【連載】SDGsリレーインタビュー
2022.05.24
森實将さん ギフモ株式会社代表取締役〈インタビュー〉
料理を柔らかくする調理家電で介護食に革新を。誰もがいつまでも「食べる喜び」を味わえる社会に
超高齢化社会に突入した日本では、人口の高齢化に比例して、介護食を必要とする人の数も増え続けています。加齢や病気・ケガの後遺症などで食べることに困難を抱える人でも、「食べる喜び」を持ち続けることはできないか──そんな思いから生まれたのが、ギフモ株式会社が開発した調理家電「デリソフター」です。簡単な操作で、料理を見た目と味はそのままに、柔らかく食べやすくすることができます。「介護食を変えて、新しい食文化をつくりたい」と語る森實将(もりざね・まもる)社長に、開発の舞台裏やデリソフターの特徴、今後の展開などについてうかがいました。
慣れ親しんだ家庭の味を、家族みんなで一緒に食べられるように
──「デリソフター」のアイデアは、どのようにして生まれたのでしょうか。
メンバーの小川(恵さん)と水野(時枝さん)の実体験から生まれたものです。介護や介護食の現状を目の当たりにして、悩みを抱えていました。小川は当時、嚥下(えんげ)障害*のある父親の介護で、食事の用意に困っていました。お肉が好きな父親に「食べたいものを出してあげられない」と悩み、お父さんも「大好きなお肉を食べられない」と残念がっていたようです。
いっぽう水野は、家庭の味と家族みんなでご飯を食べることを大切にする文化で育ち、人生最後まで食べる喜びと生きる幸せをかなえたいという思いがありました。2人の「家族の食」に対する思いが掛け合わさり、その解決方法としてたどり着いたのが、家庭の味と家族いっしょに同じ食事をとることを大切にする「デリソフター」のアイデアでした。
*嚥下(えんげ)障害:食べ物をうまく食べられない、飲み込めない状態のこと。嚥下とは、口の中で食べ物を飲み込みやすい形にし、食道から胃へ送り込むことをいう。
──実体験から生まれたアイデアを、どのようにしてカタチにしてきたのでしょうか。
私も含めて皆パナソニックの出身で(小川さんと水野さんは現在もパナソニックに所属し、ギフモに出向している)、デリソフターのアイデアが生まれたのはパナソニック時代です。2016年、パナソニックのビジネスプランコンテストに水野と小川が挑戦しました。「ゲームチェンジャー・カタパルト」という、"未来のカデン"創出へ向けて社員からアイデアを募集するコンテストです。
ゲームチェンジャー・カタパルトでは、半年かけてデリソフターのアイデアをブラッシュアップしていきました。その中で事業性を検討しつつ、当初2人で活動していた小川と水野は思いを共にする仲間を募ることにし、そのタイミングで私が活動に加わることになりました。
「世の中変わったね」と言われるような家電を作りたい
──森實さんは、なぜデリソフターの活動に参加しようと思ったのですか。
私は当時、パナソニックでキッチン家電の開発に関わっていました。小川と水野がデリソフターの開発に取り組んでいることは知っていて、経営層に熱い思いをストレートにぶつけてプレゼンする姿などを見て「すごいな」と思っていました。でも私は最初はデリソフターの素晴らしさがよく分からなくて、「へ~、食材が柔らかくなるんだ。でも見た目が変わらないと何がいいの?」と思っていました(笑)。でも、その取り組み内容を知るにつれ、「これは人の生活を変える家電だ」と確信。見た目がペースト状や細かく刻まれた料理を食べるのと、家族と同じ見た目と味の料理を食べられるのでは、全然違う。エンドユーザーに寄り添いお困りごとを解決する「感動を呼ぶ商品」だと感じました。
私は小さい頃から家電が大好きで、「いつかは自分の家電を作ってみたい」と考えていました。家電には、人の生活を楽にしたり、楽しくしたり、生活を変える力がありますよね。そうして使う人の笑顔をつくれることが、家電の面白さと本質だと思っていて、「これがあって世の中変わったよね」と言われるような家電を作りたいという思いを持っていました。
──どうして独立することになったのですか。
デリソフターは素晴らしいアイデアですが、特定のユーザーや市場にフォーカスした商品の企画を通すのは、大きな組織では時間がかかってしまいます。嚥下障害があまり知られていない現実も壁になりました。「料理を柔らかくする」と言っても、多くの方はピンとこないのが実情です。そこで、新規事業の創出促進を目的にパナソニックと投資ファンドのScrumVentures、INCJが合同で立ち上げた、株式会社BeeEdgeの支援を受けて、ギフモ株式会社が設立されました。2019年4月のことです。
小川と水野の情熱もあり、私たちは絶対にデリソフターの販売を実現したいと思っていました。2人の諦めない気持ちはすごいですよ。2人はパナソニックでは技術開発や商品企画を担った経験はないのですが、どうやったら実現できるか、足を運び協力者を集め、手探りで技術をリサーチして「こうやれば柔らかくできる」というところまで、自分たちでアイデアをまとめました。そこに、設計と量産をつなぐ「量産立ち上げ」の経験のある私が加わり、設計から原価計算、量産体制の構築を担うことになりました。
料理を見た目と味はそのままで柔らかく、食べやすく
──デリソフターは、どうやって食材を柔らかくするのですか。
まず、肉類の場合はデリカッター(専用カッター)で食材の形を崩さずに繊維質を断ち、専用の調理皿にのせて、鍋の中にセットします。あとは圧力鍋の仕組みを応用して、高圧力と蒸気加熱を加えることで、短時間で柔らかく調理することができます。例えば、鶏唐揚げ等の肉料理は29分、ブロッコリー等の野菜料理は15分で柔らかくすることができます。
調理モードは5段階あり、料理に合わせて、鍋上部のタッチパネルを押すだけで設定できます。あとは待つだけ。側面に調理の残り時間も表示されます。調理が完了すると「ピー」という音が鳴って、蒸気口から蒸気が出てきます。
