坂口由里香のBeach Days
2024.01.23
平野早矢香, ビーチバレーボール選手:坂口由里香
メンタルのコントロール方法を自分で見つければ、必ず自分のためになる【坂口由里香×平野早矢香 対談 後編】
世界を舞台に奮闘しながらパリ五輪を目指す、ビーチバレーボール選手 坂口由里香さんと2012年ロンドン五輪で日本卓球界初の女子団体銀メダルを獲得した、元卓球選手の平野早矢香さんの対談を前後編でお届けします。後編では海外遠征時にある出来事やプレッシャーを感じた時のメンタルコントロールについてなど、語っていただきました。
文:吉田 亜衣(「ビーチバレースタイル」編集長) 写真:小林 みのる
どんな環境でも対応できるのがトップアスリート
平野:遠征中に観光とかは行きます?
坂口:いえ、なかなか行けないです。海外の選手は試合に負けたら、遊びに行っているんですけどね。
平野:本当にそう! 卓球の国際大会のシニアの試合は朝早くからは行われないので試合が終わるのは夜。相手チームの選手たちはそこから遊びに行って深夜に帰ってくる。それでも次の日に対戦すると負けるので、「こっちは夜10時に寝ているのに! くそ~!」ってなる(笑)。
坂口:なんか、おしゃれな服を持ってきて着ていたり。
平野:たくさん化粧品を持ってきて、きれいにお化粧してクラブに遊びに行っているんですよね。そこはビックリしますよね。
坂口:観光に行こうと思えば行けるけど、やっぱり日本人は真面目だからせっかく海外に来たんだから海外のチームと練習しようとか、日本チームの応援しようとか、結局観光に行かない。
平野:そう、「あそこの国どうだった?」と聞かれても、「いや、ホテルよかったよ」くらいしか言えない(笑)。
坂口:息抜きといえば、ご飯になるんですけど、中国は鶏の指を煮込んだ「鶏足」がそのままビュッフェにたくさん並びますよね。
平野:それ、食べたことあります。肉というか皮ですね。薄い皮を剥いて食べる感じ。私は中国へ試合はもちろん、練習でもたくさん行っているので、何でも食べましたよ。ヘビ、ウサギ、カエル......。
坂口:カエルですか。
平野:カエルといっても鶏の指みたいに、カエルの姿が料理になっているわけじゃないですよ(笑)。一番味が近いのは鶏肉かな。カエルのお粥は普通においしかったです。
坂口:環境が変わっても動じないのは、さすがタフですね。
平野:私は割と何でも食べることができたし、どこでも眠れましたね。私にとって当たり前だったんですけど、飛行機で眠れない人もいるじゃないですか。そういう人の話を聞くと、自分はアスリート向きだったんだなって思います。ブラジルとか遠方の国に行く時もご飯を食べたら寝る、をひたすら繰り返しているので、監督からも「平野は死んだように眠っているな~」と常に言われていました。
坂口:寝られないときついですよね。私はまだ小柄なのでエコノミーでも問題ないんですけど、外国人選手は足の置き場が大変そうです。あと時差ボケには何回か悩まされたことがありました。時差ボケしているうえに最高気温41℃くらい、灼熱のビーチで動かないといけなくて。
平野:どうやったら暑さを克服できるんですか?
坂口:慣れもあると思います。あとはひたすら身体を冷やす。手のひらを冷やせるサポーターで手を冷やしたり、トップスとかサンバイザーの中に氷を埋めたりします。
平野:私はビーチバレーボールの試合を観ているだけでも暑いので、暑さに慣れるのは到底無理(笑)。
坂口:どちらかというとアジア人は暑さや湿気という環境に強いと思うんですよ。ヨーロッパの国の選手は顔も真っ赤になってくるので、格上の選手と対戦していて「これはいけそうだ」と思ったら、サーブで揺さぶりをかけて体力を消耗させます。なかにはあきらめが早い選手もいるので。自分が戦うなら暑い環境で戦うのが、狙い目ですね。
平野:そうか。自分もしんどいけれど、相手はもっとしんどいと思えばいいんですね。
前日に告げられた、五輪団体ダブルスのペア
坂口:ロンドンオリンピックで初めてメダルを獲得した時はどんな感じだったんですか?
