日本人がカバーしたジャズ・ソング   Part2(1930~1944年)【前編】

【連載】創造する人のためのプレイリスト

音楽ライター:徳田 満

日本人がカバーしたジャズ・ソング Part2(1930~1944年)【前編】

クリエイティビティを刺激する音楽を、気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドする「創造する人のためのプレイリスト」。今回は、曲名はわからなくても多くの日本人が知っている、「日本人がカバーしたジャズ・ソング」の紹介の第2弾です。中でも、1930~1944年に原曲が発表された名曲をお楽しみください。

前回は、1930年までに原曲が発表されたジャズ・ソングを日本人がカバーしたものを紹介したが、今回はその Part2。1930年以降、第2次世界大戦が終結する間際の1944年までにオリジナルが発表された作品のカバーを取り上げる。


現在でもCMに使われるなど、おなじみの名曲がずらりとそろっている。カバーするアーティストも、なるほどとうなずける人から意外な人までが登場するので、きっと楽しんでいただけるのではないだろうか。



1. ラブ・フォー・セール(Love for Sale)/弘田三枝子

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数々のミュージカルや映画音楽のための楽曲を作ったコール・ポーター(Cole Porter)が、1930年にブロードウェイで初演された「ザ・ニューヨーカーズ(The New Yorkers)」のために作詞・作曲、後にスタンダードとなるナンバー。


このミュージカルは上流階級から逸脱した(当時の)反道徳的な人間を描いており、本作の歌詞も娼婦が体(=愛)を売るという刺激的な内容であることから、公序良俗に反するとしてラジオで放送禁止となるが、それが逆にPRとなってヒット。エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)をはじめとする多くの歌手にカバーされ、近年ではトニー・ベネット(Tony Bennett)とレディ・ガガ(Lady Gaga)によるデュエットも話題を呼んだ。


また、マイルス・デイビス(Miles Davis)やオスカー・ピーターソン(Oscar Peterson)、ジョージ・シアリング(George Shearing)など、ジャズの名手たちによるインスト・バージョンも多く、エキゾチック・サウンドで知られるアーサー・ライマン(Arthur Lyman)もカバーしている。


歌詞のせいか、本国アメリカに比べると日本では歌手によるカバーはやや少なめだが、ケイコ・リーなどのジャズ・シンガーには現在でも定番曲として歌われ続けている。


中でも素晴らしいのが、弘田三枝子のバージョン。1977年発売のアルバム「イン・マイ・フィーリング」に収められたもので、鈴木宏昌や岡沢章、松木恒秀、村岡建、ラリー寿永など超一流のミュージシャンたちによる疾走感あふれる演奏に、互角以上に渡り合う弘田三枝子のヴォーカルが、当時流行していた「クロスオーバー」という言葉を思い出させる。



2. オール・オブ・ミー(All of me)/憂歌団

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ジャズ・ソングといえば誰もが頭に浮かぶと思われるのが、この曲。ジェラルド・マークス(Gerald Marks)とセイモア・シモンズ(Seymour Simons)が1931年に作詞・作曲し、ベル・ベイカー(Belle Baker)によって吹き込まれたが、ヒットしたのは翌年発表のポール・ホワイトマン(Paul Whiteman)とルイ・アームストロング(Louis Armstrong)によるレコード。


以後は、フランク・シナトラ(Frank Sinatra)、エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday)、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)、ディーン・マーティン(Dean Martin)と、名だたるシンガーたちにカバーされ、楽曲としての知名度が格段に上がった。


また、サックス奏者のジョニー・ホッジス(Johnny Hodges)をフィーチャーしたデューク・エリントン(Duke Ellington)楽団や、カウント・ベイシー(Count Basie)楽団による演奏も有名。


もちろん日本においても、新倉美子(しんくら・よしこ)、フランク永井、植木等、尾崎紀世彦、吉田美奈子、阿川泰子、小野リサなどなど、数多くの歌手にカバーされているが、今回は憂歌団が1981年にリリースしたアルバム「夢・憂歌」に収められたバージョンを紹介。


木村充揮(きむら・あつき)のいぶし銀の歌声が、軽快なアップテンポの演奏の上で軽やかにスウィングしている。内田勘太郎が奏でるアコースティック・ギターによる間奏も粋で、爽やかな夏の昼下がりを思わせる、心地よい仕上がりだ。