──思っていた以上に簡単な操作方法で驚きました! 炊飯器のような形で親しみも湧きますし、これくらいシンプルな使い方だと、高齢の方でも自分で操作できますね。
誰でも簡単に使えるように、シンプルな操作方法にはこだわりました。もちろん食事に困難を抱えている方がご自身で使われるケースもあると思いますが、デリソフターは自分のためではなく、「大切な誰かを思って使う家電」として作りました。「食べる人」の笑顔を増やしたいのと同時に、これまで家族の食事とは別に介護食も用意しなければいけなかった「作る人」の笑顔も増やしたいですね。
「大切な人を思って使う家電」。その思いに寄り添うために丁寧に販売する
──会社設立から3年が経ちました。今、力を入れていることは何ですか。
設立以来、ものづくりの基盤づくりや量産体制の確立、ネットショップの構築などに取り組んできました。新型コロナウイルスの影響もあり、当初の予定よりやや遅れましたが、2020年7月に販売を開始。これからは、もっと多くの人にデリソフターを知ってほしいと思っています。
──ものづくりの基盤が整い、「認知拡大」と「販売強化」のフェーズに移ったということですね。
そうですね、これからは「売る」ことに力を入れていきたいです。ありがたいことに、たくさんのメディアで取り上げていただき、予想以上の好評をいただいています。自分たちでもデリソフターは素晴らしい商品だと思っていますが、実際に世に出してみて、食事に困っていた人にぴたっとはまったと手応えを感じています。
ユーザーの方からうれしい声もたくさん届いています。小児まひのある子どもを持つお母さんからは「これまで食べてくれなかった食事を残さなくなった」との感想をいただきました。
──どのように販路を広げていきますか。
販売に関して、当初から大事にしているのは「丁寧に販売する」ということです。デリソフターは「新しいコンセプトの商品」なので、事故が起きないように丁寧に説明し、コミュニケーションを取りながら販売していきたいと考えています。デリソフターは大切な誰かを思って買っていただくことが多い商品です。その思いに寄り添うためにも、丁寧に販売していきます。
現在は直営のネットショップと、ギフモの思いに共感してくださった販売代理店さんを中心に販売しています。
食事は、大切な人と人生を共有する時間
──デリソフターの開発・販売を通して、どのような社会を実現したいですか。
食事は1日3食あり、1回につき30分~1時間ほどかかります。一生に換算すると、とても長い時間になります。そして食事は、家族や大切な人と、人生を共有する時間でもあります。本来であれば、楽しくあるべき時間が、介護食作りで苦労している人、また通常の食事を食べられない人にとっては、苦しい時間となってしまっている。そこを変えていきたいです。
介護食でくくってしまうと介護市場の商品になりがちですが、硬いものが食べられないのは筋力の衰えの問題であり、誰にでも起こり得ます。いまや人生100年時代ですから、誰もが通る道です。そうなったときに、食べたいものを我慢するという選択肢しかないのは悲しいですよね。その状況を変えるために、「介護食」のイメージを変えていきたい。まだネーミングを考えられていませんが、「〇〇食」という新しい食の在り方を創り、誰もがいつまでも食事を楽しめる「新しい食文化」をつくっていきたいと考えています。
──高齢化は日本だけでなく、世界中に広がっている課題です。デリソフターは、海外展開も視野に入れているのでしょうか。
もちろんグローバルに広げていきたいと考えています。「困りごとを解決したい」という思いが出発点なので、日本だけにとどまる気はありません。中国やアメリカなども、いずれ超高齢化社会を迎えます。つまり、マイノリティーの食事の問題が、マジョリティーの食事の問題となるのです。
パナソニック時代に海外の展示会に出展したこともあるので、すでに海外からも反応をいただいています。海外で広める際に大事にしたいのは、プロダクトを海外で使える仕様に変更して展開するだけでなく、デリソフターで創り上げた食事に対する価値や考え方を発信すること。それから、地域によって食べることが困難になる事情も変わってきますので、海外でも現場の声に耳を傾け、プロダクトやサービスをフィットさせることは大事です。例えば、アメリカでは医療費が高額なため歯の治療が難しく「デリソフターを使えると助かる」という声を聞きました。
今後はデリソフター以外にも周辺機器やサービスを広げ、新しい介護食の分野を開拓していきます。
──皆さんの知見やノウハウはもちろん、創業前からの情熱が事業の成長エンジンになっていることが伝わってきました。デリソフターが広がることで、食事の時間の笑顔も増えることを願っています!
※記事の情報は2022年5月24日時点のものです。
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【PROFILE】
森實将(もりざね・まさる)
ギフモ株式会社代表取締役
一貫した工場・エンジニアリングのキャリアを経験した後、ギフモのメンバーの介護と食の体験をもとに生まれたアイデアから、加齢や病気・ケガの後遺症などでかみごたえのある食事をとれない、食べることに困りごとを抱える方々のために、料理を見た目と味そのままで柔らかく食べやすく食形態を変えることができる調理家電「デリソフター」を開発。2019年に株式会社ビーエッジより出資を受け、事業会社化を果たす。慣れ親しんだ家庭料理の味や市販のお惣菜など、家族みんなで同じ料理を食卓囲んで一緒に食べる喜びがいつまでも続く社会の実現を目指す。
ギフモ株式会社
https://gifmo.co.jp/delisofter/
GIFMO SHOP(ギフモショップ)
https://gifmo-shop.com/
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