おむつからアウトプット、人も自然も全てが循環する世界をつくりたい

【連載】SDGsリレーインタビュー

松坂愛友美さん DYCLE(ダイクル)共同代表〈インタビュー〉

おむつからアウトプット、人も自然も全てが循環する世界をつくりたい

ドイツ・ワイマールのバウハウス大学でパブリックアートを専攻していた松坂愛友美さんは、2015年にベルリンで100%堆肥(たいひ)化できるおむつの中敷きを開発するスタートアップ企業「DYCLE(ダイクル)」を設立しました。おむつの中敷き、おむつカバー、バケツ、炭の粉の1セットをおむつセットとして提供し、乳児の排出物を堆肥化した土を使って木を植えるという循環システムを生み出す活動を行っています。おむつを通して、その先にある未来の姿を捉えた画期的なビジョンについて語ってもらいました。

文/宮沢香奈
写真/Chihiro Lia Ottsu

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パブリックアートの世界から、土にかえるおむつ開発へと転身

――初めに、DYCLEの主な活動内容を教えてもらえますか。


まず、DYCLEとは「Diaper(おむつ)」と「Cycle(循環)」を組み合わせた造語です。地元の工場から出た麻の副産物を原料としたおむつの中敷きを生産しています。使用済みとなったおむつの中敷きを土の中に埋めて、100%堆肥化できるように化学製品は一切使用していません。この中敷きと、洗って使える布製のおむつカバー、使用済みおむつを入れるバケツ容器、炭の粉が1セットとなったおむつセットを、乳児のいる家族へサブスクリプション(定額課金)制で提供しています。


炭の粉には微生物が含まれているので、排出物と中敷きを混ぜることによって生分解を促します。バケツがいっぱいになったら、協力先である地域のファミリーセンターへ持参してもらい、人糞堆肥を作る資格をコンポスト会社へと運びます。堆肥は約1年で出来上がり、サービスを利用した家族や協力団体などに提供して、木を植えるときに使用してもらっています。数年後には木の実が育ち、そこからジャムなどの加工食品を作り、販売も考えています。こうした一連の流れから新たな雇用や売り上げにつなげて、地域活性化にも役立てる好循環の仕組みをつくり出すのです。


DYCLEのおむつセット。使い方はオンラインでのサポートが受けられる。近所の参加家族同士で教え合うこともあるというDYCLEのおむつセット。使い方はオンラインでのサポートが受けられる。近所の参加家族同士で教え合うこともあるという


――松坂さんは、DYCLEを設立する前にはアーティストとして活動されていたんですよね。異分野への転身ですが、きっかけはなんだったのですか。


フィンランドの森でコンポストトイレを使用したときに、掃除をするために溜まった排出物を土の中に埋めたんです。その時に周辺にブルーベリーがたくさん実っているのを発見して、ある発想が浮かびました。私たちが毎日食べているヨーグルトに入っているブルーベリーの、消化されなかった種がそのまま排出物となり、森に埋めることで土にかえり、そこから苗が生えてきて実となって、自分の体の中から出たものから植物が育つ――実際にそんなことはあり得るのか? という考えが浮かび、ゾワゾワっとしました。そこから、アート活動以外でもいろんな人が参加できるプロジェクトを始動させたいと思うようになったんです。そこで行き着いたのがDYCLEです。


――アーティスト活動においても、自然界の生態系に関連したプロジェクトに携わっていたと聞きました。以前から廃棄処分や大気汚染といった環境問題に関心があったのでしょうか。


問題意識があったというよりは、価値がなくなってしまったものから何が作れるのかということにフォーカスし、それをパブリックアートとして表現してきました。もともと果物を採取したり、バルコニーでバジルを育てたり、植物を育てることが好きだったんです。2006年ごろには自宅のバルコニーの片隅でミミズコンポストも作っていました。当時は、ミミズに餌(えさ)をあげながらペットを飼っている気分で気軽にやっていました。


――DYCLEの活動は最初はおむつではなく、土作りからスタートしたんですよね。専門的な知識はどこで得たのでしょうか。


土作りはアーティスト活動の一環としてすでに行っていましたし、植物を育てるためには良質な土が必要ということも分かっていました。DYCLEでは「黒い土」という意味を持つ「テラプレタ(Terra Preta)」という土を作り、使用しています。テラプレタとは、アマゾン流域の原住民たちが住んでいた土地の一部に存在する肥沃(ひよく)で植物がよく育つ土のことですが、テラプレタを研究しているドイツ人生物学者の先生たちから個人的に学び、知識を得ました。


DYCLEは生ゴミからテラプレタを作る活動も6年近く行っているDYCLEは生ゴミからテラプレタを作る活動も6年近く行っている




乳児にも土にも地球環境にも良い影響

――おむつを作るアイデアに至ったのは、乳児を持つ親たちがおむつの廃棄処分に関して問題を抱えていることを知ったからですよね。


そうですね。プラスチックを使わない、買わないようにしている意識の高い人も多いドイツですが、赤ちゃんが生まれたらそんなことは言っていられないですよね。忙しい日々の中で紙おむつを使わないとやっていけないのが現実です。赤ちゃん1人が生まれてからおむつを必要としなくなるまでの紙おむつの消費量は5,000枚にもなります。それを懸念し、布おむつを使おうと頑張っているご家庭がいる中で、その苦労がほとんど報われていないと思ったんです。


