【連載】SDGsリレーインタビュー
2022.06.14
松井美佐子さん GOOD NATURE HOTEL KYOTO総支配人〈インタビュー〉
心と体にいいことを、もっと楽しく。人にも地球にもやさしい"循環"するホテル
京都の中心部にあるGOOD NATURE HOTEL KYOTO(グッド・ネイチャー・ホテル・キョウト)は、地球環境や宿泊者の健康に配慮した設計で、非プラスチックのアメニティーを用意するなど、サステナブルな取り組みに力を入れているホテルです。宿泊者が楽しくSDGsの取り組みを体験できるアクティビティーなども充実。あらゆる角度から、心地よいホテルステイを提供しています。お客様の声を取り入れながら進化し続けるホテルについて、総支配人の松井美佐子さんにお話を聞きました。
我慢するのではなく、楽しみながら取り入れる
──まさに"SDGsなホテル"ですが、どうしてこのようなホテルをつくることになったのですか。
2019年末、京都・河原町に京阪グループが手掛ける新しい複合商業施設「GOOD NATURE STATION(グッド・ネイチャー・ステーション)」がオープンし、グッド・ネイチャー・ホテルはその中の宿泊施設としてつくられました。京阪グループは「ビオスタイルプロジェクト」と名付けてさまざまなSDGs活動を行っており、グッド・ネイチャー・ステーションはその第1号店舗として誕生したものです。
グッド・ネイチャー・ステーションは「人にも、自然にも、いいものを」をコンセプトに掲げ、1階は体と地球にやさしい食品を集めたMARKET・KITCHENとなっています。2階は特別な食体験ができる「プレミアム・ガストロノミー*1フロア」。3階はオリジナルのスキンケアアイテムを販売するショップやカフェのあるBEAUTY&CAFEフロア。会議室やワークショップに利用できるスタジオもあります。
*1 ガストロノミー:食事と文化の関係を考察すること。
施設を訪れる人と生産者やシェフ、作家などをつなげるワークショップなども積極的に開催していて、「楽しみながら、健康的でよいものを取り入れていく」ライフスタイルを発信しています。私たちはそれを「グッド・ネイチャー」と呼んでいます。
――グッド・ネイチャー・ステーションやグッド・ネイチャー・ホテルの公式サイトを見ても、SDGsを前面に押し出してはいませんね。
大きく意識しているわけではありませんが、たしかにそうかもしれません。取り組みを説明するときなどにSDGsを使うことはありますが、SDGsという言葉は、肩肘を張っているような感じもあります。私たちが伝えたいのは、「心と体にいいことを、もっと楽しもう」ということです。
もちろんSDGs達成を目指すことは重要ですが、健康や環境にストイックに向き合うことは、本質的な幸せとは少し違うと思っていて。これからの時代に必要なのは、我慢するのではなく、楽しみながら健康的なものを自分らしく取り入れていくライフスタイルだと考えています。
ホテル内を巡るツアーなど、さまざまなアクティビティーを実施
──環境に配慮したホテルとして、具体的にどんなことに取り組んでいますか。
アメニティーグッズ(歯ブラシ、ヘアブラシ、シェーバーなど)は、なるべくプラスチックを使っていないものをご用意しています。ルームサービスで使うカトラリーやカップ類は紙製が中心、歯ブラシは竹製です。「使い捨てない社会」「循環する社会」を目指して、これまでも歯ブラシやヘアブラシなどは客室にご用意せず、お客様にご持参いただくことを推奨してきましたが、2022年4月にプラスチック資源循環促進法が施行されたことに伴い、アメニティーグッズを有料販売することにしました。
お客様からお預かりしたアメニティーグッズの料金は、循環型社会の実現に向けて役立てていきます。例えば、グッド・ネイチャー・ステーションが取り組む循環型農業のパートナーや、フェアトレードの農家などを支援していく予定です。
水を入れる容器として、全ての客室にタンブラーもご用意しています。ペットボトルのお水を置いていたところ、「ペットボトルがあったことが残念だった」というご意見をいただき、導入を進めました。各フロアにウォーターサーバーを設置して、自由にお使いいただけるようにしています。現在は段階的にタンブラーとともにペットボトルも併用で設置していますが、将来的にはペットボトルをなくしていきたいと考えています。
──ドライフラワールームやグランピングルームなど、趣向を凝らしたお部屋も魅力的です。
ありがとうございます。テラスにテントを設置したグランピングルームは、コロナ禍で「おこもりステイ」が増え、「グランピングができたらいいのに」というお客様からのリクエストから企画しました。河原町という京都のど真ん中にありながら、緑を感じられる空間となっており、ご好評いただいています。
開業して2年半。さまざまなことに取り組んできましたが、お客様の声に後押しされて実現できたことが数多くありました。お客様の声を取り入れることで、進化し続けられています。
──アクティビティーのラインナップも豊富ですね。カフェやレストラン、ショップなどホテル以外のコンテンツも充実しているので、施設内だけで1日過ごせてしまいそうです!
