【連載】SDGsリレーインタビュー
2022.11.29
杉浦仁志さん ONODERA GROUP エグゼクティブシェフ〈インタビュー〉
食からサステナブルな未来を考える
ONODERA GROUP(オノデラグループ)エグゼクティブシェフの杉浦仁志さんは、食を通じて、異文化理解、健康、地球環境にアプローチする「ソーシャル・フード・ガストロノミー」を提唱し、サステナブルな社会を目指したさまざまな活動を行っています。今回は「食にまつわるSDGs(持続可能な開発目標)」をテーマに、現状の社会問題やその解決に向けた取り組みについて、お話をうかがいました。2022年10月23日、ザ・キャピトルホテル 東急(東京都千代田区永田町)にて行われた、杉浦さんと同ホテル総料理長の曽我部俊典(そがべ・としのり)さんによる、食で地球の未来を拓く美食イベント「サステナブル テーブル 第3章」の様子も併せてご紹介します。
地球環境を見つめ直すフェーズに入っている
──SDGsが注目されていますが、食においては、昨今どのような問題が起こっているのですか。
主に環境問題ですね。自然の生態系が人の手によってどんどん崩れてきています。これは18世紀半ばに起こった産業革命から連綿と続いていたことではありますが、今までは個人個人が環境問題をリアルに体感できていなかったため、自身の生活に関係ないものと捉えていたのではないかと思います。
最近は気候変動によってゲリラ豪雨が多発したり、その土地に根付いていた食材が育たなくなったり、旬の食材の時期が遅れたりと、みんなが身近な生活の中で環境の変化を著しく体感するようになりました。我々人間が地球環境を見つめ直すフェーズに入ってきていると、日ごろから感じています。
──これまで調理の現場で、杉浦さん自身が「何か変わってきたな」と感じたことはありましたか。
ありました。実際に現場で欲しい食材が届かなかったり、急に価格が上がったり。それまでそういうことはなかったのですが、5、6年ほど前から急に感じるようになりましたね。
食を通じて、異文化理解、健康、地球環境にアプローチする「ソーシャル・フード・ガストロノミー」
──杉浦さんは地球上のさまざまな問題への解決策として、「ソーシャル・フード・ガストロノミー」という概念を提唱しています。これはどのような考え方なのでしょうか。
私の食への哲学は、「食を通じて社会問題を解決したり、未来社会を豊かにする」ということが根幹にあります。これを軸に、多くの企業や団体などと連携しながらさまざまな活動を行っています。社会問題やSDGsは自分1人で解決したり、達成することはできません。各業界のプロフェッショナルと、食のコンテンツでつながりを持って取り組めば、新しい社会的価値やソリューションをつくっていくことができると考えています。連携を進めながら、食を通じて、異文化理解、健康、地球環境にアプローチしていくのが「ソーシャル・フード・ガストロノミー」の考え方です。
──シェフを務める中で、どのようにしてそのお考えに至ったのですか。
高級レストランのシェフを務めていた5年ほど前、自分の仕事に違和感を抱いていました。レストランのシェフってすごく華やかで、自分の美食学に賛同していただくようなお客さまが集うことで、成り立つような仕事だと思います。自分の料理でお客さまに喜んでいただくことには喜びを感じていたのですが、料理だけに向き合って、一部の方だけに幸せになっていただくことが、果たして料理人として幸せなのだろうかと疑問を持っていました。料理人はもっとさまざまな分野で人を幸せにできるのではと思ったんです。
そこで「料理」を中心に考えると活動の幅に限界があると感じたので、「食」を中心とした活動にシフトしていきました。ONODERA GROUPのエグゼクティブシェフのオファーをいただいた時、お店を持たない"総料理長"という立場で引き受けました。活動の軸が「料理」から「食」に変わることで、ただ料理するだけでなく、未来のための食育や研究、企業や施設との連携など、幅広い活動が可能になります。そうした活動により、社会問題の解決や明るい未来につなげるということに重きを置いています。