3. 夜も昼も(Night and Day)/原田知世


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最初に紹介した「ラブ・フォー・セール」の作者、コール・ポーター作詞・作曲によるスタンダード・ナンバー。もともとは1932年のブロードウェイ・ミュージカル「陽気な離婚(The Gay Divorce)」のために作られ、主演のフレッド・アステア(Fred Astaire)が歌った。


この曲もフランク・シナトラ、エラ・フィッツジェラルド、ヘレン・メリル(Helen Merrill)など多くのアーティストに歌われ、また演奏されているが、他のジャズ・スタンダードと異なるのは、テンプテーションズ(The Temptations)にロッド・スチュワート(Rod Stewart)、U2、エブリシング・バット・ザ・ガール(Everything But The Girl)といった、ソウル・ロック系のアーティストによくカバーされていることだ。


日本でも、これまで名前を挙げた歌手のほか、ジャズ・シンガーの先駆的存在である西城慶子、JUJU、演奏では八木正生や清水靖晃、GONTITIなどにカバーされている。ここでは原田知世が2015年に発表したアルバム「恋愛小説」からのバージョンを。デビュー当時から現在まで、不思議な透明感を失わない彼女の素直で伸びやかな歌声に、ついうっとりしてしまう。



4. イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン(It's Only a Paper Moon)/青江三奈

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この歌も、1932年に上演されたブロードウェイ・ミュージカル「グレート・マグー(The Great Magoo)」のために、ビリー・ローズ(Billy Rose)とエドガー・イップ・ハーバーグ(Edgar Yipsel "Yip" Harburg)が作詞、ハロルド・アーレン(Harold Arlen)が作曲したもので、このときは女優のクレア・カールトン(Claire Carleton)が歌った。


翌年の1933年公開の映画「当たって砕けろ(Take A Chance)」でも使われ、さらに第2次世界大戦末期、エラ・フィッツジェラルドやナット・キング・コール・トリオ(Nat King Cole Trio)のカバーで、全米に広く知られるようになる。


1973年のアカデミー賞を獲得した映画「ペーパー・ムーン(Paper Moon)」で、ポール・ホワイトマン・オーケストラ(Paul Whiteman and His Orchestra)のバージョンが使われたことで、日本での知名度もアップ。美空ひばり、江利チエミ、由紀さおり、吉田日出子、綾戸智恵など、主に女性シンガーに好んでカバーされているのは、やはりロマンチックな歌詞ゆえのことなのだろうか。


ここでは、青江三奈が1993年にリリースしたアルバム「THE SHADOW OF LOVE」に収められたカバーを。「伊勢佐木町ブルース」など演歌のイメージが強いが、ジャズ・シンガーとしても超一流であることを、ぜひ知っていただきたいと思う。



5. レイジー・ボーンズ(Lazy Bones)/吉田日出子

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Part1の「貴方とならば( I'm Following You)」の項でも少し触れたが、ジャズ・ソングを語る際に、吉田日出子と彼女が主役を演じたオンシアター自由劇場の「上海バンスキング」を忘れるわけにはいかない。1979年に初演されたこのミュージカルは、1930年代、上海に渡った日本人ミュージシャンたちの物語。劇中では、戦前にヒットしたジャズ・ソングの名曲やオリジナル曲が、演じた劇団員自身の演奏と吉田日出子の歌で次々と披露された。


往時に青春時代を過ごした俳優の殿山泰司(とのやま・たいじ)は、それらの歌を聴きながら滂沱(ぼうだ)の涙を流したという。ここで取り上げる「レイジー・ボーンズ」も劇中で歌われ、1981年に発売されたアルバム「上海バンスキング」にも収められている。


作詞ジョニー・マーサー(Johnny Mercer)、作曲ホーギー・カーマイケル(Hoagy Carmichael)のコンビで1933年に作られ、テッド・ルイス(Ted Lewis) やミルドレッド・ベイリー(Mildred Bailey)によって歌われた。その翌年の1934年には、初めて本場のジャズ・シンガーとして来日したミッヂ・ウィリアムス(Midge Williams)が、この曲を含む5曲を英語と日本語でレコーディングした。