館内で体験できるヨガや瞑想プログラムのほか、いちご狩りなどの体験・ワークショップも企画しています。私たちはそれらを「きっかけエクスペリエンス」と名付けて、お客様に気軽に体験していただけるように工夫しています。
アクティビティーというと「どこかに行く」のも体験ですが、私たちは「ここに来てもらう」のも体験だと考えています。そのために、施設内でゆったりとした時間を過ごしていただくためのコンテンツをご用意しています。ホテルだけでなく、グッド・ネイチャー・ステーションの施設全体で楽しめるコンテンツが充実していることは、この施設の特徴であり強みでもあります。例えば1階にあるMARKET・KITCHENでは無農薬の野菜やお総菜、ビオワインなどを販売していて、ホテルのお部屋で召し上がっていただくこともできます。
――館内ツアーも実施されているそうですね。
ご宿泊のお客様を対象に、コンダクターが案内する館内ツアー「グッド・ネイチャー・ウォーク」を実施しています。館内の「循環」を意識して、ホテルを含めた各フロアを巡り、グッド・ネイチャー・ステーションのSDGsに関する取り組みや各フロアの魅力についてご説明します。お客様の参加しやすい時間帯を考えて、1日1回から1日2回開催に増やし、参加者数も増えました。「知って楽しむ」ことがとても大切だと感じています。
ホテルとして世界で初めてWELL認証のゴールドランクを取得
──ホテルはWELL認証とLEED認証も取得されていますね。特にWELL認証は取得が難しいと聞きますが、ホテルとして世界で初めて取得したとうかがいました。どのような経緯で取得することになったのですか。
ホテルの居心地の良さについて、お客様に長々とご説明することは難しいですよね。そこでお客様にも素早く実感していただいたり、納得いただける認証を取得しようと検討に入りました。また、そこに挑戦することで、事業者の私たちの知見自体も深まっていったのです。WELL認証*2はアメリカ発祥の認証プログラムで105項目の審査項目があり、海外でも注目されている認証で、インバウンドのお客様にも認知していただきやすいと考えました。
*2 WELL認証:人の健康とウェルビーイング(健康、幸福、福祉など)の観点から建物環境を測定・評価する、世界基準の認証システム。設計、建設、運用のベストプラクティスと、エビデンスに基づいた医学的および科学的研究を組み合わせて評価する。認証機関は米国のIWBI(International WELL Building Institute)で、2014年に認証を開始した。
WELL認証の取得にチャレンジすることは、早い段階から決めていました。審査基準が厳しいので、設計段階から意識しておかないと取得は難しいかもしれません。評価項目(v1)は空気、水、食物、光、フィットネス、快適性、こころの 7 つの評価領域で構成されていて、2014 年の認証開始以降、米国を中心に世界 62ヵ国に広がり、認証取得に対する関心が高まっています。グッド・ネイチャー・ホテルも建築や設備の要素だけでなく、快適な眠りと目覚めのために独自開発した「快眠照明システム」やオリジナルのウェルネスプログラム(健康維持・増進、病気予防を目的としたプログラム)などが評価され、ゴールドランクを取得することができました。
LEED認証*3を取得したのも同じタイミングです。LEED認証も国際的な認証プログラムで、節水性や再生可能エネルギーの使用、資材のリサイクル、研修の実施など、環境性能に関する厳しい条件を満たす建物に与えられる認証です。スターバックスの店舗が早くから認証を受けていることで有名ですね。グッド・ネイチャー・ホテルは、節水への取り組みやエネルギー使用量の削減などが特に評価され、シルバーランクを取得することができました。
*3 LEED認証:グリーンビルディングの設計・建設・メンテナンス・運営に関する認証プログラム。非営利組織の米国グリーンビルディング協議会が開発・運用し、米国のグリーン・ビジネス・サーティフィケーション社が認証の審査を行う。
「心地よさ」を日常に持って帰ってもらえるような上質な体験を
──京都は世界的に見てもホテル激戦区ですが、その中で埋もれないためには何が必要でしょうか。
世界的な観光地なので京都にはホテルがたくさんありますが、もちろん宿泊の客室は眠るため、という場合もあると思います。そんな中で私たちが重視しているのは、ホテルで"過ごす"という提案です。それから、館内ツアーを実施するなど、ホテル以外のフロアも楽しんでいただけるように施設内の"循環"も意識しています。施設全体がまるごと同じコンセプトで同じ方向を向いているって珍しいですよね。ホテルとレストランやほかの施設が連携するためには、コミュニケーションなどの施策が必要ですが、そのための努力は惜しみません。
──ホテルで"過ごす"提案の中で、どんなことを重視されていますか。
目指しているのは、「なんだか心地いい」「ずっといたくなる」と思われる空間です。そのために、館内では至る所で天然の木材を使用し、植物を配置するなど心地よさを実感できる空間をつくっています。