プラントベースは人にも環境にもやさしい
──杉浦さんは、ビーガン*1やプラントベース*2調理の第一人者でもあります。ビーガンやプラントベースに着目したきっかけについて教えてください。
私は2009年からアメリカと日本を行き来しながら、国賓関係者の代表料理人を務めるなど、宴席の場をもてなす役割を担っていました。アメリカは国際的食文化が多様な国なので、料理をする中で、各国の食の知識をある程度頭に入れておく必要があります。そこで、ビーガンやハラル*3といったグローバルな食文化の知識を覚えていったのが始まりです。
知識を得る中で感じたのは、ビーガンやプラントベースは、社会問題を解決するひとつのソリューションとして、非常に有効であるということです。私は「多様性(異文化理解)」「健康」「環境」の3つの側面からプラントベースを発信しています。人は目標摂取量に対して1日約70gの野菜が足りていないといわれています。野菜を積極的に摂るという面でも健康的ですし、地球温暖化の要因である畜産によるメタンガスの排出を削減できるなど、環境にもやさしいのです。
誤解されがちなんですが、私自身は肉も魚も食べます。ただ普段の食生活の基本をプラントベースに変えることで、体質がとても良くなりました。日本では、ビーガンというと宗教的なイメージがあり壁をつくってしまっていますが、私は逆に野菜は誰でも食べられるグローバルフードだと思っています。決して強制するものではありませんが、人にも環境にもやさしい食習慣であるということは、より多くの方に知っていただきたいです。
*1 ビーガン / *2 プラントベース:https://www.leoc-j.com/1000vp/#about
*3 ハラル:https://jhba.jp/halal/
──日本では、確かにまだまだビーガンが浸透していないですよね。SDGsに対する意識や取り組みで、日本と海外では違いを感じますか。
一番大きく感じるのは国の政策とモチベーションです。日本もだんだん意識が高まってきてはいますが、私が今注目しているのは北欧です。SDGs達成度ランキングが常にトップクラスで、国として企業が絶対にそれを行わなければならないような仕組みをつくっているんですよね。デンマークでは、CO2削減量の目標に向けて、養豚の生産を少しずつ減らし、植物由来の食品を積極的に摂るような政策を進めています。
──日本でプラントベースを発信するにあたっては、どのような取り組みを行っているのですか。
2020年4月から約1年間にわたり、ONODERA GROUP傘下の株式会社LEOCが食事提供を行う全国1,000カ所以上の事業所で、ビーガン食を提供して弊社全体で社会貢献をしようという「1000 VEGAN PROJECT(ワンサウザンド・ビーガン・プロジェクト)」を開催しました。このプロジェクトは、「1日3食のうち、1つの小鉢料理を完全ビーガンにしてみよう」というアクションから始まりました。
喫食者さまに「ビーガンは環境にもやさしく、健康にも効果的である」とお伝えして学んでいただきながら、おいしく召し上がっていただき、最終的には家庭でも作っていただけるような簡単なレシピで提供を行ってきました。ビーガンという異文化の食に対する誤解を払拭し、良さを伝えられたひとつの成功事例だと思っています。
新しいアイデアを共有し、多角的な視点で食を考える
──食を巡る環境問題のひとつにフードロスがあります。特に杉浦シェフが過去に働かれていたような美食を提供する高級レストランでは、素材を厳選しておいしいところだけをお客さまに提供し、残りは廃棄するということもあると思いますが、これに対してはどのようにお考えですか。
