日本人がカバーしたジャズ・ソング Part2(1930〜1944年)【後編】

APR 19, 2024

音楽ライター:徳田 満 日本人がカバーしたジャズ・ソング Part2(1930〜1944年)【後編】

APR 19, 2024

音楽ライター:徳田 満 日本人がカバーしたジャズ・ソング Part2(1930〜1944年)【後編】 クリエイティビティを刺激する音楽を、気鋭の音楽ライターがリレー方式でリコメンドする「創造する人のためのプレイリスト」。今回は、曲名はわからなくても多くの日本人が知っている、「日本人がカバーしたジャズ・ソング」の紹介の第2弾・後編です。中でも、1930~1944年に原曲が発表された名曲をお楽しみください。

Part1では、1930年までに原曲が発表されたジャズ・ソングを日本人がカバーしたものを紹介したが、今回はそのPart2。1930年以降、第2次世界大戦が終結する間際の1944年までにオリジナルが発表された作品のカバーを取り上げる。


現在でもCMに使われるなど、おなじみの名曲がずらりとそろっている。カバーするアーティストも、なるほどとうなずける人から意外な人までが登場するので、きっと楽しんでいただけるのではないだろうか。



1. サマータイム(Summertime)/森 進一


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1935年、ブロードウェイで上演されたオペラ形式のミュージカル「ポーギーとベス(Porgy and Bess)」のために、エドワード・デュボーズ・ヘイワード(Edwin DuBose Heyward)が作詞、ジョージ・ガーシュウィン(George Gershwin)が作曲したもの(ちなみにガーシュウィン自身はこの舞台を「フォーク・オペラ」と呼んでいる)。


劇中では第1幕の冒頭、生まれたばかりの赤ん坊に母親が聴かせる子守唄として使われたが、その母親を演じたアビー・ミッチェル(Abbie Mitchell)が最初に歌った歌手ということになる。


その翌年の1936年に、デビューしてまだ間もないビリー・ホリデイ(Billie Holiday)がカバーして大ヒットしたことで一躍有名になり、ジョン・コルトレーン(John Coltrane)やマイルス・デイビス(Miles Davis)、ビル・エヴァンス(Bill Evans)、エロル・ガーナー(Erroll Garner)、ルイ・アームストロング(Louis Armstrong)、エラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)、サラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)といったジャズ勢、ジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)やノラ・ジョーンズ(Norah Jones)、レイ・チャールズ(Ray Charles)、サム・クック(Sam Cooke)などのロック&ソウル勢など、幅広いジャンルで多くのアーティストにカバーされている。


もちろん日本でも数多のカバーが生まれており、前編までで名前を挙げていないアーティストでは、浜口庫之助&伊集加代子、八代亜紀、秋元順子、上原ひろみ、村治佳織、小曽根真、柳ジョージなど。本国同様、ジャンルに関係なく愛されている楽曲と言える。筆者的には、現在廃盤となっている東京スカパラダイスオーケストラのアルバム「東京スカパラダイスオーケストラLIVE」でのバージョンが印象的だ。


今回は、森進一が1985年にシングルとしてリリースしたバージョンを紹介する。もともとジャズ・シンガーに憧れていたという彼独特のハスキーボイスで、しみじみと歌われる「サマータイム」に浸っていただきたい。



2. ビギン・ザ・ビギン(Begin The Beguine)/阿川泰子

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前編で紹介した「ラブ・フォー・セール」や「夜も昼も」同様、コール・ポーター(Cole Porter)による作詞・作曲。1935年にニューヨークで上演されたミュージカル「ジュビリー(Jubilee)」で、主演女優のジューン・ナイト(June Knight)によって歌われた。


1938年にクラリネット奏者のアーティ・ショウ(Artie Shaw)がカバーしたレコードが大ヒットしたことで広く知られるようになる。多くのアーティストにカバーされており、ここまで名前を挙げていない歌手としてはビング・クロスビー(Bing Crosby)、ディオンヌ・ワーウィック(Dionne Warwick)、アンドリューズ・シスターズ(The Andrews Sisters)、トム・ジョーンズ(Tom Jones)など。