ヨガや瞑想などウェルビーイングにつながるようなアクティビティーを多数用意しているほか、有機茶葉とカカオをアップサイクルして作ったカカオティーや、植物成分由来100%のシャンプーなど、お部屋にご用意しているオリジナルアイテムはご購入いただくことも可能ですし、なにより滞在のなかで「丁寧な上質」を感じていただけたらうれしく思います。旅を楽しんでいただくだけでなく、「心地よい上質さ」を日常の中になにかひとつでもお持ち帰りいただける体験を提供できたらと思っています。
──「心地よさ」といえば、ホテルのエントランスに足を踏み入れた瞬間、心地よい香りに包まれて感動しました。
エントランスの香りは、17種類の精油がブレンドされたオリジナルのホテルアロマの香りです。京都を拠点に活躍されているアロマセラピストで看護師でもある藤井京子さんに「京都らしい情緒を感じられる香り」を調合していただきました。そんな風に、思いのある地元の方とつながって一緒に取り組むことができ、とてもうれしく思っています。
人と人をつなげるのが、ホテルで働く醍醐味
──松井さんはグッド・ネイチャー・ホテルの2代目の総支配人だとうかがいました。
はい。私で2代目になりますが、初代総支配人も女性が務めていました。「女性を大切にするホテル」として、自然な流れで「次の総支配人も女性に」と考えられたようです。もちろん全ての人を大切にすることが前提ですが、女性の視点が大事に生かされていると感じています。
──支配人とは、具体的には何をされているのですか。
ここは小さなチームなので、基本的にはなんでもやります(笑)。支配人として数字の管理はもちろん、採用や人材教育、広報窓口、宿泊プランの企画など。そうやっていろいろな経験を積めるのは、ホテルの良いところだと思っています。
数ある仕事の中でも、今は若いスタッフが思い描いていることを実現させていくのが楽しいですね。若手のアイデアを持ち寄り、それをどうやったら実現できるかをみんなで考える時間が好きです。またサステナブルに関心を持つ方々とのネットワークがどんどん広がっていくことが、大きな喜びです。
──ホテルでの仕事は多岐にわたりそうですが、どんなところにやりがいを感じていらっしゃいますか。
ホテルはアミューズメントや総合百貨店のようなところがあって、ホテルによってはレストランや宴会場もありますから、誕生のお祝いやお食い初め、誕生日、結婚、お別れの会など、節目節目にお客様の一生に寄り添うことができるのは、とても貴重な経験になります。
私は、ホテル業界に入る前に求人広告の仕事をしていました。「こういう人がほしい」というニーズと「こういう仕事がしたい」というニーズをマッチングする仕事で、うまくマッチさせられたときには達成感があり、すごくしびれる仕事でした。このホテルの仕事も「体験を提供する人」と「体験する人」をつなげていくこと。それがこの仕事のやりがいであり、醍醐味だと思っています。
12年ほど仕事を離れて主婦業に専念していた時期がありますが、その間も地域のボランティア活動などに積極的に参加していました。その経験は、間違いなく今の仕事に生かされています。ボランティアって、仕事以上に関わる人が同じ方向を向いていないと物事が進んでいかないんです。なので、コミュニケーションの取り方など、学ぶことが非常に多かったですね。
──エントランスの心地よい香りや目に優しいロビーのグリーン、スタッフの方の柔らかい対応など、至るところで「グッド・ネイチャー」のスピリットを感じました。SDGsも難しく構えず、まずは肩の力を抜いて向き合っていけばよいのだと思うと「持続可能性」がぐっと身近になったように思います。お話を聞かせていただき、ありがとうございました!
▼GOOD NATURE HOTEL KYOTO
https://goodnaturehotel.jp/
※記事の情報は2022年6月14日時点のものです。
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【PROFILE】
松井美佐子(まつい・みさこ)
GOOD NATURE HOTEL KYOTO総支配人。
1990年、株式会社リクルートに入社し広告制作に配属。妊娠を機に12年間専業主婦に。息子3人を育て、母親サークル立ち上げなど地域活動に注力し、難民救援バザーを15年間継続。30代後半に再就職し、旅行領域の営業を6年経験したのち、2012年京都センチュリーホテル入社。企画部長、女性活躍推進部長などを経て、系列の京阪ステイズ株式会社にて常務取締役に就任。2021年1月から現職、GOOD NATURE HOTEL KYOTO総支配人に。「人にも、自然にも、いいものを。」をコンセプトに、上質な心地よさと、やさしさを感じていただける旅、ホテルステイを目指している。そのほか、社外メンターとの出会いをつくる NPO法人「アーチ・キャリア(https://archcareer.org/)」の立ち上げや活動サポートにも携わる。
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