捨てられていた素材を新たな価値に変換することが必要だと思います。今までは、高い金額をお支払いいただいているお客さまに対して、肉の端とか野菜の芯や種をご提供するのはあり得ないという考えのシェフが多かったのですが、今はだいぶ変わってきています。フードロスゼロのメニューなど、新しいアイデアをシェフと共有して、お客さまも食事をしながら学んでいただくことがひとつのポイントだと思います。
例えば、私がフードロスのガストロノミーイベントでよく作っているのが、フードロスゼロの「プラントベースサラダ」です。野菜の芯は捨てられてしまうことが多いですが、栄養学的には芯の方が栄養価が高いんです。廃材と思われてしまう硬い芯を、全部細かく砕いてお客さまに分からないような形にして美食に変えることで、お客さまにも価値として体感していただけるのではと思って作りました。皮と種は煮出して、べジブロス(野菜のだし)としてソースにしたり、ピュレの濃度調節に使ったりと、いろんな料理に有効活用できます。
──ほかにサステナブルな社会の実現に向けて、取り組んでいることはありますか。
いっぱいあります。まず食育です。さまざまな施設を回って、食のサステナビリティーについて講演しています。さらに学生さんと一緒に、次世代の食の在り方についてディスカッションし、良いアイデアであれば学校と連携して実装します。
フードテックにも力を入れています。長時間労働や人口減少による担い手不足といったフードサービス業界における問題に対し、テクノロジー、特にAIは効果的なソリューションになるのではないかと思い、AIのプログラミングの資格を取得しました。例えば、管理栄養士が1カ月の献立を作るのに約2週間かかるのが、AIであれば約2分で作れるというところまで労働の最適化が進んでいます。
ほかにも農薬を使わない液肥を作る研究を進めていたり、認知症予防のレシピを開発したり、地方創生で沖縄の島の文化を海外とシェアリングしたり。来年にはデンマークで開かれる「食の国民会議」という、国民が未来の食について協議し合うサミットで、「食から考える日本のサステナブル」について講演させていただく予定です。
人と人とのポジティブな連携から持続可能な社会をつくる
──本当に活動の幅が広いですね! SDGs達成に向けた、成功への近道とは何だと思いますか。
端的に言えば、ポジティブな連携です。どうなったら社会がより良くなるかという共通の目標の下で、みんなで連携することが大事だと思います。自分が何のノウハウでその取り組みに貢献できるかをそれぞれが考える。そして1人が微力ながらでも社会に貢献できれば、その連鎖が大きいほど大きな力になって、ポジティブな方向に向かっていくのではないかと考えています。
──今後、どのように活動していきたいですか。
自分は「ソーシャル・フード・ガストロノミー」を通じて社会問題を解決するという、レストランのシェフではできない役割を担っていると思っています。"サステナブルシェフ"とよく言われますが、そこに使命を感じて活動しているわけではなく、もっと広い視野で食を捉えています。私が重視しているのは、「いかに人と人とを連携させて、持続可能な社会をつくるか」ということ。これからも楽しみながら企業や団体との連携を進めて、食から次世代の未来をつくっていきたいです。
◆著書
「持続可能なガストロノミー」
編著:オフィスSNOW
出版社:旭屋出版
発売日:2022年6月24日
食はもっと豊かな世界になる、と実感できる美食イベント
2022年10月23日、ザ・キャピトルホテル 東急にて、杉浦さんと同ホテルの総料理長 曽我部俊典さんによる美食イベント、食で地球の未来を拓く「サステナブル テーブル 第3章」が行われました。食に関するサステナブルな取り組みの発信と促進を目的としたイベントです。第1章「プラントベース フード」、第2章「食品ロス」に続く、今回のテーマは「サステナブルシーフード&ベターミート」。イベントの様子について、レポートをお届けします!