そこで、毎回おむつを替える度に出てくる赤ちゃんの排出物をマテリアル化できないかと考えました。使用済みおむつを堆肥化できたら廃棄処分を気にする必要もなく、罪悪感も生まれず、親たちの手助けになると思ったのです。


母乳しか飲んでいない赤ちゃんや、オーガニックや添加物の少ない離乳食を食べている乳児の排出物なら、大人の排出物よりキレイですし、良質な土に変えやすいという確信がありました。ただ、そこで問題となったのが堆肥化できるおむつが市場になかったことです。そこで、自分たちでおむつの中敷きを作ることにしました。


――オーガニック先進国であるドイツでは食事にこだわっている人も多いと思いますが、やはりオーガニックなものを食べている人の排出物の方が良質なのでしょうか。


食材を全てオーガニックにするのは経済的な理由もありますし、いろんな考えがあるので、一概に"するべきです!"とは言えません。ただ、基本的に授乳中のお母さんは体に良いものを食べ、健康に気を遣っています。健康な体から出る母乳を飲んでいる乳児の排出物は良質になりますし、健康体であれば薬に頼ることもないので、ケミカルなものが含まれていません。そうした排出物には、イースト菌などがたくさん含まれるなどのメリットもあります。授乳中のお母さんは苦労が絶えないと思いますが、健康に気を遣うことによって、乳児にも土にも地球環境にも良い影響を与えることができるのです。


良質の土壌をたくさん作ることができたら、オーガニックファームの収穫率も上がり、より多くの人がより買いやすい値段で良質な食材が手に入れられることにもつながります。


テラプレタ堆肥。この堆肥に興味を示すオーガニック農家も増えてきたというテラプレタ堆肥。この堆肥に興味を示すオーガニック農家も増えてきたという




一方通行のシステムから、いろいろなものが関わり合うシステムへ

――DYCLEのサービスを利用することは乳児のいるお母さんが健康に気を遣うきっかけになるほか、おむつの廃棄処分問題の解決にもつながる画期的な活動ですね。


そうですね。DYCLEのサービスを利用するきっかけはおむつだったとしても、例えば、自分の子どもたちの未来にどんな社会をつくってあげたいかと考えたときに、良質の土壌があったらそこから良質な作物が収穫できて、それを食べることによって健康的な排出物が出て、堆肥ができるといった循環が生まれるのです。


――その循環するシステムは「システミックデザイン」というブルーエコノミー*2の理念に基づいているとのことですが、従来から提唱されてきた「サーキュラーエコノミー(循環型経済)」とはどう違うのでしょうか。


サーキュラーエコノミーとは、廃棄物を出さずに資源を循環させる経済の仕組みを指します。分かりやすい例を挙げると、使用済みのものを繰り返し使う「リユース」などがそうです。


システミックデザインは、ブルーエコノミーの中で提唱されている理念のひとつですが、一方通行のリニア(直線)型の経済システムではなく、いろんなものが関わり合うシステムのことを指します。そこでは、バクテリア、プロチスタ(海藻類)、キノコ類、植物、動物という「自然界の5つの王国」を取り込んでいきます。DYCLEのおむつセットで言えば、おむつを分解していく過程で、キノコ類と微生物の共同作業が必要ですし、樹木同士も菌糸を介して養分のやりとりを行う。生きた土を作ることで、地球上に存在する目に見えない生物たちも取り込み、一緒に活動していくシステムのことを意味します。


また、いろんなものを取り込んでいくには専門業者やコンポスト会社などといったさまざまな立場の人も必要となります。そのためには従来の一方通行のシステムを変え、3次元的な活動を行わないと実現できません。


*2 ブルーエコノミー:自然にインスピレーションを受けた、ゼロ・エミッションを実現する新たな経済システム。


微生物入り炭の粉微生物入り炭の粉




それぞれの生活スタイルに合わせて、自分なりに使いこなすことが大事

――ベルリンは、廃棄処分対象となった食品を販売することでゼロ・ウェイスト*3を目指しているスーパーマーケットの「SIRPLUS(サープラス)」など、環境問題に取り組むスタートアップがかなりの数あります。そんなベルリンでもDYCLEはこれまでにない新しい市場を開拓していますが、起業するにあたり、苦労されたことはありますか。


従来のシステムを変える「システムチェンジ」を実現させるには、非常に多くの時間と労力が必要となります。すでにあるシステムから新しいプロダクトを開発するのではなく、システム自体を開発しなければいけないからです。DYCLEが行っている乳児の排出物と一緒におむつを土にかえして、その土を利用して木を植え、お母さんの健康に配慮するといった活動は、従来のおむつ会社では一切行われていない全く新しいシステムです。私たちはおむつの素材を変え、生産ラインを自社で持ち、使用済みおむつの回収システムを提供し、最終的には排出物からできた土を一緒に使うことで、生活をサポートし、豊かにしたいと思っています。そのために現在、おむつを製造する自社独自の機械を作っているところです。