ジャンゴ・ラインハルト(Django Reinhardt)、レス・ポール(Les Paul)、アート・ペッパー(Art Pepper)、ディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie)、ベニー・グッドマン(Benny Goodman)、ミシェル・ルグラン(Michel Legrand)などによるインスト・バージョンもよく知られている。筆者のような50代以上の世代には、1981年に全英チャートで1位となったフリオ・イグレシアス(Julio Iglesias)のバージョンでこの曲を知った人が多いかもしれない。


日本でも越路吹雪、江利チエミ、梓みちよ、原信夫とシャープスアンドフラッツ、東京キューバンボーイズなど多くのカバーがある。今回は、現在シティ・ポップの歌姫として再評価が高まっている阿川泰子によるカバーを紹介。1997年リリースのアルバム「TEA FOR TWO」に収められたもので、椰子の葉が揺れる南の島で失ってしまった恋を、独特の少し舌足らずな甘い歌声で綴っている。



3. スマイル(Smile)/MISIA


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1936年公開のチャールズ・チャプリン(Charles Chaplin)監督・主演による映画「モダン・タイムス(Modern Times)」のテーマとして、チャプリン自身が作曲したもの。その後、1954年にジョン・ターナー(John Turner)とジェフリー・パーソンズ(Geoffrey Parsons)がタイトルと歌詞を加え、同年、ナット・キング・コール(Nat King Cole)などが歌ったことでスタンダードなナンバーとなり、ここに書ききれないほどの数多くのカバーを生んだ。


ナット・キング・コールの娘であるナタリー・コール(Natalie Cole)やエリック・クラプトン(Eric Clapton)、スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)、マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)など、「サマータイム」と同じくらい、ジャンルを問わず、さまざまなアーティストに愛されているバラードである。


日本でも、おそらく日本人で最初にカバーしたと思われる雪村いづみをはじめ、細野晴臣、薬師丸ひろ子、加山雄三、小野リサ、松田聖子、槇原敬之、クミコなどに歌われている。ここでは、MISIAが2011年公開の映画「friends もののけ島のナキ」の主題歌としてカバーしたバージョンを。コーラスで参加した、同年の東日本大震災で被災した子どもたちの合唱が心を打つ。



4. マイ・ファニー・ヴァレンタイン(My Funny Valentine)/土岐麻子


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1937年に上演されたブロードウェイ・ミュージカル「ベイブス・イン・アームス(Babes In Arms)」のために、作詞ロレンツ・ハート(Lorenz Hart)、作曲リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)のコンビで作られた楽曲。子役だったミッツィ・グリーン(Mitzi Green)によって歌われた。


「ベイブス・イン・アームス」は1939年に映画化(邦題は「青春一座」)されたが、このときは「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」はじめ、ロジャース&ハートによる楽曲はほとんど使われなかった。しかし、ミュージカル初演から20年後の1957年に公開されたフランク・シナトラ(Frank Sinatra)主演の映画「夜の豹(Pal Joey)」で、女優のキム・ノヴァク(Kim Novak)が歌ったことがきっかけで、シナトラはじめ多くのカバー・バージョンを生み、スタンダードになっていったと思われる。


日本でも、ここまで名前を挙げていない人を除いても、ザ・ピーナッツ、西城秀樹、上田正樹、森山良子、しばたはつみ、東儀秀樹など多くの歌手・ミュージシャンにカバーされ、インスト曲としても定番となっている。今回は、土岐麻子が2012年にリリースしたアルバム「Couleur Café Meets TOKI ASAKO STANDARDS」より。2000年代の「カバー・ブーム」の火付け役といわれる彼女の人懐っこい歌声から、「ちょっとおかしな恋人」への温かな愛が伝わってくるようだ。



5. 虹の彼方に(Over the Rainbow)/手嶌 葵


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よく知られている通り、1939年のミュージカル映画「オズの魔法使(The Wizard of Oz)」の劇中歌。作曲は前編で紹介した「イッツ・オンリー・ア・ペーパー・ムーン」と同じくハロルド・アーレン(Harold Arlen)、作詞はエドガー・イップ・ハーバーグ(Edgar Yipsel "Yip" Harburg)が単独で担当した。


主人公のドロシーを演じた、当時子役だったジュディ・ガーランド(Judy Garland)が歌い、自身最大のヒット曲となっただけでなく、同年のアカデミー歌曲賞まで受賞。世界中で知られるスタンダードとなり、2001年に投票が行われた「20世紀の名曲(Songs of the Century)」では1位に選ばれた。なお、ジュディがバイセクシャルだったことから、この歌はLBGTのテーマ・ソング的な存在にもなっている。