平野:準決勝でシンガポールに勝ってメダル獲得が決まったんですけど、ダブルスのペアは試合前日にいきなり監督から「石川(佳純)と平野、どうや?」って言われたんです。まったく練習していなかったので、「何を言ってるんだ?」と(笑)。「どうや?」と言われても、「自信はありません」と。
坂口:前日ですか! そんな裏側があったんですか!
平野:はい。シングルスからの流れも考えての変更だったので、もうこれで行くしかないかなと。試合は夜7時から。当日の朝に佳純と2人で練習会場へ行ったら、シンガポールの選手が対右利きペアの練習をしていました。そこで、どちらも右利きの私と福原愛ちゃんがダブルスに出てくると思って練習しているとわかったんです。
坂口:その時点では、ダブルスのオーダーはわからないんですね。
平野:はい! オーダー交換は試合の直前なので、その段階でわざわざ相手に見せる必要がないのです。さも、佳純と2人でシングルスの練習をしにきたかのように装いました(笑)。シンガポールの選手が帰ったのを見て、急いでダブルスに切り替えて1時間くらい練習したんです。
坂口:そこでも、平野さんの武器である観察力が生かされていますね。
平野:試合前、私と(左利きの)佳純がダブルスのオーダーとわかった瞬間、シンガポールの選手たちが一斉に振り向き、すごい顔でにらまれました(笑)。ある意味、よい方向に転んでよかったんですけど、内心はヒヤヒヤものでしたよ。勝った瞬間はうれしいというよりも、ホッとした気持ちのほうが大きかったですね。
坂口:私は、当時19歳だった石川佳純さんの2つ下なので、ロンドンオリンピックの時は高校生。まだ体育館でバレーボールをやっていました。
平野:ロンドンオリンピックでは、女子バレーボールもメダルを獲得しましたね。
坂口:はい、それはテレビで観ました。私が最初に国際大会で表彰台の一番上に上がったのは、2019年8月にハンガリーで行われたビーチバレーボールのワールドツアーでした。表彰式で流れた国歌を聴いたときは本当にジーンときましたね。世界各国の選手がいる中で国歌が会場に流れるのは感動しました。
8年目の2023年、初めてアジア競技大会や世界選手権という大きな舞台にようやく出場することができたので、その延長にオリンピックがあると思うと興奮しますね!
平野:そうですね。オリンピックでは、試合が終わった直後のタイミングよりも、表彰台に乗ったときに本当にメダルを取ったんだと感じました。日本卓球界初のオリンピックでのメダルだったので、それまで自分は外から表彰式を見ていた側だったので、夢の世界にいるような、不思議な気持ちだったことをよく覚えています。
オリンピック出場にかかるプレッシャー
坂口:2024年はいよいよパリオリンピック・イヤーです。ビーチバレーボールはエッフェル塔の下で行われるんですよ。
平野:え~! そうなんですか! ビーチバレーボールの世界大会は観客がたくさん入ると聞いていますが、メチャクチャいいじゃないですか! 私もオリンピックはまた出たいと思うんですけど、代表選考は二度と経験したくないです(笑)。年間を通して自分をギリギリのところまで追い込むので、メンタル的にきつかったですね。
坂口:東京オリンピックの予選は開催国枠があって、代表決定戦を目指して戦っていたんですけど、1年延期になりました。
平野:予選はテレビの地上波で中継もしていましたよね。観ていました!!
坂口:会場が屋内だったので、風も吹かないし砂も固くて、大きい選手が有利という環境でした。いろんな要素が重なって気持ちを持っていくのが大変だったこともあり、代表決定戦の3カ月前から瞑想を始めたんです。
平野:その効果はどうだったんですか?
坂口:試合中、感情に揺さぶられることなく、客観的に戦術を仕掛けていくことができました。1回戦でランキングトップチームに勝ち、準決勝は均衡した試合だったんですけど、「どうしよう......」と一度も思うことなく勝利し、決勝に進出することができました。結果的に決勝戦では敗者復活から上がってきたランキングトップチームに負けてしまい、東京オリンピックには行けませんでしたが、本当にいい経験をさせてもらいました。
平野:なかなかない経験ですね。私も北京、ロンドンと予選を経験して自国開催じゃなくても大きなプレッシャーがあったので、東京オリンピックはメンタルのコントロールが大変だっただろうな、と想像できます。私は現役時代、監督から「何でもいいから続けてみることが大切」と言われて、いろいろトライしていたことを思い出しました。
メンタルをコントロールする方法は、別にひとつじゃないと思うんですよ。自分のメンタルはどういうときに乱れるのか、どうやったら落ち着くのか。合う方法を自分で探して実践すればいい。自分で見つけた方法は必ず自分のためになると思います。
アスリートと社会をつなぐ場を設けたい
坂口:平野さんは現在、後進の指導をしながら解説やキャスターとして活躍されていますが、今後のビジョンはどう描かれているのですか?