このとき日本語詞を担当したのが、 Part1の「私の青空(My Blue Heaven)」でも触れた堀内敬三。「怠け者」の夫を妻が呆れ嘆くという原詞を踏まえつつも、そこに日本語ならではのユーモアをまぶし、なんとも絶妙な歌詞に仕立てている。また吉田日出子も、その意を十二分に汲んだ歌いまわしで、一度聴いたら忘れられない名カバーとなっている。



6. 上海リル(Shanghai Lil)/ディック・ミネ


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上記の「レイジー・ボーンズ」同様、「上海バンスキング」で吉田日出子が歌い、彼女が手本とした川畑文子もカバーしているのが、この上海リル。哀愁に満ちた曲調や、「上海帰りのリル」というアンサーソングまで作られたことなどから、日本の歌謡曲と思われがちだが、アル・ダビン(Al Dubin)作詞、ハリー・ウォーレン(Harry Warren)作曲による、れっきとしたメイド・イン・アメリカの作品である。


1933年のミュージカル映画「フットライト・パレード(Footlight Parade)」でジェイムス・キャグニー(James Cagney)やルビー・キーラー(Ruby Keeler)が歌ったのが初で、アメリカではベン・バーニー(Ben Bernie)楽団やガイ・ロンバード(Guy Lombardo)楽団などがカバーしているが、日本でのカバーが非常に多いのがこの楽曲の特徴。


日本人の琴線に触れるメロディーゆえだろう、1934年に日本で初めてカバーした唄川幸子から、江戸川蘭子、和田弘とマヒナスターズ、鶴田浩二、青江三奈、あがた森魚、松尾和子など、実に多彩な顔ぶれだ。


そしてもう一つの特徴として、この曲には複数の日本語詞がついており、川畑・吉田版は三根徳一(ディック・ミネ)、唄川・鶴田・青江・松尾版は服部龍太郎、江戸川・あがた版は名古屋宏、マヒナ版は山上路夫によるもの。同じメロディーでも歌詞が違うと印象が一変するのも、カバーならではの楽しさだ。


今回は、ディック・ミネが1935年に「ダイナ」とのカップリングでリリースしたバージョンを。 Part1と同じアーティストは避けるつもりだったが、今回、TEICHIKU RECORDSの公式YouTubeチャンネルに1930年代録音の作品が登録されたため、例外的に取り上げることにした。この時代ならではのディック・ミネの「斬新さ」を、ぜひ体感していただきたい。なお、日本語詞は自身の作ではなく、津田出之によるもの。また後年、再録音した際は服部龍太郎のものを採用している。



7. 煙が目にしみる(Smoke Gets In Your Eyes)/薬師丸ひろ子


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ここまで読まれてお気づきの方も多いかと思うが、1933年というのは、のちにスタンダードとなる楽曲が多く生まれた「当たり年」。この「煙が目にしみる」も、この年にブロードウェイで初演されたミュージカル「ロバータ(Roberta)」の劇中歌として、作詞オットー・ハルバック(Otto Harbach)、作曲ジェローム・カーン(Jerome David Kern)のコンビで作られた。


翌年の1934年にポール・ホワイトマンが録音したバージョンがチャート1位を獲得し、広く知られるようになる。また戦後の1958年にはプラターズ(The Platters)がリバイバル・ヒットさせた。


アメリカでは、他にもナット・キング・コール、フランク・シナトラ、サラ・ヴォーンなどによるヴォーカル・バージョンのほか、グレン・ミラー・オーケストラ(The Glenn Miller Orchestra)や、クリフォード・ブラウン(Clifford Brown)、チャーリー・パーカー(Charlie Parker)、コールマン・ホーキンス(Coleman Hawkins)、ソニー・ロリンズ(Sonny Rollins)などによるインスト・バージョンも数多い。


日本では、ジャズ畑の歌手はもちろん、キングトーンズや山下達郎といったソウル・R&B系のシンガーにも広く歌われている。今回は、薬師丸ひろ子が2016年にリリースしたアルバム「Cinema Songs」より。透き通るような美しい歌声が、歌詞が物語る愛のせつなさを温かく包み込んでいるかのようだ。


※記事の情報は2024年4月16日時点のものです。

後編に続く
  • プロフィール画像 音楽ライター:徳田 満

    【PROFILE】

    徳田 満(とくだ・みつる)
    昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。

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