボタニカルにはジュニパーベリー(西洋ネズの実)のほかに、ラベンダーに代表されるフローラルな香りとピンクペッパーやカルダモンを使い、さらに花椒(かしょう)のスパイシーさを加えて唯一無二のアロマに仕上げました。
──ほかにはどのような商品がありますか。
コロナ禍でビールが大量に余ってしまった問題を解決するために始まった「REVIVE(リバイブ)」シリーズがあります。飲食店で販売できずに倉庫に残ってしまっていたけれど、品質的には問題のないビールが、大量に廃棄される可能性がありました。
そこで、バドワイザーやヒューガルデンなどをたるで買い取り、ベーススピリッツにしてジンをつくることにしました。消毒液をつくることもできましたが、せっかく飲むためにつくられたのにもったいないと思ったんです。
それから「ENIGMA(エニグマ)」シリーズでは、シイタケやみりんなど、これまで考えられなかった素材を組み合わせて、小ロットで革新的なジンをつくっています。お酒が好きなスタッフが多いので、「こういう商品をつくってみたい」というアイデアは尽きないですね。
ほかにも、酒類業界以外の企業と一緒に開発している商品群もあります。
──商品はどこで生産されているのですか。
以前は自社の蒸留所がなかったので、全国にいくつかあるパートナーに委託してつくってもらっていましたが、2021年に東京都台東区の蔵前に「東京リバーサイド蒸溜所」をオープンしてからは、自社でも蒸留できるようになりました。今後、生産量を増やすために、生産拠点はさらに増やしたいと考えています。
香りによる豊かな経験を通して、リッチな時間を過ごしてほしい
──どの商品もふたを開けた瞬間にふわっと豊かな香りがしますね。
ジンは香りの飲み物でもありますから、味の質はもちろんのこと、香りによる豊かな経験を通して、日常の中でリッチな時間を過ごしてもらえたらと思っています。特に「LAST」は「飲む香水」とうたっています。「東京リバーサイド蒸溜所」では、各商品の香りを試していただくこともできます。
ベーススピリッツ由来の素材の豊かさと、独自調合のボタニカルの香りの掛け合わせは、エシカル・スピリッツの強みでもあります。
──設立から3年。順調にビジネスを拡大しているようにお見受けしますが、苦労されたことはありますか。
1番は資金調達ですね。スタートアップなので新しい市場をつくる覚悟で始めましたが、投資家からは現在の市場規模を見て「ジンはマイナー過ぎる」などと言われたりして、資金を集めるのに苦労しました。プロボノ(各分野の専門家が自身のスキルや知識を生かして行う社会貢献活動)として参加してくれていたメンバーもいますが、やりがい搾取のようなことはしたくないですし、原資が減っていく中でスタッフの給与を確保するのは簡単ではありませんでした。せっかくジンの蔵元になったのに、バックオフィスばかりやっているなという感じでしたね。
スタートアップとして大事なのは、まずは共感性だと思うので、共感してもらえるストーリーやビジネスの仕組みをしっかり確立したうえで、次のステップとして事業性を高めていこうと考えて進めてきました。
関わってくれている人に楽しさややりがいを感じてもらいながら、きちんとリターンも受け取ってもらいたいので、IPO(新規公開株式)を目指しています。投資家からの期待にもしっかり応えていきたいと思っています。
思想への共感が評価につながる
──2021年にIWSCのスピリッツ部門に出展された商品が最高賞である GOLD OUTSTANDINGを受賞。2022年にはエントリーされた4商品全てがメダルを受賞(シルバー2個、ブロンズ2個)されるなど、日本のみならず世界から注目されています。どういった点が高い評価につながっていると思われますか。
コンセプチュアルな点と、プロダクトそのものの魅力かなと思います。廃棄されてきた酒かすをアップサイクルし、その価値を循環させる蒸留プラットフォームを実現するという思想の部分に共感していただいているのではないでしょうか。それから、香りと味のクオリティーの高さも評価につながっているのだと思います。
──現在はどのようなチャネルで販売されていますか。
現在の販路は直営35%、EC15%、卸(輸出)50%です。
──輸出が半分を占めているのですね! すでに海外でも注目されていますが、今後どのように海外展開を進めていきますか。
すでにイギリスには販売拠点を設けていて、現在は個人のお客様というより、バーなど業務用の販売がメインです。フランスやドイツではイベントを中心に販売しており、アジアでも条件の合うインポーターがいれば一緒に取り組みたいと考えています。市場としては、インドも可能性があるとみています。
──落ち着いた語り口ながら、お話の内容からクラフトジンと日本酒産業への熱い思いがビシビシ伝わってきました。実際に店頭で香りのテイスティングもさせてもらいましたが、とても高揚感のある体験でした。日本生まれのエシカルなクラフトジンが、これからますます世界に広まっていくことが楽しみです!
▼エシカル・スピリッツ株式会社
https://ethicalspirits.jp/
※記事の情報は2023年5月16日時点のものです。
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【PROFILE】
山本祐也(やまもと・ゆうや)
1985年生まれ。2020年にエシカル・スピリッツを創業。それ以前は2014年より日本酒産業での取り組みをスタートし、日本酒セレクトショップ「未来日本酒店」を運営する株式会社未来酒店の代表として、「未来の基幹産業を創る」をテーマに活動してきた。一次産業である佐渡島での酒米生産、二次産業である11銘柄の委託醸造、三次産業である日本酒小売専門店経営にそれぞれ取り組む。これらを有機的につなげて運営していることが評価され、2018年に農林水産大臣により、6次産業化推進事業者として認定を受ける。日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)による「酒匠(さかしょう)」、「唎酒師(ききさけし)」の資格を持つ。
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