もちろん、ここに書ききれないほどのアーティストにカバーされている。日本に限っても、まだ紹介していないアーティストだけでも、リトル・テンポ、河村隆一、トータス松本、THE ALFEE、小田和正、今井美樹、TM NETWORK、かの香織、倍賞千恵子、大橋純子など、ジャンルや世代を問わず膨大なカバー・バージョンがあり、それはこれからも増え続けるだろう。


ここでは、手嶌葵(てしま・あおい)が2008年にリリースしたアルバム「The Rose~I Love Cinemas~」より。幼い頃からミュージカル映画が好きだったという彼女の、優しく包み込むようなヴォーカルに心癒やされる。



6. 帰ってくれたらうれしいわ(You'd Be So Nice To Come Home To)/由紀さおり


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これもコール・ポーター作詞・作曲による楽曲。1943年公開のミュージカル映画「Something To Shout About」の中で、ドン・アメチー(Don Ameche)とジャネット・ブレア(Janet Blair)によって歌われたのが最初で、同年、ダイナ・ショア(Dinah Shore)がカバーしたシングル盤が大ヒット。


さらに1955年、ヘレン・メリル(Helen Merril)とクリフォード・ブラウン(Clifford Brown)が組んだアルバム「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォート・ブラウン(原題はHelen Merrill)」で取り上げられる。当時、新進気鋭だったクインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)による絶妙なアレンジも相まって、この曲の人気が再燃。歌ものとしてはもちろん、ジャズ・プレイヤーによる秀逸なインスト・バージョンも多く生まれることとなった。


日本人によるカバーは、ペギー葉山、中本マリ、阿川泰子、ケイコ・リー、綾戸智恵、矢野沙織と、ジャズ畑中心だが、ヘレン・メリルと同様のハスキーボイスを持つ八代亜紀と青江三奈によるカバーはやはり秀逸。


今回は、由紀さおりが2013年にリリースしたアルバム「SMILE」からのバージョンを。2011年にピンク・マルティーニ(Pink Martini)とのコラボレーションで発表した「1969」が世界的評価を受けた直後ということもあるだろうが、「夜明けのスキャット」でデビューしてから40年以上経っているとは思えないほど、伸びやかで艶のある歌声が素晴らしい。ラテン調のアレンジも楽しい。



7. センチメンタル・ジャーニー(Sentimental Journey)/越路吹雪


「戦前篇」の大トリは、シャンソンの大御所、越路吹雪で締めたい。


バド・グリーン(Bud Green)とレス・ブラウン(Les Brown)の作詞、ベン・ホーマー(Ben Homer)の作曲により、レス・ブラウン楽団の楽曲として1944年に作られた。翌年、バンドの専属歌手だったドリス・デイ(Doris Day)の歌でリリースされ、ビルボードで23週にわたり1位を獲得。第2次世界大戦の終戦と時期が重なり、「感傷旅行」という歌詞の内容が出征していた人々の心情にマッチしたことも、大ヒットの要因のひとつになったと思われる。


その後、ジャズのスタンダードとなり、多くの歌手やプレイヤーにカバーされている。日本でも、ここまで挙げていない人に限っても、マーサ三宅、池真理子、いしだあゆみ、笈田敏夫、シバ、浅川マキ、ペドロ&カプリシャス、テナーサックス奏者の松本英彦など多彩なアーティストにカバーされている。


今回紹介する越路吹雪のバージョンは、デジタルミュージックやCDとしてのリリースはなく、「永遠の越路吹雪/日生劇場リサイタル'70」というDVDにしか収録されていないのだが、日本語詞(作者は不明)、歌、動きとすべてが素晴らしく、あえて紹介した次第。まさに一世一代のエンターティナーだったと改めて思う。


※記事の情報は2024年4月19日時点のものです。

  • プロフィール画像 音楽ライター:徳田 満

    【PROFILE】

    徳田 満(とくだ・みつる)
    昭和映画&音楽愛好家。特に日本のニューウェーブ、ジャズソング、歌謡曲、映画音楽、イージーリスニングなどを好む。古今東西の名曲・迷曲・珍曲を日本語でカバーするバンド「SUKIYAKA」主宰。

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