*3 ゼロ・ウェイスト:ごみをゼロにすることを目標として、できる限り廃棄物を減らそうとする活動。


――DYCLEオリジナルのおむつ製造機が誕生するわけですね! 従来の機械ではなぜ製造できないのでしょうか。


堆肥化させるには生分解可能な天然素材のみを使わないといけません。従来のおむつメーカーが使用している大量生産可能な機械では、生産規格に沿った化学繊維や薬品といったケミカルなものが必ず入ってきてしまいます。大量生産できる範囲でエコに寄った商品を作っているメーカーもありますが、100%オーガニックのおむつが作れる生産ラインに変えるまでには至らないのが現状です。


――近年はサステナブルという言葉が世界に広がり、意識する人が増えた一方で、一種のトレンドになっているように感じることがあります。長年にわたって研究と実践を行い、結果を出されている松坂さんから見て、どのようにお考えですか。


サステナブル自体は良いことだと思います。ただ現在はマーケティングの要素が強く、"サステナブル"というステッカーを貼られてしまっているように感じます。もっと日常的に一人ひとりが判断できるようになったらいいと思います。例えば、カフェでコーヒーをテイクアウトする際に、使い捨ての紙コップではなく自分で持参した容器に入れてもらえば、捨てずにリユースできますし、プラスチックバッグにおやつを入れるのではなく、布ナプキンに包めば、洗って再利用できます。


また、いくらサステナブルで良いものだからといって、高価なものになってしまうと自分のお財布とは合わないし、無理して買わないといけない時点で、それはすでにサステナブルではなくなってしまいます。DYCLEにおいても同様のことが言えます。コンポスト作りは環境にも良くて、良い土壌ができるけれど、時間と手間が掛かるから、今の自分の生活状況では不可能になってしまう方がいるかもしれません。一人ひとりの生活が違うように、自分の生活スタイルに合わせて自分なりに使いこなすことが大事だと思います。


――松坂さんの豊富なアイデアやチャレンジ精神は、一体どこからくるのでしょうか。


私だけに限らず、ベルリンにはさまざまな分野でいろんな挑戦をしている人が本当に多いです。自分のオリジナルなアイデアを自分なりの方法で進めることができるし、一緒に成長できるのがベルリンのスタートアップの特徴ですよね。たとえ個人の活動であっても、将来どういった形でDYCLEの活動につながるか分からないし、新たな発見があるかもしれない。だから、やってみようかなという精神で何でも挑戦しています。


回収場所は散歩がてら通える半径1km以内に設置されている回収場所は散歩がてら通える半径1km以内に設置されている




おむつはきっかけに過ぎない。信頼関係から可能性が生まれる

――DYCLEを通して、どのような未来を創造したいですか。


おむつが必要な乳児がいなくても土作りに興味がある、木を植えたい、果物を収穫したい、採れたりんごでアップルパイを作りたいなど、さまざまな理由をきっかけにいろんな人たちが集まり、みんなを巻き込んだコミュニティーをつくりたいと思っています。


排出物を提供した赤ちゃんが成長して、自分の排出物から育った木を見たらどう感じるでしょうか? 木は植えられるものだと知り、それを自分は2歳でやったんだと言うことができます。そういった環境で育った子どもたちが考える未来は、もしかしたら今見ている世界とは違うかもしれないですよね。


現在私たちが行っているサービスはおむつですが、これは単なるきっかけに過ぎません。DYCLEを通して知り合った人たちが仲良くなっていく過程で信頼関係ができ、そこからいろんな可能性が生まれると思っています。例えば、不要な衣類の交換会やフードシェアリングをしたり、ガーデニングのヘルプが必要です、ベビーシッターを探しています、など生活する上で必要なサポートをコミュニティーの中で補うことができる可能性が生まれます。このように知識のある人が直接教えて、ローカル同士で築いていくラーニングネットワークを広げていきたいです。実際、DYCLEにインターンシップに来ていた女性がお母さんになり、おむつを利用する側となって戻って来てくれました。


今製造している機械が完成したら、より本格的に活動していきます。今のサービスを継続的に行っていくためには、信頼できるパートナー選びが必要ですし、ステップ・バイ・ステップでやっていきたいです。


※記事の情報は2022年1月25日時点のものです。

  • プロフィール画像 松坂愛友美さん DYCLE(ダイクル)共同代表〈インタビュー〉

    【PROFILE】

    松坂愛友美(まつざか・あゆみ) 
    DYCLE(ダイクル)共同代表。ドイツ・ベルリン在住。バウハウス大学ワイマール、造形芸術学部修士課程修了。コンセプチュアルアーティストとして人と自然の関わり方に着目し、ヨーロッパやアジアをはじめ世界各国で精力的に制作活動を行っている。より大きなインパクトを起こすために2015年にベルリンでDYCLEを設立し、2018年に法人化。使用済みおむつを堆肥化する「おむつセット」の開発と販売などを通じて循環型かつリジェネラティブ(再生型)な経済の普及に取り組む。
    https://dycle.org/en

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