平野:私は27歳まで自分の部屋にテレビも置かずに卓球漬けの生活をしていた人間なので、引退したら抜け殻になるんじゃないかと母に心配されてたんですけど(笑)。ありがたいことにいろいろなお仕事をいただいて、引退当時できればいいなぁと思っていた解説のお仕事もさせていただいています。卓球はスピードが問われるスポーツと思われがちですが、実はボールの回転が複雑なんですよ。
坂口:知りませんでした。
平野:そうですよね。それを解説で伝えようとすると、試合が終わってしまうほど時間を要してしまう(笑)。卓球の面白さをわかってもらうためにはどうしたらいいか、日々考えています。競技の魅力に気づいてもらうことで、卓球を楽しんでもらえればいいなと。
あとは、選手たちのセカンドキャリアも含めて、1人の社会人として通用するアスリートを教育できる、学びの場をつくりたい。海外のツアーを回っている選手たちは、なかなか思うように学校に行けていないと思うんですよ。
坂口:小さい頃から卓球の英才教育を受けていますもんね。
平野:それなりに皆、できる環境で頑張っているんですけど。学びの場は足りないと思いますし、選手たちの視野を広げるためにもそこをフォローしていきたい。
坂口:セカンドキャリアは大事ですよね。私も真剣に考えています。
平野:アスリートは自分の試合に合わせて自分を整えていくので、競技と向き合うため自分中心に世界が回る生活を送るようなもの。ひるがえって一般の社会人は誰かと何かを共有していくもので、人間関係や仕事もいろんな局面がある。当然アスリートの世界とギャップを感じる部分もあるでしょう。いろんな人がうまくシフトできればいい。そんな場や機会をつくれればと思っています。まだまだ夢物語ですけどね。
坂口:とても大事なことですよね。私ももっと違う世界から刺激を受けられるように外に目を向けて活動していきたいと思います。今日はアスリートの先輩からたくさん勉強することができました。
平野:そんなことないですよ! こんな先輩ですが、何かあったらいつでも声かけてくださいね。パリオリンピックに向けて応援しています!
※記事の情報は2024年1月23日時点のものです。
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【PROFILE】
平野早矢香(ひらの・さやか)
1985年生まれ。栃木県出身。
卓球選手だった両親の影響により5歳で卓球を始める。
華卓会、城山クラブ、仙台育英学園秀光中学校、仙台育英学園高等学校を経てミキハウスに入社。
全日本選手権では3連覇、5度の優勝。
世界選手権では、2001年大阪大会から14大会連続出場を果たす。
2012年ロンドンオリンピックでは、福原愛選手、石川佳純選手とともに日本卓球界初のメダルとなる、女子団体銀メダルを獲得。
2016年春、惜しまれつつ現役を引退。
現在は、ミキハウススポーツクラブアドバイザーとして、スポーツキャスターや講演、卓球指導者として活躍中。
2022年、公益財団法人日本卓球協会理事に就任。 -
【PROFILE】
坂口由里香(さかぐち・ゆりか)
小学3年生からインドアのバレーボールを始め、中学3年生で神奈川県代表選手に選出。高校3年生で神奈川県ベスト4入り、ビーチバレーはマドンナカップの神奈川県予選で優勝、全国大会で5位入賞。その後、2014年国内ツアー入賞をきっかけに本格的にビーチで活動、2018シーズンはビーチバレージャパンで決勝進出、2021年の国内ツアーでは優勝3回、準優勝1回、3位1回、2022年は開幕戦から国内で出場した大会は全て優勝し、9月の女子アジア選手権では5位入賞、10月のBeach Pro Tour モルディブ大会でも5位入賞した。勝負強さ、安定したパス、攻撃のバリエーションで、次代を担っていくプレーヤーとして注目される。
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