今回のテーマ「サステナブルシーフード」とは端的に言えば、水産資源と生態系の保全に配慮した魚介類のこと。「ベターミート」は、人道的な方法で食肉処理されていることや、環境保全に積極的に取り組んでいる農場で飼育されているなど、人の健康、環境負荷に配慮し、高い動物福祉(アニマルウェルフェア)の基準で倫理的に飼育された肉のことを指します。
アミューズで曽我部シェフと杉浦シェフ、それぞれが作ったメニューが一皿に。下の写真奥にあるのが、曽我部シェフが担当したサステナブルシーフードのひとつ「磯焼け*4雲丹」を使用した「磯焼け雲丹のエスプーマ」です。
磯焼けにより駆除されている雲丹を畜養して、商業ベースで活用することで、海の藻場の再生が飛躍的に促進され、環境保全につながることが期待できるそう。このように、今回は全てのメニューがサステナブルシーフードとベターミートで構成されています。
*4 磯焼け:海藻が繁茂し藻場を形成している沿岸海域で、海藻が著しく減少・消失し、海藻が繁茂しなくなる現象を指す。磯焼けした雲丹は痩せており、可食部が少なく商品にならない
杉浦シェフがベターミートを使用した、温前菜「羊のナヴァラン ココナッツのフォーム」は、食品安全や家畜の健康、快適な飼育環境への配慮(アニマルウェルフェア)の食材を使用しています。メイン料理「千葉県産鹿肉のウェリントン」では、山の生命体の変化から、ジビエの有効的な活用で、食の選択肢を増やすというメッセージを込めた一皿に。
ほかにもサステナブルという視点で選ばれたワインや日本酒、デザートとボリュームたっぷりのフルコースが供されました。本イベントではコース料理のパンを食べきれなかった場合には、お持ち帰り用のバッグを用意することで可能な限りの食品ロス削減を目指しています。さらにホテルの会場の照明も省エネ仕様と、料理だけではなく、全てがサステナブルにこだわったイベントに。
将来的な食料の枯渇問題など、さまざまな環境問題から閉塞感もあるいっぽうで、これまでの美食の世界を、サステナブルという視点から再構築することで、その価値が180度変わり、食はもっと豊かな世界になる、と実感したイベントでした。まさに「食で地球の未来を拓く」というフレーズがぴったり。食べる時は感謝の気持ちが自然と湧き上がり、そのおいしさに喜びを感じました。
◆イベント情報
「サステナブル テーブル」持続可能な美食の探求 ~最終章 ウェルビーイング~
開催日: 2023年2月18日(土)
時間:17:00 開場 / 17:30 開宴
場所:ザ・キャピトルホテル 東急 1階 宴会場「鳳凰」
※イベントは終了しました
※記事の情報は2022年11月29日時点のものです。
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【PROFILE】
杉浦仁志(すぎうら・ひとし)
大阪府生まれ。2009年に渡米。料理界のアカデミー賞といわれる「ジェームス・ビアード」受賞シェフであるジョアキム・スプリチャル氏のもと、LAとNYのミシュラン星付きレストランで感性を磨き技術を習得。2014年から2年連続で、NY国連大使公邸で開催された、安倍晋三元首相をはじめ世界の要人が集った国連日本代表団レセプションパーティーにて、日本代表シェフを務める。
国内外で培った国際的な食経験を通じ、日本におけるビーガン・プラントベース調理の第一人者として活躍。多数の受賞歴を持つ。現在「Social Food Gastronomy(ソーシャル・フード・ガストロノミー)」を提唱し、より多角的な視野から社会貢献とイノベーションを国際舞台で展開。2050年に向けた次世代のシェフモデルとして注目される。
・株式会社ONODERA GROUP エグゼクティブシェフ
・内閣府クールジャパン戦略・プロデューサー(クールジャパン官民連携プラットフォーム)
・一般社団法人日本サステイナブル・レストラン協会 プロジェクトアドバイザーシェフ
・一般社団法人J Vegan協会 副会長 兼 エグゼクティブシェフ
・Residence of Hope館林 エグゼクティブシェフ
・一般社団法人国際予防医学協会 講師
杉浦仁志 シェフ 公式ホームページ
https://www.hitoshisugiura.com/
ONODERA GROUP
https://www.onodera-group.jp/
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